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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第2章 パラシートゥス 虫たちの世界
21/67

21: 変わる朝

 歩道沿いの先に、追跡者とのケリを付けるには、おあつらえ向きの公園が見えて来た。

 海はそこへ飛び込み、植え込みの陰で襲いかかってくる筈のあの青年を待った。

 しかし海の鼓動が収まっても、あの青年は姿を見せなかった。

 もしかして追跡を振り切ったのか?、、そう思った時、煌紫が浮上してきた。


『振り切ったわけじゃない。奴は海を追いかける事に興味を失ったんだよ。追跡する事に飽きたんだ。』

「、、興味を失った、、。」

 海は一気に脱力した。

『子供が玩具に飽きるようにね、だが彼らを人間の論理で推し量らない事だ。今度出会ったら、奴は又、君の命を狙う。』


「・・・あれが等々力を喰った寄生虫たちか。狼男みたいだった、、。」

『等々力らに寄生するキー種は、人間の身体をとことん改造して超人に仕上げるが、最後まで人間の外見を止めようとする。彼らなりの宿主に対する愛情というのか、プライドがそうさせるのだろう。ところが、今夜の彼らは、人間の外見などに拘らない。先ほど見た通りだ。それが、日本平との戦いの結果の分かれ目になったという事だろう。それに彼らは、研究していたようだな。自分の持つ酵素の内、どれを濃縮して、相手に撃ち込めば、相手の再生能力を低下させられるかを。』

「酵素、、?」

『我々は、大なり小なりその酵素を持っている。あの時、等々力らが遊に注入した類のものだよ。私用に意図されていた訳じゃないが、あのせいで私も無力化され、遊を救えなかった。』


 海はその場に、力なく座り込んだ。

 海の放心しきった脳裏に浮かぶ光景は、地下道のものだった。

 日本平の腹に顔を埋めていた人犬の顔の下半分は、真っ赤だった。

 だがそれは、日本平の流した血だけではない。

 そして純粋な赤だけでもなかった。

 人犬の右頬の血だまりの中に見えた白いもの、、、あれは、日本平の攻撃に裂かれた頬の下から見える歯だったのだ。

 彼らの戦いは凄惨を極めたに違いない。

『ショックを受けているのか。無理もないか、、。初めて人が喰い殺される所を、その目で見たのだからな。』


   ・・・・・・・・・


 夜明け前の街を、海は自分のマンションに向けてゆっくりと走っている。

 後々の事を考え、復讐準備の為の移動には、彼の能力を生かし、公の交通手段と、超高速のランニングを組み合わせる事が有効だと判ってから、海はオートバイなどをあまり使わなくなっていたのだ。

 ただし、超高速ランニングは、人目に付かない場所や時刻と決めていた。


 夜明け前には意外に活動している人たちが多く、彼らは自分たち以外の人間を目敏く確認するので、海は「遅いランニング」をする事にしていた。

 しかし、今、ゆっくり走っているのは、それとは違う理由だ。

 日本平を殺害した存在に遭遇した、、、そのショックが未だに尾を引いているのだ。


 ビルとビルの隙間に身体をねじ込むようにして路上生活者が眠り込んでいる姿を眺めながら、海は煌紫の言葉を聞いている。

『彼らは自分たちのことをハイエナ族と呼んでいるようだ。陳腐で下品、余りセンスのあるネーミングとは呼べないがね。ちなみに今夜、彼らは人狼のような肉体的変化を見せたが、それは肉を食いちぎるのにあの形態が望ましいものだったからに過ぎない。あの姿は、彼らの名前とも、本来の姿とも、何の関係もない。彼らは時と場合によって色々なものに姿を変える。』

 海は確かに地下道で出くわした二人を、狼男のイメージで捉えていた。

 煌紫はそれを知っていて、訂正しようとしているのだ。

 海は自分が知っている寄生虫の姿、つまりサナダムシやオオムカデの外見を思い出して、それが狼男などとは、かけ離れている事に、軽いショックを受けた。

 何故か、あの二人の正体が、寄生虫であるよりは、狼男であった方がよかったような気がしたのだ。


『・・しかしネーミングについては、今までお互いのことを徹底した無関心・不干渉で来た我々だ。ハイエナを笑えないな。多くの同属は、各種間の差を意識するための名称など、特に意識していない。あるのは知見差を現す、プシーやキー等の記号だけだ。しかしこれからは、そうはいかないだろう。共食いを再び始めた彼らハイエナ族が、今後、我々種の名付け親になっていく可能性が大いにあるな。そしてその呼び名は、我々知的パラシートゥスの中で、恐怖と共に定着していくかも知れない。』

「・・あれだけの接触時間で、それだけの事が判るのか?」

 海は内心、煌紫の冷静さに感心していた。

 普段から煌紫が冷静かつ理論的である事は判っていたが、あの「共食い」を見ながら、それだけの分析が出来るとは思っていなかった。


『それが我が種の感応力だ。我々のネットワークの基盤の一つでもある。そして我々同属は、その記憶の形が、地球上の他の生命体とは異なるのだ。コンピュータの記憶に近いと言えば近い。比留間らも、自分が食べた等々力の記憶を辿って日本平にたどり着いた。私はあの青年と出会った時に、私の針を撃ち込んで、彼らの記憶の一部をコピーしたんだ。それに、、。』

 煌紫の言う「針」とは、自分の身体からでる強化神経組織で、緊急時には海の体内を通過し、外に向かって放出されるものだが、それについて煌紫は、あまり詳しい説明はしたくないようだった。


「それに何だ?」

『ハイエナが日本平を食らった時に放った快楽波からも、かなりの情報を得た。』

 煌紫が珍しく言い淀んだのは、共食い時に起こる「快楽」について、この煌紫という寄生虫は、なんらかの罪悪感を抱いてる為だと、海は推理したが、海はあえてその事にはふれなかった。

 それは、先ほど見た浮浪者のことを、たとえ相手が寄生虫であっても、自分の身内として恥ずかしく感じるようなものなのだろうと思った。


「・・・地下道の入り口で出会った方のハイエナ野郎が、あんなぶっとんだ顔してたのは、その快楽波のせいか、、。あの瞬間に、日本平は殺されていたんだな?」

『そうだ。あの距離だと、ハイエナ族同士では、直接、同属の肉を食べなくても、その快楽を同等に共有出来る。』

「二匹で役割分担を決めて、日本平を挟み撃ちにしたわけだ。しかし俺が考えた襲撃ポイントと、奴らが共食いを実行したポイントが一緒とは、、複雑な気分だな。でも今度、俺はその快楽波とやらにショックを受けなかったぞ?等々力の時は、あんなに強く感じたのに、」

『私が快楽波をカットした。、、元から海があの快楽波を感じるのは、私とリンクしているからだしね。あの距離で私が受けた衝撃を、そのまま君に流し込んでいたら、君は発狂していただろう。』

「、、煌紫は、あんなに近くにいてて、大丈夫だったのか?」

『目の前に絶世の美女がいるのに、血を吸うのを我慢してる吸血鬼の気分だったよ。』


 不思議な例えだったが、海には思い当たる節があった。

 生前の遊とは、よく映画を見に行ったものだが、その中でそういった内容の映画があったのだ。

 煌紫の中で、遊の記憶はバラバラに飛散しながらも、煌紫自体の記憶としてその姿を止めているようだった。

 そして海は、自分の中にいる寄生虫が、とてつもない強靱な精神力を持っていることを改めて理解した。


「・・・そうか、よく判らないが、お前ら寄生虫全体にとって、今の状況が、かなりやばい事だけはなんとなく判るよ。今夜みたいな事が、そこいら中で起こったら、確かに大変だろうな。」

『この事を放置していれば、いずれ人間の世界にも混乱が起こる。我々、同属の半数以上は、人間の中でも権力の中枢にいる人間に寄生するのを好む傾向を持っているからね。』

「等々力や日本平のようにか?」

『そうだ。ハイエナ族は等々力らの事をマンイーター族と呼んで、彼らの人間との関わり方を、嫉妬混じりに見ていたようだ。』


「ふん、同じように人間を乗っ取っているくせに。」

『ハイエナ族は、マンイーター族同様、人間を完全に支配するが、その人間を使って無闇やたらに人殺しを楽しんだりはしない。どうやら彼らには、寄生するのに適合する人間とそうではない人間がいるらしい。その事実が、快楽殺人への忌避感に繋がっているようだ。ただし言わなくても判るだろうが、それはハイエナ族が絶対に人間を殺さないという意味ではない。その点、マンイーター族は、、』

「、、マンイーターは、美味しい人生を味わえる人間に寄生して、好き放題出来るが、ハイエナはそうしたくても寄生できる人間が限られてるって訳だな。それに雑食性だ。人食いグルメのマンイーターとは違う。」


『逆に言えば、社会的に有力で、しかも適合する人間に寄生できたハイエナ族が、少数ながら存在する可能性もあるわけだ。・・・最初に共食いの味を占めたのが、今夜の彼らだったのが、不幸中の幸いだったのかも知れない。彼らが、等々力寛治のような社会的影響力のある人間に寄生していたなら、この共食いの広がりのスピードは、もっと上がっていただろう。』

「待てよ。今までの煌紫のその口ぶりだと、煌紫は奴らを始末してでも、共食い現象の拡大を止める決心をしてるように、聞こえるぜ?」

『その通りだ。それが、我々にかせられた使命だ。』

 煌紫の口から出る、二回目の「我々」だった。

 新聞配達の自転車とすれ違った。

 世界はいつものと違わない朝を迎えつつある。

 しかし海の朝はどんどん違うものになっていくようだった。



 

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