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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第2章 パラシートゥス 虫たちの世界
18/67

18: 伝播する欲望と狩りの始まり

 その瞬間、比留間健二は射精していた。

 大きく見開かれた眼球の瞳が、左右バラバラにぐりぐりと回転している。

 健二にしてみれば、それは射精というより、自分の魂を体外に噴出する感覚だった。

 その気の遠くなるような甘い喪失感に、暫く我を忘れていた。

 夜九時のニュースを流し続けるテレビ、そしてその前にあるソファに沈み込んだまま、健二は暫く動けないで居る。


「兄貴、、凄いな、、凄いぜ。だが勿体ない。」

 テレビでは丁度、自殺した等々力寛二の収賄疑惑についてのニュースが映し出されていた。

 監察医比留間健一の双子の弟である健二の住まいは都内にある。

 その健二が、数十キロ離れた所にいる兄の健一が放った精神波を受信したのである。

 今度の特別な精神波は、人間の身近な電波帯域に例えるなら、携帯のプラチナバンドのようなものだ。

 普段の「感応」より、ずっと送受信の質が良い。

 もちろん通常のものも含めて、精神波の発信・受信その中身は、電波とは仕組みがまったく異なるが。

 同種なら同じように、この精神波を受信出来る。

 クリムゾン族等は、この精神波の性質を利用して、地球上に彼らの巨大なネットワークとやらを構築している程だ。

 当然、自分以外の何個体かが、この超絶的な快楽波を受信したのだろうと健二は考えた。

 だから「勿体ない」のだ。

 「これからの分け前が減る」と、健二は瞬間的にそう思ったのである。


 兄の健一は、つい最近、他種の存在とその食肉の可能性について健二にこう語っていた。

「・・中でも、マンイーターの肉は、飛び切りに旨いらしいぞ。」

「けっ、ムカデもどきの肉かよ、、。そんなのは、何の根拠もない昔話だろ。それにそんな奴ら、ホントにいんのかよ?」

「健二、お前、マンイーターの存在自体を疑っているのか?」

「いや、俺たちの同属で、ド派手に人間達の中で動き回ってる奴らがいるってのは知ってるさ。しかも話じゃ、奴ら第二知見体だって言うし、、。でも関係ないだろ、俺たちの知ったこっちゃない。あのルールもある。だから、いてもいなくても同じさ。」

「お前、あの匂いを直接嗅いだことがないから、そう言えるんだ。」



 確かにその通りだった。

 等々力の中にいた第二知見体は傷ついていて、死にゆく甘い精神の腐臭を放っていた。

 健二は今、鮮やかにそれを思い出す。

 兄の「喰いたい」という欲望が、相手の「喰われたくない」という恐怖にぶつかって精神のスパークを飛ばしたあの瞬間を。

 そのスパークは、奇妙に変質し始めた第二知見体の精神を発火させ、次にその精神は、凄まじい快楽波を伴って、一気に燃え尽き消滅してしまった。

 まさに「命」そのものの燃焼だ。


 その快楽波シャワーを、兄は全身で受け止めたのだ。

 その時、兄が絶頂の中で震えながら放った精神波を受信しただけだというのに、健二は思い切り満たされた。

 そして同時に、もう「飢え」始めていたのだ。

 あの味を少しでも知ったものなら、、、自分の生を、ただ「飢え」を満たすためだけに捧げられるだろう。

 同属全体が、なぜか第二の本能と呼べるほどに大切にしている他種への不干渉主義など、紙屑同然だった。

 今すぐにでも、奴らを「殺して」食べたかった。

 そして想像は、どんどん膨らんでいった。

 マンイーターだから、ああいう味がするのか?それとも他の種も同じ味なのか?、、、まあいい、これからいくらでも試せる、、、そう、いくらでもだ。


 夜の街灯に、たくさんの虫が寄って行くのは虫の走光性らしいが、その理由は極めてシンプルで、該当の生物が生きるために、それが必要だからだそうだ。

 光に向かって行くのが正の走光性で、ミミズが暗い方へ移るのは負の走光性。

 ならば同属の死は、俺達の光なのか?

 死を光と感じて生きるとはどういうことなのか?

 それとも俺達のは負の走光性なのか?

 理屈好きの兄なら、何か答えを用意しているのかもと考えたが、直ぐに健二の考えは他にそれていった。


 等々力みたいな奴が、後、何人いるのか、何処にいるのか、どうしたら調べ出せるのか。

 いや兄貴が奴を喰った時、兄貴は奴の記憶を共有した可能性もあるな。

 マンイーターは俺達と同じように少人数で群れて行動すると聞いた事がある。

 等々力がマンイーターなら、奴の側にはあと何人かいる筈だ。

 そしてマンイーターは、「強い人間」に寄生するのが好きらしい、、そこから辿れば、奴の仲間が判る。

 そう思うと、健二の「飢え」が危険な程高まった。


 その飢えと共に、健二が今まで寄生の度に溜め込んできた、あらゆる生物の遺伝子情報が彼の身体の中で煮えたぎった。

 たとえば、次の適合者に寄生する前の「繋ぎ」として大型犬に寄生した時の犬の遺伝子。

 『あの紀州犬は凄かったな、あの闘争心、凶暴さ、めまいがしそうだ。』

 その次の次の適合者に寄生する前の繋ぎで、地下下水道に放たれて大型化した鰐に寄生した時に得た遺伝子。

 『こいつの喰いたいという衝動は一級品だ。』

 兄の健一は、常々、健二に「あいつら獣の遺伝子情報はそう容易く使うものじゃない」と釘を刺してきたが、今度は違うと健二は思った。

 あの力は、「マンイーター狩り」に、きっと役に立つ筈だと。




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