17: 波及する衝撃
ベッドの上で苦行僧のように座禅を組んだままの海が、突然、高圧電流を流されたようにそのまま跳ね上がった。
まさにその衝撃は、高圧電流だった。
しかしその電流が発生したのは、海の脳髄の内部からだった。
そして皮肉な事に、この衝撃で病んでいた海の意識がクリアになった。
『海!大丈夫か?』
「どうしたんだ?煌紫、今、何が起こった!?」
『等々力が、今度こそ本当に殺された。等々力の死が産んだ衝撃波が、ここまで伝播してきたんだ。』
「等々力が今、死んだ?伝播?一体なんの事だ。人殺しの俺への当てつけか、、。」
つまり海は、知識として等々力が知的パラシートゥス属キー種に寄生されていた事を知っているのに、未だに自分が、復讐殺人を犯したと認識しているのである。
自らの犯した殺人行為で、心が壊死しかけていた海だが、等々力が報道では自殺と報じられていることぐらいは情報として認識はしていた。
その等々力が、今、もう一度死んだという。
『・・・・やっと話を聞く状態に戻ってくれたか。』
煌紫が安堵したように言った。
『君は殺人を犯していない。君が殺しかけたのは私のような存在に乗っ取られた等々力という男の身体だけだ。』
「・・・ばかな・・・」
本当は「やはり」か、「判っていた」と、答えるべきだったのだろうが、未だに海の感覚は等々力を普通の人間のように扱おうとしていた。
『君は本当に疑り深いな。説明はして来たろう。あきれる程にだ。私にこうやって寄生されていてさえ、君は今の言葉を信じようとしない。』
しかし海は、すでに煌紫の発言を内心で受け入れつつあった。
なぜなら首の骨をへし折られたままずっと、海に攻撃を続けていた等々力の姿が頭から離れないからだ。
殺しても殺しても、死なない生き物を目の前で見た。
あの時は、辻褄を合わせる為に、海が等々力の首に差し込んだ針が、何かの神経を傷つけてあのような身体の暴走を許したのだと無理矢理思いこもうとした。
しかしどう考えても、煌紫のような寄生虫が等々力の中にいて、彼の身体に力を与えていたと考える方が、ずっと自然だった。
それでも海がその認識を受け付けないのは、やはり「復讐」という思いが、海の全てを支配していたからだった。
「だったら何故、全力でお前は人殺しではないと、俺に納得させなかった。」
煌紫に身勝手な事を言いながら、海は悪あがきをしてるのを自覚していた。
殺人への後悔。
人を操る寄生虫の存在という認めがたい現実。
それらはいずれ、海の中でこそ、消化され整理されなければならない事柄だった。
『全力?どういう意味だ、それは?聞く耳を持たぬ人間に、なぜ私がそこまでやる必要がある?、、だが、、。』
「・・・だがって、なんだ・」
海は今度も、煌紫の言い分を心の中では納得していた。
よく考えれば確かに煌紫は、過去何度も海に対し人間と知的パラシートゥスの相互関係について語ろうとしてしいた。
それを途中で常に断ち切ってきたのは、海の方だったのだ。
等々力殺害のプランを立てる上で、途中で煌紫は口を挟まなくなったが、海はそこに何か別の理由があることを薄々気づいていた。
何故か、煌紫は等々力の行動パターンをすでに読んでいる節があって、それに基づいて、海が立てた計画が実現可能だと予測していたようだ。
『、、いや、私の方も、君に総てを明かすわけには行かなかったことは事実だからな。海にあまり大きな事は言えないのかも知れない。だが、さっきの等々力の死で、状況は随分変わった。今では、君はいやでも総てを知る責務が生じた。そしてそれは私も同じ事だ。私は君に全てを伝えなくてはいけない。』
「、、あの別荘で、煌紫は今の俺では奴らに勝てないと言ったが、あの頃から煌紫は寄生の本当の意味を俺に伝えようとしてたんだな、、。俺はラッキーな部類に入る寄生の例外ケースだったんだ。でも、俺が全てを知る責務があるって、どういう意味なんだ?」
『君はこの星の上に、私のような存在が何個体いると思う?』
煌紫は海の疑問には応えず、逆に問いかけをする事で話を進めた。
「回りくどいな、、あまり考えたくないが、多分、想像以上にたくさんなんだろう?」
『そうだ、人間が想像する以上に数多く存在する。前にも言ったが、我々にはいくつかの種さえあるし、種ごとに思想が違うのだ。等々力の中にいたキー種は、己の力を過信するあまり、なんでも一人でやりたがる傾向があった。君の罠に簡単にかかったのはそのせいだ、、単に彼の社会的な立場のせいじゃないんだよ、、さて、、考えてみてくれ、もしも犬に高等な知能があって、彼らが喋れたら?その隣では、猫が俺は人間と犬が大嫌いだとわめき散らしていたら?知性ある生き物が、この世界に一気に増えるんだ。人間の君はどうする?』
「まるで漫画だな。そんなの無視するしかないだろう、人間同士ですら毎日言い争うし戦争をやるんだ、そこに犬や猫がいっちょがみしたって事態が混乱するだけだ。俺ならそうする、犬が喋りかけてきても、吠えてるだけだと思って散歩につれていくか、ミルクをやるな。それで犬の方が気にくわないてんなら、首輪を外してやるから、どうぞご随のままにって所だろ。犬は犬なんだから、車の運転も出来ないし、人間排斥の署名活動も出来ないだろうからな。犬は犬で勝手にやってくれって感じだ。」
『、、、乱暴で単純だが、我々がやった事も大筋では同じだ。我々が相手をするのは人間だけでいい。徹底した種間の不干渉主義。幸い我々は寄生体だ。外見ではお互いの事がわからない。どうしても他種同士での対立が起こってしまう場合には調停者を立てた、その調整者が、宿主を乗っ取らない変わりにネットワークという高次の視点を得た我々の種だ、、それに我々の種には、宿主の中にいる同属を感知する能力が備わっている。それが知見だ。これも我々が宿主と同化することを拒んだ恩恵のようなものだ。私の種は仲間から第一知見者と呼ばれていた、不干渉主義が浸透し切れていなかった、その昔の話だが。』
「ふーん、お前達って偉いんだ。さしずめ動物たちに君臨する百獣の王って所か。」
宿主に潜り込んでしまった状態では、煌紫の種以外の寄生虫達は、他種間の存在が感知出来ない、、、つまりそれは、ある寄生虫が別の宿主に寄生したら、そこにもう一匹、別の寄生虫が先客でいたという状態が起こりうるのだ。
まさにあの船上での戦いは、その一歩手前だったのだ。
等々力に寄生していたキー種は、遊、いや海の中にいた煌紫の存在に気付いていなかったのだ。
海は軽い吐き気を覚えた。
『百獣の王?つまらん冗談はよしてくれ。それどころじゃない。それにこの知見階級は、ただ外界に対する認知能力のレベルを指しているに過ぎない。人間の大好きな戦闘能力で言えば、我々の種は中の上ぐらいのレベルだよ。君が相手をした等々力の中にいた種は相当に強い。いや最強のレベルにある。彼らは宿主の身体能力の限界など考慮しないからね。あの時の戦いの場が海上で本当に良かった。』
海は、煌紫があの時、等々力の身体を海の中へ投げ飛ばせと言った意味が、判ったような気がした。
首をへし折っても死ななかった相手だ。
そして『硬化した』とも言った。
硬化したキー種は銃でも刃物でも殺せなかったのだろう。
それに煌紫は、この復讐計画に船を使うと海が言った途端に、あれこれと意見を挟まなくなっていたのを思い出した。
海水がキーワードだったのだ。
「・・・そろそろ等々力の中にいた寄生虫の話を本気でしてくれないか、、素直に聞くよ。覚悟は出来てる。今更、血迷ったりしないさ。」
皮肉な事に、人間に寄生する知的パラシートゥス属の謎の全てを積極的に受け入れようとする海の姿勢は、海が等々力を手に掛けた事実で生まれたのだ。
『そうしよう。だがまず最初に詫びておく。私は遊の中にいて、最初に等々力と会った時から、彼の中に私の同属が潜んでいることを知っていた。だが最初に言った通り、我々のルールは、同属間の絶対的不干渉なんだ。それに等々力の中にいた同属には、こちらが見えない。彼らは第二知見だからな。私はあの時、別の危機回避の方法を模索していたんだ。』
「勿論、姉さんには、その事を教えなかったんだな。まあ、お前が身体にいる事を姉さんは知らないんだから、仕方がないと言えばそれまでだが。」
『いや、何とか伝えたかったんだよ。それぐらい等々力の中にいる同属が、人間にとって危険な存在である事は判っていた。』
「だったら、何故、そうしなかった!!」
海の怒りが、又、突然、爆発した。
いや突然ではなかったのかも知れない。
理論的には煌紫を責める要素がないことは充分判っていたし、煌紫に己の怒りを転化するのは、子供じみた八つ当たりに過ぎない事を海は充分理解していた。
だが遊を襲った不運は、寄生虫に入り込まれた事から始まっている。
今の海には、そういう思いが押さえられない。
遊の損失が復讐によっても埋められない、そういう心が、この理不尽で突発的な怒りを次々と生み出すのだ。
「お前が、俺に姉さんの救出を要請したのは、姉さんが虫の息になってからだよな!」
『あの時は、私が遊の身体に干渉する事で、切り抜けられると思っていたんだ。まさか等々力達の遊に使った薬が、私にまで効き目があるとは、考えていなかった、、。』
「どちらにしても相手の危険性が判っていながら、姉さんを等々力に近づけたのが間違いだったんだ。仮にもお前の宿主だろうが!それを危険にさらしていいのか!お前は、俺が無理矢理危険に飛び込む度に、俺を改造し、俺を助けて来たじゃないか!」
『海の場合は、同属が直接的には関わっていなかった、少なくとも等々力と対決するまでは。』
まさか煌紫が、海の身体改造に非協力的だったのは、宿主としての海の身体の事を心配したのではなく、それが煌紫のいう、同属との戦いに結びつく可能性があったからなのか?
ようやく知的パラシートゥス属の存在を積極的に受け入れようとした海の中に、又、新たな怒りの火種になる疑惑がうまれた 。
「お前達の不干渉主義ってのが判らん!自分の宿主が、死に晒されそうになってまでも守るような事だとは思えない!」
『、、、我々の不干渉主義には、もう一つの理由がある。この星にいる同属達は、そのもう一つの本当の理由をほとんど忘れかけているが、、。』
「なんだ、、まだ遠回りするのか?早く言え!この寄生虫野郎!」
『共食いだよ、、。』
煌紫はいつもの事だが、あくまで冷静だった。
「共食い、、?」
さすがにこの言葉には海も息をのんだ。
『我々は、遙か昔、それで一度絶滅しかけている。同種間では起こらないが、我々は他種間同士で共食いをする。厳密には、他種間で起こることだ、共食いとは言えないが、人間の基準から見れば、我々は寄生虫として一括りだ、見た目はまったくの共食いだろう、、。その共食いは、壮絶を極めた。止められないんだよ。狂ってしまうんだ。他種が死の瞬間に放つ体内の化学合成物質の味と、その際に放たれる波動エネルギーが忘れられないんだ。人間達は麻薬で身を滅ぼすが、あれなど、まだ容易い、、それに他種の死の味を知った時の至福の感覚は、その同種の仲間に容易く伝播する。その感覚が強烈な時には、他種にまで伝わることさえあるんだ、、。その先の先の結果は、どうなるか?判るかね。我々は、この世界で、人間や他の生命体と、何重にも重なり合って密やかに多元的に生きてきた。それが壊滅してしまう。全てが一元化して混沌の海になるんだ。』
「、、、まさか、さっきの衝撃がそうなのか?」
『そうだ。その波を私が受けた。波を受けた私のショックが、海の意識にまで伝わったんだ。等々力を我々の同属の誰かが殺し、その肉を喰らったのだ。あの暗黒時代が再び蘇る。今度は、不干渉主義などというお互いの取り決めだけでは、この危機を乗り越えられないかも知れない。復讐などという行為の為に、他種への不干渉主義を破った、我々のせいだ。』
「まっ、待てよ!なんで、我々なんだ!」
『私と海とは新しい形で結びつけられている。だから我々だ。私の犯した罪は、君の罪でもある。君の復讐という欲望から、私が逃れられなかったようにな。』
「なんなんだよ!それって!」




