『かけがえのない命』とか
『かけがえのない命だ』
むかし私の周りの人々は口を揃えて、そう言った。
なのに、これは何なのだろう。
どうして、父も母も兄も姉もみんな倒れているのだろう。
何で、私はひとり立っているのだろう。
…どうして。どうして?ーーー
…懐かしい夢を見た。
まだ何も知らずに、世界は私に優しいと本気で信じていた時の夢。
そして、裏切られる夢。
頬をつたう涙をぬぐいベットから抜け出す。
そろそろ、メイドが私を起こしに来る。その前に顔を洗い、服を着替える。いつもの日常だ。
ーーコンコン
「はい」
「セレスティーナ様、起きていらっしゃいますか」
「えぇ、大丈夫よ」
メイドの言葉に返事をする。起こしに来ると言っても部屋に入って来ることはない。扉越しに聞かれるだけ。
「でしたら。お食事のご用意ができております」
「わかったわ」
そう返し。メイドが遠のく足音が聞こえなくなってから部屋を出た。
ーーここは、グリスティナ王国。
この大陸にある国の中でも一二を争う大国だ。
そして、私はこの国の王女だ。そして時期王位継承者。…今はどうなるかわからないけど。
今のこの国の王は私の父の弟である、ザグリス叔父様だ。
私の父も母も兄弟姉妹、みんな既にこの世にいない。私が幼い頃に流行り病にかかり呆気なくいなくなってしまった。
そこからは速かった。
それまで、黙っていた叔父も突然行動をはじめ。私が成人するまでの間は代わりに王として政務に携わることになり、唯一の生き残りである前王の娘の私の立場は弱くなった。
それでも、私に力を貸してくれる人もいた。
その中でも、父の右腕として宰相をしていたティスタ様は後ろ盾のない私の後見人になってくださった。
そしてーーー
食事を終わらせた後、日課になっている運動の為に庭に出る。
もちろん、走るのはよくないのでゆっくりと歩くだけだ。
「ーーー」
ふと、声が聞こえそちらを見ると彼がいた。
ティスタ様の息子で私の婚約者であるナルサス様が。
「…ぁ」
彼に話しかけようとして、途中で止める。よく見ると、彼は一人では無かった。
ザグリス叔父様の一人娘リズベル様と一緒にいた。私に見せることのない笑顔を見せて。
彼は私に気づかない。
その様子を見た私は改めて思う。
もし、私が誰かと変わっても誰も困らないのだろう、と。
きっと今の私の居場所は彼女の、リズベル様の場所になる。
私がまだ、王位継承者一位なのはザグリス叔父様には息子が居ないからだろう。叔父様の子どもはリズベル様だけだ。どちらも娘ならまだ私の方が上というだけのこと。
だからこそ、彼女には彼が必要なのだ。
宰相の息子であるナルサス様が。
そこまで考えて、我にかえる。その考えはいくらなんでも酷いだろう。彼女は純粋に彼を慕っている可能性もあるのだから。
私はもう一度彼らを見て背を向けた。心が痛みを訴えるのに気づかないふりをして。
ーーーそれから、また数日が過ぎた。
その間も私は変わりばえのない日々を過ごした。
そうして、一人になると考える。何かになる努力もせず、何にもなれないと諦めて。誰も分かり合えないと耳を塞ぎ喚いているだけの自分。それでも、上辺だけでも愛されたいと繕って笑っている私にーー生き残った価値はあるのだろうか?
そうして今日も終わる。
そんな日々を過ごしていれば、わたしの周りに残っていた人々もその瞳に諦めを宿して去っていく。それをただ黙って見送る。
そんなある日、いつもの日常にはない事が起きた。
いつもの様に、朝食を済ませ庭を歩いている時、彼が来たのだ。ナルサス様が。
ただ彼を見つめるだけの私の目の前まできて何か迷ったあと言った。
「…もう……いや、何でもない。…それより久々だな」
「…っ…そう、ですわね。それにしても、その挨拶はないと思いますわよ?」
久々の彼に、緊張しながらなんとか持ち直して言葉を返す。
その後、当たり障りないやり取りをして
「それでは、また」
「もう、そんな時間か。またなセレナ」
久しぶりに呼ばれた愛称に、動揺しながら別れる。会話の最中に自分が笑顔を見せた事に気付かず。彼が去る私の後ろ姿を見ている事にも気付かないで。
ーーそれからまた数日後
「…ぇ?い、ま…なんとおっしゃいましたか?」
いつも通り庭に向かっている途中、普段会うことすらない騎士団長の言葉に私は衝撃を受けていた。
「ですから、セレスティーナ様の婚約者であるナルサス殿とそのお父上であるティスタ殿を筆頭にザグリス王に反旗を翻した。そう申しました」
「…待って!そんなの、あり得ないわ。そんな事、あっていいはずない!!」
「…そう申されましても。事実、もう起こっているのですよ。故に、ティスタ殿を後見人に持つ貴女様をこの塔から出すな。そう王に言われております。ですので、どうかお部屋にお戻りください」
「そ、んな。…彼らはいま?」
「まだ、ですが。それも時間の問題でしょう。今日か明日には…」
「…な、んで?だって貴方は…」
そう言って座り込む私を見る、騎士団長の目は冷たい。まるで、”彼らが国を裏切ったのはお前のせいだ”そう語っているようだった。
私が動かないと判断した騎士団長は部下に部屋に連れていくよう命じ去っていった。
「何故、彼らがそのような事をしたのかよくお考え下さい」
その一言を残して。
部屋に連れ戻された私は、ただ考える。
思考の大半が、何故、どうして、その言葉で埋まりそうになるのを抑え考える。
この間に、彼らが死ぬかもしれない事実に恐怖し。それを防ぐ為にどうするべきか考える。
そうして、眠る事なく1日を過ごした。
ふと、足音が近づいてくる事に気がつく。
それが、何を知らせる為に来ているのか考え、その考えを否定する中
ーーコンコン
いつものように扉がノックされた。
「っ!!…は、い」
その音に、恐怖しながら私は返事をする。
すると
「…おひさしぶりでございます。セレスティーナ様」
いつもと、違う声がしたーー
そして、私は
「っ…はぁ、はぁ。…っどこ?」
塔を抜け出し、城を走っていた。
協力してくれたのは、謎の声の人。
全部、ぜんぶ私の逃げだった。
未来などないと、誰にも期待などしないと、私の側には誰も残らないと、いろんな事を諦めて逃げていただけだった。
反旗を翻した殆どの人が、私の側に居てくれた人々だった。彼らは私を見捨てる事なく見守ってくれていた。
彼は、ナルサス様には別に好きな子がいるとか、聞くこともせず私が勝手に決めて諦めていただけ。
だから、どうか間に合って。
彼らに言いたい事がたくさんあるから。
彼に聞きたい事がたくさんあるから。
思いつく限りの場所へは行った。
ここが、最後の場所だ。あの日から避けていた場所。
「っ。…はぁ、はぁ。…っ……ふぅ」
息を整える。
捕らえられた彼らを助ける為に、最善を尽くすと決意し。
そうして、扉を開ける。家族が居なくなってから近寄ることのなかった王の間へと続く扉を。
「王への謀反を企てたとして、その者をー「その決定、お待ち頂けますか?」
驚いてこちらを見る彼らに笑顔を見せる。
「…セレナ?」
小さな声でわたしの名を呼ぶ彼の顔を記憶に焼き付け。
「!なぜ貴様がここにいる!!」
その顔を嫌悪に歪める王へと微笑んでみせる。
息を吸う。
景色が滲んだ事に気づかれないよう。
『かけがえのない命』なんて、そんなのどの命にも等しくいえる事。だから、そんな言葉に拘ることは辞める。
そんな言葉に縛られて独りよがりで傷つくなんて辞める。
彼と笑いあえるそんな未来を想像して、笑顔を作り直す。
いままでみたいに、簡単に思い通りになるなんて思わないで下さいませ、叔父様。
「ーーーーーー」
そうして、私は言葉を発した。




