義高様はお人形?[4]
えーと。
えーと。
…どうしよう?
完全に義高様に笑いかけるタイミングを逃してしまって、
それに侍女やお父様、お母様以外と話すのは初めてで、
ガッツポ-ズは、まだ手にしていたけれど、
何をどう話せばいのか困ってしまった。
義高さまをちらっと伺ってみたんだけど、
義高さまも何も話してくださらなくて…
どうも気が付いたら、姫は1人でウンウン唸っていたみたい。
従者だっていっていた倖氏さんが吹き出して笑い転げだした。
姫は最初、何がそんなに楽しいのか分からなくて、きょとんとしていたのだけれど、
義高様が、ため息をつきながら小声で、
「倖氏、大姫に失礼だ」
と言っているのを聞いて、姫がどこかおかしいんだとわかって、
おかしい所はどこだろうとキョロキョロ探してみたけどみつからなくて、しょんぼりしていたら、
「姫はかわいいですね」
ちょっぴり笑いすぎて、目に涙をためた倖氏さんに褒められた。
え?え?え?
もう何がなんだかわからなくて、頭を抱えてぐるぐるしていたら、
「そんなに緊張なさらなくても。
侍女たちと話すように、普通に話してくださればよいのですよ。」
と倖氏さんに言われた。
そう…なのかな?
それなら、
それなら、何を話そう?
そう思ったら、まさに読んだようなタイミングで、
「僕らは、鎌倉のことは不案内なんです。
よろしければ、鎌倉の良い所など、お教え願えませんか?」
と聞いてくれて、それで姫はさっきの桜を思い出した。
夕日を背に燃えるような、満開の桜。
あれを義高様に見せようと、そう思ったのだった!
姫は、あの時のドキドキが甦ってきて、
「そう!そうよ!桜をっ」
――桜を見に行きましょう――
そう言いかけて、止まってしまった。
笑いかけようと義高様を見て、
改めて義高様をちゃんと見て、
そして姫は気づいてしまったから。
線の細い幼さを残した、精悍な顔立ちは変わらない。
怒りも笑いもしない表情。
動かない感情。
でも、そんなことじゃなくて。
そんなことが姫の笑顔と声を止めたんじゃなくて。
姫をまっすぐに見つめる目。
その目が、姫を映していないことに気づいてしまったから。
まるで銅でできた作り物のように。
義高様はここにいるけれど、ここにいなかった。
義高様は姫を見ているけど、姫を見ていない。
義高様の魂はここにない。
義高様の瞳は姫を捉えることはない。
これではまるで。
これではまるで、
義高様はお人形だわ。
それが悲しくて。
それが寂しくて。
だって、義高様は、姫のお婿さんで、
義高様は一緒に笑って悩んで泣いてくれる、とびっきりのお友達のはずなのに。
だけど、その義高様はお人形。
お人形はずっと一緒にいてくれるけど、
お人形は一緒に笑って悩んで泣いてくれることはなかったの。
病気で姫が苦しくて倒れても、お人形は、いつでも枕元でずっと笑ったまま。
姫は初めてのお友達を、とても楽しみにしていたのに。
姫は初めてのお友達を、とても嬉しく思っていたのに。
それは姫が勝手に思っていたのだけれど。
でも……
「どうされました、姫?
桜がどうかされたのですか?」
あまりにも長くうつ向いていたせいだろう。
倖氏さんが尋ねてくれたけど、
姫は涙を止めるのに必死で、
でも結局止めることができなくて、
姫はポトポトと涙の粒を落しながら、
それでも笑おうとするんだけど、
それすらうまくいかなくて、
泣いているんだか笑っているんだかわからないまま、
「庭のっ…さっき庭で見た、桜が、満開で…っ、とても…とても綺麗だったんです…っ!」
それだけ言うのが限界で、
あとは涙と咳に押しつぶされて、声にならなくて逃げ出した。
逃げて 逃げて 逃げて 逃げて 逃げて
走り続けて、
気が付いたら、自分の部屋にいた。
でも、辿りついたそこには、ちょうど姫の褥の横に、義高様の褥を敷いている侍女がいて、
それが、また姫に、逃げてきた義高様の目を思い出させて、
もう何もかもがグチャグチャで、どうしていいのかわからなくて、
姫は、
「姫は、義高様に会いたかっ……」
くらくらする体を心が支えきれずに、
そのまま、そこへ倒れ込んだ。
どこか遠くで、侍女の悲鳴を聞いた気がした。




