こころにポッカリ穴が空いて[1]
あの日を境に、
姫の部屋は誰もいなくなった。
義高様の褥は、いつの間にかなくなっていて、
倖氏さんも戻って来ない。
姫は、あの日以来、泣かなくなった。
だって、義高様が「泣くな」っておっしゃったから。
姫は、あの日以来、笑わなくなった。
だって、心にポッカリ穴が空いて、「嬉しい」も「楽しい」もなくなってしまったから。
そして姫は、あの日以来、食べなくなった。
だって、食べることは生きること。
他の命をもらって、生きること。
だけど、生きる意味が姫には、もう分からない。
生きるって何だろう?
死ぬって何だろう?
どうして生きるの?
死ぬために生きるの?
姫にはわからない。
時々、お母様が心配して姫に「一口だけでもいいから」と重湯を食べさせてくれたけど、
ごめんなさい、お母様。
姫は後で、それを全部、吐き出してしまったの。
だって、
だってね。
体は元気でも、
心が受けつけない。
生きること。
生き続けること。
それは何て残酷で、暗い色をしているのだろう。
死んでしまいたい。
心と一緒に、心の臓も止まってしまえば良かったのに。
そんな折、
お父様が言った。
「大姫、お前に新しい婿を迎えよう。」
ああ。
「相手は、一条高能殿と言って――」
ああ、お父様。
お父様は、まるで鬼のようよ。
時折、侍女たちの囁くように、人の心を解さない、冷めた鬼のよう。
だから、姫は枯れた心で、
あらん限りの声を振り絞って、
叫び、
お父様に叩き付けた。
「高能とかいう人と結婚するくらいなら、姫は海に身を投げて死んでやるんだからっ!!」
そう声に出してから、
義高様と見た、高い空とキラキラと輝く広い海を思い出してしまって、
義高様の驚いた顔、
義高様の怒った顔、
義高様の笑った顔、
それらが、いくつもの言葉と共に蘇ってきて、
ワァアアアアアと泣き崩れると、
姫は義高様がいなくなって初めて、
その日一日を泣き明かした。
庭には、何故か春先になっても蕾をつけない、一本の桜があった。




