表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/23

義高様がいなくなる日[4]

その日――

姫は倖氏さんと双六をしていた。

部屋にいるのは二人きり。

義高様は今朝早くに出て行った。

女の人の格好をして市女笠を深く被り、顔を隠して。

すべては、お母様の配慮だった。

あの義高様を逃がさそうとしていたのがバレた日、お母さまはこうおっしゃった。

「近々、女人達だけで列を組み、参拝する予定があります。」

お母様の作戦は完璧にみえた。

「そこに義高殿は女装して紛れ込んでください。」

少なくとも、その案は、姫達には考えの及ばない領域のもので、

「後はそのまま、門外に出てしまえば行く先は山道です。どこへなりとも、隙を見て姿を消せましょう。」

何よりも一番安全性の高い、強固なものだった。

やっぱり、お母様はすごかった。

「その間、倖氏殿は姫と遊んでいてください。」

こちらに向かって微笑まれる姿に迷いはなく、

「これは念のためです。侍女たちの多くは参拝の列に加わりいなくなりますし、使用人たちもなるべく遠ざけるように、この母が心を砕くつもりでいますが、」

目はまっすぐ前を見て、淀むところがない。

「それでも、外からチラリと覗き見る者もありましょう。

その折り、御簾の内に姫の影一つでは怪しまれます。」

姫は、こんなに素敵なお母様を持って誇らしい。

「幸い、倖氏殿は義高殿と都市格好も似ています。遠目では誰かまでは判断できないでしょう。」

強さの中に優しさを宿した眼差し。

「やってくれますね? 倖氏殿。」

倖氏さんに送る言葉も慈しみに満ちている。

「はい。」

倖氏さんは平伏して、

しかし、と続けられる。

「どうして政子様はそこまでしてくださるのでしょう? はっきり申し上げて、これは頼朝様への裏切りに他ならないのでは。」

その問いに、

その誰もが疑問に感じていた思いに、

「本当は、」

お母様の笑顔は悲しそうな影を背負って、

「本当はね、」

でも、それは誰かのためで、

「本当は、頼朝様も殺したくはないのだと思うから。」

誰かとは、きっとお父様で、

「頼朝様はね、この世の底の泥を多く見てきてしまって、人の汚れた心をたくさん知りすぎていて、」

悲しいのは、きっと愛しいから。

「だから何も誰も信じていない。心を許していない。いつも裏の裏を疑ってしまう。」

お母様が動くのは、お父様のため。

「それが、あの人の強さでもあるのだけど、」

お父様の本当の心を見抜いてらっしゃるから、

「同時に、それは頼朝様を孤独にさせる。」

お父様の心を守ろうとして、

「それは、きっと寂しいことでしょう?」

お父様の命令にも背く。

そんな悲しい矛盾を抱えて、

お母様は笑う。

笑顔の中に涙を隠して。

「私はね。私は、頼朝様がこれ以上さびしくないように、そのために、雨夜に頼朝様の所へ駈け込んだのですよ。」

独りぼっちにならないように。

そう言ってお父様の苦悩を背負い込んで、どこまでも強く弱く、

笑った。

だから誰も何も言えなくなってしまって、

義高様は、その日旅立ち、

姫と倖氏さんは部屋で、ただ黙々とサイコロを転がし続ける。

代わる代わる。

変わる変わる。

義高様の無事を祈って、

計画の成功を願って、

カラコロと転がし続ける。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ