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お父様とお母様の密談[1]

あの海への冒険から数日経っても、姫の毎日は変わらなかった。

義高様は相変わらず鎌倉にいて、

義高様のお父様が迎えにいらっしゃる事もなく、

皆の前では完璧な〝清水冠者義高〟様を演じていらっしゃった。

ただ、姫と遊ぶ時、双六をする回数が増えた。

それは唯一、姫と義高様が同等にできる遊びで、

また、あの山中で義高様が連勝を誓ったからだ。

姫にとっては幸せで平和な日々。

でも、どんな時でも刻は廻る。

季節は移り変わる。

庭の桜は、そのほとんどが散ってしまって、少し寂しくなってしまった。

ただ一つ、義高様と見た、姫の部屋から眺められる桜だけが狂ったように咲き誇って残るのみだった。

それで、木曾の『天井桜』も散ってしまうんじゃないかと心配になって、

今年は見れないのかなと不安になって、

ある日、義高様に、

「もう木曾の桜も散ってしまってますか?」

って聞いたら、少し笑いながら答えてくれた。

「大丈夫です。木曾はここよりも北にあるので、桜が散るのは、もう少し後です。」

そっか。

そうなのね。

場所によって、散る早さって違うものね。

そう思って、ホッとした。

だって、絶対見に行くんだから。

その時は、そう思った。

でも。

でもそれは、結局無理だった。

桜が必ず散るように、

季節は巡る。

散らない桜はない。

それは、義高様が来られて、ちょうど一年が経とうという頃。

それは、何でもない夜のことだった。

いつものように、義高様と双六をして。

義高様の連勝を姫が何回かに一回のペースで破って。

そうやって、さんざん遊んだ挙げ句、褥に入ったのだ。

このところ、少し暖かい日々が続いていたのに、

その時、姫はなぜか寒気を感じて、

厠に行こうと起き出した。

月は出ていたけれど、相変わらず夜は怖くて。

隣で寝ている義高様についてきていただこうかと思ったけど、

横を見たら、今日の義高様は、いつかのように魘されてはいらっしゃらなくて、

本当に気持ちよさそうに眠ってらしたから、

なんだか起こしたらいけないような気がして、

姫は独りで頑張ることにした。

御簾を上げて廊下に出ると、

板張りの床がギィィ…と鳴った。

それが怖くて、姫は抜き足差し足で、ゆっくり静かに踏み出した。

目の前には、月夜に映える狂い桜。

他はもう見る影もなく散ってしまったのに、

今年も何故かここの桜は季節を惜しむように花を咲かせ続ける。

でも、それで何となく勇気が出て、

「よしっ!」

と、倖氏さんと義高様の掛け声を真似て、

グッと小さくガッツポーズを取った。

そして、ソロソロと厠に向かう。

そこで姫は、ふと、お父様とお母様の寝所に明かりが灯っているのに気がついた。

「あれ? お父様とお母様、まだ起きていらっしゃるのかしら。」

不思議に思って、そちらに足を向ける。

夜はとっぷりと更け込んで、

他に人の気配はない。

それでも寝所に近づくにつれて、お父様とお母様のヒソヒソ声が聞えて来た。

やっぱり起きていらっしゃるんだ。

姫は呼びかけようとしたんだけど、

その時、お母さまのヒソヒソ声が耳に入って足を止めてしまった。

「頼朝様、義高殿を殺すおつもりですか?」

え?

お母様、今、

今、なんて…

「頼朝様っ、黙ってないで、お答えください!」

喋っているのは、ほとんどお母様だ。

「義高殿を…っ、義高殿をも義仲様同様、殺めるおつもりですか?」

義仲様。

それは、義高様のお父様の名だ。

その義仲様が殺された…。

誰に…?

決まっている。

お父様に、だ。

でも。

なんで?

だって、

だって義仲様とお父様は、もう仲良しのはずで…

「義仲は、儂を裏切った。」

ポツリと漏らされたお父様の声に、お母さまは果敢に言い返した。

「裏切りたくて裏切ったわけではありません。人の巡り合わせが、そう仕向けただけのことでしょう!?」

裏切り。

「それに、まだ幼い義高様には関係ないことです。」

義高様。

「幼くとも立派な木曾義仲の息子。」

義仲様の息子。

「今討たねば、後に成長し力をつけた時、仇討ちと称して責め立て、潰されるのは、儂らだ。」

仇討ち。

「いいえ。義高殿は、もう立派な大姫の婿です。」

大姫の〝お婿さん〟。

「それでも、義仲の跡目であることに変わりはない。」

跡目。

「ではっ、では大姫はどうなりますっ! あのように仲睦まじげに遊んで懐いているというのに!!」

大姫(わたし)

「それに、義高殿は復讐を考えるような少年ではありません! 大姫を悲しませるような道を選ぶとは思えません。」

復讐。

「それでもだ。」

強い意志。

「それでも、本人にその気がなくとも、」

悲しい声。

「周りの者が急き立てるのだ。祭り上げるのだ。」

苦しい声。

「仇を討て。仇を取れ。お前は、あの親の跡目なのだ。亡き遺志を継げ、と。」

遺志。

「儂の時がそうであったように。」

お父様。

「あなた…」

お母様。

「だから儂は殺さねばならん。〝木曾義高〟を。」

殺す。

義高様を。

なんだろう?

何を聞いているのだろう?

姫は。

姫は何を。

何をしているのだろう。

姫はもう動くことさえ忘れてしまって。

口はカラカラに渇いて。

頭の中では何度も鳴り響く。

声、声、声、声、声。

裏切り。義高様。義仲の息子。立派な息子。仇討ち。大姫の婿。跡目。私。復讐。強い意志。悲しい。苦しい。遺志。お父様。お母様。殺す。義高様を。

それらが、入れ替わり立ち替わり、

浮かんでは消えて、

消えては浮かんで、

頭の中で、煩いくらいに鳴り響く。

姫はそうして動けないまま立ち尽くし、

いつの間にか寝所の灯りが消えても、

まだずっと動けずにいた。

やがて夜が明け出す頃、

姫は重い足を引きずって、自分の部屋へ戻り始めた。

部屋の前まで来ると、姫は御簾を手でズラす。

すると、その音で義高様が目を覚まされて、

「あれ? 姫?」

目を擦りながら起き出されて、

「なんだ? どこかへ行ってたのか?」

姫が立っているのを見て、

まだ御簾の外が薄暗いのを確認して、

「今日はまた、えらく早起きだな。」

そう言ってから、

姫がずっと俯いたままなのに気付かれて、

「大姫?」

姫のことを呼ぶから、

その声を聞いたから、

すべてのことが、ブワッと胸に溢れてきて、

もうどうしたらいいのかも分からなくて、

「うっ、うわぁあああああああああああぁあああああん!!!」

最大級の泣き声を上げて義高様にしがみ付いた。

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