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義高様と大冒険[2]

いつの間にウトウトしていたんだろう。

「おいっ!」

耳元で鳴り響く声に、姫はビクッっと跳ね起きて、

そこが馬の上だってことを忘れていて、

危うく落ちそうになったところを義高様に抱えられて…

「あ…う。…すいません。」

とりあえず、全部いっしょくたに謝った。

すると、ちょっと後ろから倖氏さんの

「まぁまぁ。別に眠ってしまうくらい構わないのでは?」

と、いつもの、のんびりした親しみのある声が助け船を出してくれて、

でもそれは、

義高様に一蹴されてしまった。

「構うに決まってるだろうっ!! 俺たちはどこへ行くのかも、そこへ行く道さえも分からないんだぞ!!」

うっ。

そうだった。

姫がお誘いしたのに、眠ってしまうなんて最低だ。

「ごっ、ごめんなさいっ」

「謝って済む問題かっ!! さすがに“迷子になって、約束の夕刻までに戻れませんでした~”なんてのは、シャレにならないぞ!!」

あうっ。

そうだった。

夕刻までには帰ると、お父様とお母様に書き置いてきたのだった。

「ごっ、ごめんなさい…」

「だからっ、謝って済む問題じゃない! とりあえず、この道は合ってるんだろうなっ!?」

そう言われて、初めて姫は辺りの山木を見まわして、

昔、お父様に連れてきていただいた記憶をウンウン言って掘り出して、

何となく同じような景色があったような気がするから、

「だぶん」

って答えたら、

「たぶんだぁ~?」

なんだか不信と疑惑の混じった目で、ジッと睨まれてしまって、

それで姫は慌てて手をブンブン振って、

「あ。でも大丈夫よ。間違ってないわ。だって、この馬たちはね、ちゃんと覚えているのよ、そこへ行く道も。」

そう言って、倖氏さんと自分たちの乗っている2頭の馬を交互に指さしたら、

何故か義高様のジト目が、今度は半眼に変わって、

「ちょっと待てコラ。」

姫に対する不信感は、なんでか酷くなっていて、

「ってことは何か? 馬は覚えてるけど、お前は覚えてねーと、そーゆーことか?」

そう問われたのだけど、

でも、その目には妙な迫力があって、

「はい。実はその通りです。」

とは言えなくて、

「えーと…、えーと……」

色々と考えた末、

「でも、姫も何回か、お父様と来たことはあるのよ?」

そう言ったんだけど、

「でも、よく覚えてねぇ、と?」

打ったら響く鐘のように切り返されてしまった。

あう~~~~…

それで、しかたなく、恐る恐るコクンと肯いたら、

「…っあ」

義高様は少しクラッと頭をふらつかせた後、

「あっほぉぅかぁぁぁあああああっ!!」

大音声で怒鳴りつけられた。

馬がびっくりして、キョロキョロし、小さな鳥たちが何羽か飛び立っていったのがわかる。

怒られた…

怒られてしまったわ……。

でもね、

それでも、姫は義高様に見せたかったのよ。

姫のとっておきの場所を。

一緒に眺めてみたかったの。

それに、それにね、

姫は〝義仲様の息子で人質の清水冠者、木曾義高〟とじゃなくて

姫は、ただの〝義高様〟とたくさん、お話がしてみたかったのもあったのよ。

だけど、

だけど無茶だったのかなぁ。

「うううぃ~~」

義高様に、いちいち泣くなって言われたばかりなのに、視界が涙で歪んでいくのを止められなくて、

悲しいが、胸の中でひとりでに大きくなって、

とまらない。

どうしよう…

そうして泣き声が漏れてしまいそうになっていると、

倖氏さんが言った。

「義高様、そんな言い方、大姫に失礼です。」

倖氏さんの強い口調。

倖氏さんが義高様を責めるところなんて初めてみた!

だって、倖氏さんは義高様の従者で、

いつだって義高様の味方のはず。

でも、その倖氏さんが義高様を叱ってる。

あいかわらす、何故か笑顔のままだったけれど…

なんだか逆にそれが怖かった。

義高様も、その真逆の取り合わせに、ただならぬものを覚えたのか、

「うっ」

と呻いたきり、言い返せないでいた。

その時姫は、母様2世を見たと思ったほどよ。

そして、異様な空気を孕んで、周りが静けさを取り戻したのを確認すると、

倖氏さんは、にっこりといつもの親しみのある、軽い笑顔に戻って、

「大丈夫です。」

つい数時間前と同じ自信たっぷりに言い切ってみせた。

「道はこれで合ってると思いますよ。馬は間違えてないと思います。」

「どうしてそんな事がわかる?」

さっき押し負けてしまったのが、そーとー悔しいのか、義高様はツッケンドンに問う。

でも、そんな事では、倖氏さんの鉄壁の『にっこり』は崩れなくて、

「まぁ、本当にこの馬は賢そ―ですし。それに、姫が私たちが鎌倉に来る時に乗ってきた木曽馬じゃダメだと言って、わざわざ馬舎から引っ張り出してきた2頭です。信頼していいと思いますよ。」

すごいっ、すごいっ!

名推理ね、倖氏さん!

確かに、この2頭は、特別賢くて、

どこへ行っても姫より先に道を正確に覚えるし、

何かあると、「危ない!」って、姫に知らせてくれて、

姫が倒れるのを発見して、お父様の所まで口に咥えて引っ張っていってくれたことすらあるのよ。

だけど、義高様はどこか胡散臭げに、

「その根拠は?」

と突っ込んで、

それに倖氏さんは、にっこり笑んだまま、

「倖氏の勘です。」

とても頼りない事を自信満々に言った。

ああ。

倖氏さん…情けないわ。

「でも」

そこで倖氏さんは、右手の指を一本立てられて、

悪戯っぽく言った。

「馬が道を間違ってないのは、ほぼ間違いないかと。」

それに義高様は、またもや胡散臭そうに、

「だから、その根拠は?」

とまた突っ込んだけど、

今度はちゃんとした理由が返ってきた。

「風です。」

「風?」

よく分からずに聞く義高様に、倖氏さんは満足そうに肯き、

「ええ。あと匂い、ですかね。」

まるで姫の秘密の場所を知っているかのように言う。

「はぁ? 意味わかんねーぞ。どうゆーことだよ。」

義高様は、ますますイライラしてきたみたいで、詰め寄るように問う。

それで、姫は、もしかしたら倖氏さんが、これから行く所をバラしてしまうんじゃないかってハラハラしていたら、

まるで〝わかってますよ〟とばかりに片目を姫に向けて閉じて、

「それを言ってしまったら、つまらないでしょう?」

と例の鉄壁の笑みで義高様に答えた。

「お・ま・え・なぁ~」

諦め半分、怒り半分で馬上から器用に倖氏さんの肩をガシッと掴んだ義高様だったけど、

すぐに倖氏さんの手の中にある物を目にして、ギョッとその手を離した。

そこには小さな担当が握られていた。

姫も思わずビクッとなる。

その二人それぞれの反応に倖氏さんは〝あれ?〟って顔をした後、

手中の小刀に今気がついたとばかりに、

「ああ。これですか。」

と手を開いてみせた。

それは、やっぱりどうみても本物の小刀で。

しかも抜き身で、朝日を浴びてギラギラと光っていた。

倖氏さん…、危ないわ、それ。

でも倖氏さんは何でもないみたいに手の中で小刀をクルクルと回していて、

確かに、その回しっぷりは上手だったけど、

やっぱり危ないと姫は思うのよ。

気がついたら、姫は義高様の着物の袖をギュッと握っていた。

その姿に倖氏さんは苦笑し、「心外だなぁ」と言わんばかりの〝にっこり〟で、

「いやですねぇ。そんなあからさまに警戒しないでくださいよ。

これはですね、来る道すがら、帰り道を見失わないよーに木に印を打ってたんです。」

と言った。

それで姫はなんだか一気に疲れてしまって、

くたっと義高様に寄り掛かってしまった。

それを見て、倖氏さんは「おやおや」と笑った後、

「それより義高様は、とりあえず大姫様に謝っておくべきかと。」

と最初の話を蒸し返した。

さすがに、そこは譲れないようで、義高様は倖氏さんをギロッと睨みつけていたけれど、

寄り掛かってる姫の体がやけに暑いのに気づいて、

「え!!? おいっ、大姫っ?!」

姫の名を呼ばれた。

姫は、また義高様を困らせてはいけないと思って、

「らいじょうぶでふぅ~」

と、なんとかニヘラと笑ってみせたのに、

「大丈夫なわけあるかっ!!」

何故か、姫自身が大丈夫だと言ってるのに、

義高様が大丈夫じゃないって決めつけてしまって、

そうこうしている間に倖氏さんが馬から降りて、

姫の懐から薬を取り出し、

姫の袖から水入りの竹筒を取り出し、

「大姫様、口をあけてください。」

そう言って、朦朧とした意識で口をあけた姫の口に、

それらを注ぎ込んだ。

本当にすごいなぁ、倖氏さん。

どうして姫が、こっそり持って着物の在りか、わかったのかしら?

姫はふわふわと熱に浮かされながら、そんな事を思った。

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