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縁談ってなんですか?[1]

あれは、そう。

庭の桜の蕾が少しずつ綻びだした折。

お父様の声が広間に響いた。

「大姫、お前に婿をとることが、このたび決まった。」

まるで暖かい春風に乗ってやってきたかのように舞い込んだ突然の縁談話。

でも、(わたし)はまだ、その時、たったの6歳で。

『政略結婚』――そんな言葉を知らなかった。

だから、お父様とお母様に呼ばれ、そのお話を聞いた時、姫はきょとんとしていた。

何の事だか分らなかったから。

そして、お母様に聞いたの。

「“婿”ってなんですか?」って。

すると、お母様とお父様は、目をパチクリさせて、次に顔を見合されて…

やがて、お父様が困ったように笑われ、「説明してやってくれ」というようにお母様を見たので、

お母様が「しょうがない頼朝様(お父様)ね」と口の中で呟いて、教えてくださったの。

「あのね、お姫。〝お婿さん〟というのはね、(おかあさま)にとっての頼朝様(おとうさま)のような人をいうのよ。」

「…………?」

それでも、よくは分らなくて首を傾げながら聞いてみた。

「あの、そうすると、姫は、雨の降ってる夜に、どこかへ駆け込まなくてはならないのですか? 前に侍女に、お母様はお父様のお嫁さんになるために、そうしたって聞きましたけど…」

それだったら、少し自信がない。

姫は自慢じゃないけど、よく熱を出す。

この前も寝込んだばかりだ。

きっと雨の夜に走ったりしたら、途中で倒れてしまうんじゃないかしら。

でも、それはちょっと違ったみたい。

話した瞬間、お父様が「もうたまらない!」というふうに吹き出し、膝をバンバン叩いて笑い転げ始めたからだ。

何故か、それを見たお母様は、少しムッとされて顔を赤らめながら、頼朝様(お父様)を軽く睨みつけておられた。

何かいけないことでも言ったのだろうか?

姫がオロオロしていると、

「いやいや、大姫。お前は別にどこへも駆け込まんでよいぞ」

やっと笑いを堪えたお父様が、(それでもまだ笑い足りないって感じで)可笑しそうにおっしゃり、

拗ねていたお母様も、

「あれは、私のお父様が頑固で強情で、絶対に嫁がせないとか言うから、強硬手段として駆け込んだまでです!」

とお父様を諌めるように、小さいけれど強い口調で主張した後、

「だから、大姫? あなたも、雨の夜がどうしたこうしたって話は、きれいに忘れ去りなさいね?」

とにこやかに、でもとっても恐ろしい笑顔で姫に迫ったので、

姫は何が何だかよくわからないながらも、コクコクと肯いておいた。

だって、お母様を怒らせると時々、お父様よりも怖いんだもの。

見ると、お父様もなんだかバツが悪そうにそっぽを向いて、いつの間にか笑いやんでおられた。

そんな姿を眼の端に捉えたお母様は、やっと機嫌を直されたらしく、一息吐いた後、いつもの優しい笑顔に戻っておっしゃった。

「あのね、大姫。〝お婿さん〟っていうのはね。ずっとずーっと一緒にいて、一緒に笑って、一緒に悩んで、一緒に泣いてくれる人のことよ。」

その時、その言葉を紡がれたお母様の眼差しは、今でも忘れない。

とても暖かくて、幸せそうで。素敵な眼をしておられたから。

そして、お父様のほうを向いて、にっこりと微笑まれた顔は、本当に本当に嬉しそうで。

それを受け止めるお父様の目も、いつもの厳しさや強さの中に、優しさと愛しさを宿され、軽く、けれども心から笑っておられたのを覚えている。

不思議だった。

お母様の緩やかな瞳と言葉は魔法のようで。

姫もなんだかポカポカと暖かい気持ちになっていた。

そして、そんな気持ちを抱えたまま退室する寸前、

「お!しまった!まだ、婿の名前を伝えておらんかったな」

お父様が大事な、とても大切な一言を放った。

「婿の名は、」

姫は、この時、まだ知らなかった。

「確か、」

私の人生に、その名を深く深く刻みつけることになるってことも。

その先の運命も。

「清水の冠者、木曾義高。義高殿だ。」



…………〝義高〟さま。

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