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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
金猿明星国・砂漠奪還行編
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第96話 間違いだらけのドッペルゲンガー

◆第三者視点 天馬白月国◆




 フリードリヒ・ラインベルガー6世は夜が明けると、まだ早い内から邸宅を出て都の外れにある古びた建物に入って行った。


 そろそろ冬が始まろうという季節である。落ち葉や下生えがうっすらと霜に覆われ、町は白みを帯び始める。先祖代々この土地で暮らす身なので寒さを凌ぐ衣類に困る事はないが、どうしても冬場の鈍重な防寒着は好きになれなかった。


 歩哨に立つ男達の脇を抜け、石造りの重厚な建物の奥まった一室へ足を踏み入れる。


「ああ、おはようございます6世(シックス)


 暖炉から放たれる温かな空気に弛緩したフリードリヒの表情が、かけられた声によって凍り付く。


 視線を向けた先に黒い長衣長髪の男を見つけて、更に表情は苦々しく歪められる。


 緑がかる見事な黒髪に(はしばみ)色の瞳。それだけでなく、鼻筋や目つきまで見れば見る程――自分に似ている。


 フリードリヒ・ラインベルガー5()()


 あの忌まわしい古城に住まう怪しげな“鍵屋“一党(クラン)の一員であり、自分と祖を同じくするラインベルガー家の末裔。


5世(フィフス)か‥‥」


 呼んでおいて何だが、その通称も相手が上のようで腹立たしいのである。分家して以降のあちらの命名による代重ねのカウントなのだから間違ってはいないのかもしれないが、誉れある祖先の名に(あやか)る事そのものも本家に遠慮すべきではないのか――などと考えてしまう。


 とは言え、そう呼ばなければややこしくて仕方ないのも確かなのだが。


 元々6世の率いる新月騎士団は、その成り立ちもあって生業(なりわい)とする定常業務はあってないようなものだ。厄介者扱いされて溜まるフラストレーションはいつも6世を(さいな)んでやまないが、そこに最近加わった新たな胃痛の種が、この5世の存在だった。


 名前も愛称も同じ。髪の色も瞳の色も、背格好すら似通った5世と6世。それは、当然ながら中身による比較を余儀なくされてしまう。


「今日は随分早いですね、何かお急ぎの御用でもありましたか?」


 穏やかに微笑みながらその指がめくっているのは天馬白月国のここ数十年にわたる病の記録である。


 土地、人の生死。穀物の出来高や魔物の発生報告。その全てに、根深く病が絡んでくる。つまり病の記録とは国に関わるあらゆる事象の記録であり、体系的にまとめるには分野に捕らわれない広い視野と洞察力が求められるのだが‥‥残念な事にその大役を成し遂げたのも、目の前にいる5世だった。


 6世は5世の問いかけには答えず、部屋の主の椅子にどっかりと腰を下ろす。


 無視された形になる5世は特に気にした風もなく、再び手元の書類に視線を落とす。


 5世は、新月騎士団の一員ではない。あくまで“鍵屋“一党(クラン)の一員であり、総督府への協力のひとつとして新月騎士団の監督に派遣されているのである。


(何から何まで気に食わない奴だ‥‥)






(どうにも、嫌われてしまいましたか‥‥)


 5世――鍵屋のフリッツもまた、内心では6世との関係に苦心していた。


 フリードリヒ・ラインベルガー6世は、彼から見ても(いびつ)な育ち方をしていた。


 恐らくだが、彼が幼少時代を過ごす頃には既に、王族として授けるべき教育を施す力を周囲が失っていたのだろう。


 通常であれば隣国数国に関わる言語も、政治学や地理、軍学、一般教養に至るまであらゆる教育が足りていない。


 一番顕著なのは、彼が“魔術“を使えない事だ。建国よりフリッツが生きた数百年前まで、ラインベルガー家は代々土と風に秀でた魔術師の家系である。それが魔術を扱えず、非力な身で騎士として身を立てている事が、既に歪なのである。


 それとなく5世から教えられれば良かったのだが、出会いからして心証の悪い2人である。ボタンの掛け違いのように要である最初の一手から次々と悪感情の連鎖が続き、今や6世が最も目の敵にする相手になってしまった。


 また、6世の周りの人間が5世を頼り始めているのも、6世の機嫌を大きく損ねていた。


 その筆頭が古城の大家役でもあるヒッグスだ。5世が新月騎士団へ派遣されるきっかけ作りを頼んだ相手でもあったが、今や5世を見かけただけで巌のような四角い顔を綻ばせている。


 向けられる好意に裏表はないが、それだけに格差を感じる6世にとっては自身の魅力がないように感じられる事だろう。


(‥‥私は、(6世)を育ててやりたいのだろうか)


 或いは、再び得たこの生で(6世)に替わって臣下を率い、ラインベルガー家を再興したいのか――。


 それは酷く甘美な夢だ。


 自分を主としてこの国を建て直す新月騎士団の面々の顔が色鮮やかに想起され、かつて己が統治した懐かしきラインベルク王国の城、町並みが次々とフラッシュバックする。




 ――胸を張れるように、生きて――




 この世に再び生を受け、古城で告げられた主の言葉が蘇る。


(私は‥‥私の望みは‥‥)


 不意に目眩を覚えて、5世は頭を振った。


 ラインベルク王国の幻想は急激に形を失い、暖炉で燃える薪の音が静かに鼓膜を打つ。


「‥‥監督殿、大丈夫ですか?」


 顔を上げると、部屋にはそろそろ新月騎士団の面々が集まり始めていた。ヒッグスが少し心配そうにこちらを見つめている。


「ありがとうございます。大丈夫、問題ありませんよ」


 穏やかに微笑んで取り繕う。生前からの癖のようなものだが、長年これで凌げていた。現にヒッグス達も明らかに安堵した様子でそれぞれの装備の点検に取りかかり始めている。


 悩んでばかりもいられない。5世は気持ちを業務に切り替えて書類を物入れにしまい、羊皮紙の地図を取り出す。


 新月騎士団の形骸化した警邏と、監督役のついでに天馬白月国の各地の“病“の発生状況や魔物の生息情報を集め、総督府に成果として報告する活動は今の所順調だった。


 今日の調査先を地図で確認し、随行する小隊長に予定とルートをブリーフィングで伝えなければならない。


(そう言えば、主殿――鍵音嬢は、どうしているだろうか‥‥)


 6世の様子を見る事にして以来、5世は古城に顔を出せずにいた。


 しばらく前に“病の王“の軍勢と防衛戦があり、そこで一党(クラン)の長である柊克也が行方不明になった事だけは連絡を受けていたが、同時に5世には「己が成すべきを成すべし」と通達がされている。


 それ以来、引かれる後ろ髪を振り切るように業務に没頭して来た5世ではあるが。ここに来て無性にあの古城の様子を見に帰りたい、という気持ちも強くなっていた。


(‥‥どうせなら調査と警邏のコースをあの辺りにして、仕事ついでに顔でも出してみようか)


 そうして、暫くぶりにフリードリヒ・ラインベルガー5世という男は、ただのフリッツとして懐かしき古城へ里帰りする事になった。

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