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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
金猿明星国・砂漠奪還行編
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第95話 星の陰り

 スルガン・ザハトーニは伝道師である。それも“星辰教会の“という但し書きがつく。


 であるから、「星について話をしてほしい」と言うのは、渇いた魚に泳ぐ池を与えるようなものだった。


 いや、猫にマタタビの方が近いかもしれない。何故なら――効果は覿面(てきめん)だが、度が過ぎて何処に飛んで行くかわからないから。





「そもそも教会に伝わる伝承では、“星“とは生前に偉大な行いを()した者が、天に召されて姿を変えた物――とされています」


 ギリシャ神話の星座みたいなものか、とイズナは傷む肩に氷嚢をあてがいながら寝返りを打った。夕暮れ過ぎの鍛錬で、興が乗った老爺に景気よく撃ち込まれた痕だった。


「‥‥そりゃ“異界の旅人(プレイヤー)“も含まれるのかよ?」


 皮肉げに呟いた言葉だったが、予想外に快活な声で「勿論です」と返されて、逆にイズナの調子が狂う。


「死語、星に列せられる事を“列星“と言いますが、大変に名誉な事です。叙勲と比べて? いやいや、比べられる物じゃありません! 現世で幾ら善政を敷いた王侯貴族と言えども列星される慶事など滅多にある物じゃないんですから」


 徐々に熱が入りだすスルガンの様子に、天幕の奥から苛立たしげなバルアドの咳払いが抗議を訴える。


(‥‥だとすると列星と言うのは、地球のメジャー宗教で言う所の“列聖“みたいな扱いな訳か)


 それならば滅多に起こらない事も、有り難がられるのも納得である。


 イズナはそこまて考えて、ふと「では誰が星に列するのか」という事に興味が湧いた。


 メジャー宗教に近いとすれば列するのは人の身である教会の人間が行うはずだ。


 逆にギリシャ神話に近いとすれば列するのは神の御業であるはずなのだが――しかしこの世界に召喚されて以来、イズナはほぼ一切、“神“()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 一瞬、宗教関係でデリケートな話題かもしれないという配慮が脳裏を過ぎったが、「まあ行きずりの相手だしいいか」と自己消化する。


「伝道師さんよ‥‥列星が奇跡的っつー事はわかったけどよ、列星する/しないってのは誰が決めてンだ?」


 一拍、間があった。やはりデリケートな話題だったか、と内心唇を尖らせながらイズナはリカバリーを試みる。


「気を悪くしたンなら謝る。オレは“異界の旅人(プレイヤー)“で、この世界にゃ疎いからよ、無神経な事聞いて悪かったな」


「‥‥いえ、そういう訳では。そうか、お二人は異界から来られたんでしたね‥‥」


 イズナの謝罪に、今までとは違い落ち着いた様子で答えるスルガン。ややあって、彼は言葉を続けた。


「列星を決められるのは、教会の役目です。ただ、教会と言っても特別なお役目の方ですね。一種教会でも不可侵なと言うか、私達普通の僧侶も噂でしか知らない話なんですが」


「神様じゃあねェのか」


「カミ? ‥‥ああ、カミサマって奴ですか。昔は信じてた人もいたみたいですけどね。教会はそんなオカルトの類とは違いますよ」


 そう言って笑う。微妙にスタンスの違いを感じながらも、イズナも神についてそれ以上は尋ねなかった。しかし、そのまま眠ろうとするイズナに「ただですねぇ」とスルガンが呼び止めた。


「いなくなったカミサマじゃあないんですが‥‥列されたはずの星が(かげ)る事は、あるんですよね‥‥」


「‥‥蝕とかか」


 しみじみ呟かれた言葉に、思わず連想したイメージが口をついて出る。だがスルガンは曖昧に唸り「それもあります」と口にしたまま、会話は途切れる。


 ――どれだけ時が隔たったのか。


 天幕にはやがて規則正しい寝息や、老爺の鼾が静かに響いていた。


 そんな中を毛布を巻き込んで寝返りを打ちながら、スルガンが深く吐息をつく。


「‥‥墜ちていなければ良いのですが‥‥」


 寝言なのか、思わず零れた独り言なのか。微かに呟かれた言葉は、痛みに寝付けないまま瞑目していたイズナの耳に、妙に引っ掛かって離れなかった。






◆第三者視点 天馬白月国◆




 星の陰りと言うなら、定期的に訪れる月の満ち欠けもそれに当たる。致し方のないものとは言え、敬虔な星辰教会の信徒にすれば月の欠けた夜は心細い思いを抱くものである。


 まして、めっきり照らす物のなくなる新月の夜ともなれば。






「ああ! くそっ! 面白くもない!」


 天馬白月国のほぼ中央に位置する都。他国――特に大星連国家の首長国である獅子太陽国――と比べれば見劣りするとは言え、そこは都である。整然と建ち並ぶ古色蒼然とした佇まいの邸宅の一つに、フリードリヒ・ラインベルガー6世の姿があった。


 やや癖のある黒髪に(はしばみ)色の瞳をした青年は、一声吠えて結んでいたアスコットタイを投げ捨てた。


 フリードリヒ・ラインベルガー6世は王統であり、継承権で言えば王太子に当たる。邸宅の造りや調度は決して安い物ではないが、彼が受けるべき待遇から言えば明らかに不足していた。


 有り体に言えば、それが大星連国家の総督府が下したラインベルガー家へのペナルティであった。


 王位を凍結し、国家の運営権を総督府が代替。王家一党については王家直轄領を管理する大公家として総督府の指揮に下る事。


 だがそれも100年を経るに従い限界が訪れる。


 天馬白月国の荒廃が、国家の体を為さなくなっていったからである。


 国土全体に広がる“病“により貴族達の領地も荒れ果て、税を取るどころか領民の為に持ち出しで浄化や治癒の施術を行わなければならない日々が永く続いた。


 税がなければ借りるか、借りる事も出来なくなれば滅びるより他に道はない。


 総督府からの貸付は嵩む一方で、積み重なる事100年。残った貴族は片手で数える程に少なくなり、これ以上の放置は残った貴族の全滅を招くと判断した総督府は領地の管理についても承諾を得た上で移管。


 ここに至って、天馬白月国の王家と貴族は領地もなく、借金だけを抱えた総督府配下の法衣貴族となったのだった。


 爵位も継承権も、総督府の官吏として働く中では最早何の役にも立たない飾りでしかない。忙殺される内、互いを爵位で呼び合う事すらなくなってしまった。


 ラインベルク王国由来の領地も組織も瓦解し、彼らは拠り所を求めて総督府に働きかけた末、遂に騎士団を発足させる事に成功する。


 しかし、総督府の各所に借りを上乗せし無理を通して発足させた割に実態の伴わない騎士団は非常に疎まれ、軽んじられた。


 その象徴とも言えるのが、その名である。


 “新月騎士団“。


 今や陰り、星としての光を失った(かつ)ての栄華の残滓――新月、と。

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