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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
金猿明星国・砂漠奪還行編
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第92話 ステップに昇る下弦の月

 馬賊とは、読んで字の如く騎馬で獲物を襲うならず者を言う。


 機動性に富み、取り回しの良い短弓と剣で見晴らしのいいステップを縦横無尽に駆け回る連中である。


 普通の旅人では逃げ切れない相手であるから、一番の対策は彼らが出没するような場所に足を踏み入れない事、となる。


 どうしてもそんな地域を通らねばならない時は、徒党を組んで早急に通り過ぎるか、手を出せない程の護衛を雇うぐらいしか手はない。


 果たして、驢馬の少女に置き去りにされた荷馬車の一行はと言えば――残された2人は臨戦態勢。心得のない伝道師のスルガンは恐怖の余り右往左往するばかりであったが、その襟首をがっしと掴む手があった。


「お前さんはここで儂とじっとしてりゃいい。あの2人が片付けてくれるわい」


 両手剣を抱えて眠っていた蓬髪の老人だった。豪快に欠伸をひとつ、「荷馬車におる限り儂が面倒みちゃるわい」と呟いた。


 その一言に信憑性があったかと言われると甚だ疑わしいのだが、スルガンには最早それに縋るより外、手立てがない。


 懐から星を(かたど)った念珠を取り出して一心不乱に祈りの言葉を唱えるしかないのである。






「まずは馬の脚を潰さねェとな」


 イズナの呟きに、すかさず彩弥がストレージから人の頭程の大きさの物を取り出した。(いびつ)な球体で、数は二つ。それを左手でお手玉のように頭上高く放り投げ、「よッ! はッ!」と右手のハンマーで鋭く馬賊に向かって打ち出した。


 左右から挟み撃ちにすべく二手に分かれた馬賊の一団に、打ち出された歪な球体は真っ直ぐ飛来し――突如耳を刺す不快な異音を大音量でまき散らした。


 ハウリングである。


 竿立ちになった二つの馬群にイズナと彩弥がすかさず突撃する。


「ぃよいしょォーッ!!」


 豪腕一閃、全力で振りかぶった巨大なマイク型のハンマーが横一文字に馬と賊を凪ぎ払う。“壊し屋“の職位(クラス)は伊達ではない。当たりどころの良かった馬賊は宙に弧を描いて姿を消した。


 彩弥が絵に描いたような“腕っ節“を見せる一方、イズナもその技量を遺憾なく発揮していた。


(‥‥1つ、2つ‥‥4、5で6つ!!)


 気合いの掛け声も華やかな彩弥とは正反対に、イズナは呼吸の間も惜しんで腕を振るい続けている。


 スリングによる投石から逆手で棒手裏剣の抜き打ち。翻して更にもう一本。振り抜いた手の勢いを利用して腰から束ねていた多節鞭を掴み、中距離に近付いた賊の急所を滅多打ちにする。


 息もつかせぬ怒涛の連続攻撃だった。しかも恐ろしいのは手裏剣であれスリングであれ狙いを過たぬ練度で使いこなしている事だろう。


 手を伸ばすようにあらゆる距離の標的を的確に仕留めていく技量の鋭さは、その手が閃く度に馬賊達の意気を大きく削ぎ落としていった。


 ここで食い止めなければ押し負ける、と考えたのだろうか。


「前を開けよ! これしきの手勢に呑まれて何とするか!!」


 怖じ気づいた馬賊を押し分けて現れたのは、一際引き締まった体躯に目つきの険しい若者だった。


 手には大振りの大長刀。房飾りも鮮やかな朱金の長物を頭上で軽々と振り回し、ピタリとイズナに向けて切っ先を突きつけた。


 俗に剣道三倍段と言うように、間合いの遠い長物を剣で(さば)くのは相手よりも高い技量を求められる。ましてや相手は馬上である。


 己の不利に表情も険しくなるのが当たり前だが――。


「‥‥笑うか」


 荷馬車の老人は楽しげに、馬上の青年は忌々しげに、同じ言葉を紡ぐ。


 舌打ち1つ。青年は馬首を巡らせ、気合いと共に脚を入れた。ステップの下生えを蹴立て、人馬が一陣の風と化して殺到する。


 朱金の大長刀は半身になった右脇に引かれ、馬身の左右どちらにも振り下ろせる構え。


 右か、左か――。


 固唾を呑んで皆が見つめる中、遂に両者が一足一刀の間合いに入る。まずは得物の長い青年の間だが、イズナの位置は馬首の真正面。馬体の死角と呼べなくはないが、もう一呼吸もあれば速度の乗った蹄そのものが凶器となる。


 死ぬ気か? と怪訝に思ったのも束の間。視界を紫の光が染め、馬体がつんのめった。


「な――ッ!」


 反射的に膝を締めて馬体にしがみつこうとして、尚も馬体が傾くのに覚悟を決める。


 転倒する馬体に潰されれば死にかねない。咄嗟に腰を浮かし、放り出される勢いに乗って鞍から飛び降りる。


 捻った姿勢を更に振って蜻蛉を切ろうとして、逆さまになった視界の中、横倒しになった馬体を蹴って飛来する剣士の姿が瞼に灼き付いた。


 抜き打ち一閃、銀の光が下弦の弧を描く。


 長刀を取り落とした青年は受け身も取れず草原に音を立てて倒れ伏した。


「チッ、浅かったか。まァいい、テメぇら一騎打ちはオレの勝ちだ!! 大人しく武器捨てやがれ!」


 頭を打ったせいか朦朧とする意識の中で、脇腹から背中に鋭い痛みと熱が斬られた事を強く訴えてくる。


 負けたか、とうなだれる内に周囲の音が遠ざかっていく。


 斯くして、ステップに於ける馬賊と荷馬車に乗った旅人の戦いは幕を閉じた。

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