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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
金猿明星国・砂漠奪還行編
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第91話 荷馬車に集う

◆第三者視点◆


 黒き祭司門、とその関所は呼ばれていた。


 北の天馬白月国と南の金猿明星国を隔てる関であり、ここ数百年は“病の国“からの病魔の拡大を留める防疫を主な役割としていた。


 大星連国家の定めた約定により、“病の国“の治癒は星辰教会の僧侶しか携わる事は出来ない。これを破るのは重罪で、罰金だけでなく厳しい刑が処されてきた。


 そんな経緯もあり、黒き祭司門には独特の法衣をまとった僧侶達の姿があちこちに見受けられるのだった。






 スルガン・ザハトーニもまた、黒き祭司門を訪れた僧侶であり、往来の真ん中で困り果てていた。


「ええと‥‥次の目的地は、ステップに行く馬車を探さないと」


 関所で慣れぬ旅に戸惑う若者の姿、特に僧侶は珍しくもなく、往来の人々は器用に避けながら彼の周りを通り過ぎていく。


「ねぇねぇ伝道師サマ! 乗り合い馬車をお探し?」


 ふとスルガンが声のした方を見やると、小柄な女の子が袖を引いている。目が合うと白い歯を剥いてニッコリ笑いかけられた。


「アタシ、村の馬車で帰る途中なんだけど一緒にどう?」


「ええと‥‥」


 一瞬、美人局(つつもたせ)の類だろうかと考えて「それはないか」と自分で否定する。目の前の少女は7-8歳ぐらいで、そう言った身売りをする者特有の陰もなさそうだ。


 であれば、本当に農村からの荷馬車なのだろう。幌馬車は期待出来そうにないな、と苦笑しながら値段を聞く。


「ううん、お金は要らないんだけど‥‥村に着いたらウチの宿に泊まってってくれると嬉しいね!」


 なるほど、宿の客引きと言う訳だ。合点がいって、少女の誘いを受けた。


 案内された馬車は、想像通り大型ではあるが粗末な造りの荷馬車だった。馬車と言うが、曳いているのも驢馬である。


「はいはい、伝道師サマもお席へどうぞー」


 席と言っても荷台の上に分厚いマットが敷いてあるだけの代物なのだが、ないよりはマシといった所だろう。


 荷台には数人の先客があり、左右で二組に分かれているようだった。


 片や体格の良い蓬髪の老人。髪も髭も真っ白で、今も使い込まれた両手剣を鞘ごと抱き込んで座っている。


 これまで星辰教会附属の教学校で勉学に明け暮れて育ったスルガンには馴染みのない人種である。眠りを妨げて因縁をつけられでもしたら大変、ともう片側に視線をやる。


 しかし反対側はどうやら満員のようだ。子供連れの、年頃の娘が2人。片方の娘が腕に覚えがあるのか、腰に武器を提げている。


 腕利きの女剣士に女戦士は珍しくもないが、どうも薄汚れた外套越しにも線が細いのが見て取れる。大丈夫だろうか、と心配になっているとフードの下と目があった。


「‥‥何か用かよ」


 ドスの利いた低い声に竦んで、「いえ何も」と首を振った。


 右も左も剣呑で仕方ないので入り口の隅に座ろうとすると、客引きの少女がぐいぐいと押し込んでくる。


「あんな隅っこ座ってたら落っこちるよ? さあさ特等席にお座りなよ!」


 そう言って荷台の一番驢馬に近い場所に座らされた。後ろ向きに進むのは好きではないが、膝を突き合わせる距離にもう一人の娘が微笑んでいるのが目に入った途端気にならなくなった。


 ――天女のような。


 もう一人の荒っぽい方とは正反対。花が咲くような笑顔に胸が高鳴り――いかんいかん、修行中の身、と我に返る。


「さあ、準備はいいかい? 出発するよー!」


 そうして、ステップへ向かって荷馬車進み始めた。ガタゴトとやかましく、ぎこちなく。






 スルガン・ザハトーニは伝道師である。


 教学校を出たての僧侶の雛がこの役に当たる。この時点では土地には根付かず、決められた地域に赴任して一定の期間勤め上げれば、いずこかの教会に入って下積みが始まるのだ。


 そんな役であるから、人と話すのが務めであり話さずにはいられないよう子供の時分から教育を受けたスルガンである。


「この国は商人達が集まる事で有名ですが、皆さんはどちらから?」


 半時もしない内に、沈黙に耐えかねて話しかけていた。


「‥‥北からだよ」


 女剣士がぶっきらぼうに呟くが、隣の華やかな娘が肘でつつきながら丁寧に答えてくれる。


 どうやら南の砂漠を越え、オアシスの町であるナハル・アル・ハリーブ市を目指しているらしい。吟遊詩人の歌にも世界最大のバザールと闘技場が名高い、この国の首都である。


 せっかくなので聞いた事のあるナハル・アル・ハリーブ市の事を色々と話していると、お返しにと娘が一曲披露してくれた。


 それは小型の竪琴だった。古めかしい楽器ではあるが、娘の艶のある歌声と相まって実に心地良い音色が奏でられる。


 聞いた事もない異国の音楽に拍手すると、何か自分の故郷の歌を教えてくれないかと頼まれた。


 随分長い間歌った覚えがない。気恥ずかしさを堪えながら生まれ育った村で聞いた童歌や酒場で耳にした恋歌などを披露する。


 それを聞いた彼女が竪琴で即興の伴奏をつけながら見事な出来映えで歌を再現して見せる――何とも、農家の荷馬車で受けられるとは思えぬ夢のような一時だった。


 そして夕刻、夢のような時は、まさしく夢のように突然醒めた。






 最初に気付いたのは、じっと娘の歌を瞑目して聞いていた女剣士だった。


「なあ、お前の村ってのはこの先なのか?」


「んー? そうだけどー」


「ならコイツは村の余興か? だとしたら聞くのも野暮ってもんかもしれねぇが」


 御者台とも呼べない粗末な座席に座っていた少女は問われても尚、ニコニコと明るい笑顔を崩さなかった。


 しかしやにわに座席を蹴ると、驢馬を繋いでいた金具の留め金を引き抜いた。ぐらりと荷馬車が揺れて、慌ててスルガンは荷台の縁にしがみつく。


 一体何が起こったのか――呆然とするスルガンの視界の中で驢馬に鞭を入れて少女の姿が遠ざかっていく。


 その彼女が、不意にこちらを振り向いた。


 響き渡る指笛。


 それに呼応するように、道から離れた物陰から、幾本もの矢が天高く放たれた。


 放物線を描いて降ってくる矢を、3本を女剣士が。1本を楽士の娘がはたき落とす。


 だがそれは始まりを告げる“挨拶“のような物でしかなかった。


 虚を衝いて挙がる雄叫び。嘶き。土煙を挙げて何頭もの馬蹄が大地を穿ち地響きと共に殺到する。


「ば、馬賊だぁ!!」


 恐怖の余り裏返った声でスルガンが叫ぶ。


 ――しかし意外な事に、返って来たのはのんびり伸びをする楽士の娘の声で。


「んー、やっとデスね。何人残します?」


「あァ? 1人いりゃ十分だろ。賊生かしとく意味あンのかよ」


 言って立ち上がった女剣士はバサリと外套を翻し。


「――イズナ様の試し斬りだ。光栄に思いやがれクソ馬賊が」


 跳ね除けられたフードの下から、紫紺の染め髪が鮮やかにスルガンの目に焼き付いた。

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