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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第1章 校内戦編
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第8話 新たなる脅威

6/29 誤字修正

「何があったか、説明してくれる?」


 ボクにも実は何があったかわかってないんだけど、と湖沼は前置きした。


「‥‥途中まではいつも通りだったんだ。相手は1年生の男子だったから、その‥‥多分柊がされたのと同じで」


 なるほど。“満足ゲージ制“へのルール改変から風呂ステージ指定、相手の満足ゲージを下げる為の羞恥プレイへのコンボは正常に積めたらしい。


 だけど‥‥。


「突然、負けたんだ。満足ゲージはどちらもMaxに達してなかった」


 で、混乱しながら始まった2ラウンドも、訳がわからないままストレートに負けた。


 結果だけ見れば完敗したって事になる。


 だけど何に負けたのかが、わからない。


「‥‥似てるね。この負け方」


「似てる? 何に?」


「僕も湖沼も経験済みだろ。模擬戦できぃに負けた時に似てるんだよ」


 あ、と湖沼が声を挙げる。


 対戦格闘だと思ってたら、勝敗条件を一方的に変えられたあの理不尽な負け方。


 きぃは理由を説明してくれたから(まあそれも相手を煽る心理的作戦だったんだけど)負けた理由がわかったけど、無言で勝ち逃げしてたら丁度こんな感じになってたんじゃないだろうか。


「多分だけど、今回負けた相手はきぃと同タイプの能力(skill)保有者だと思う。満足ゲージ以外の何かが勝敗条件に盛り込まれたんだ」


 全校生徒は2000人もいるんだ。レアな能力(skill)でも似たような奴が存在する確率は、ゼロじゃないだろう。


 とは言え、どうやって対策したもんか。


「そいつの見た目は覚えてる?」


「ああ。黒髪に紫色のメッシュを入れて、制服がパンク風に改造されてた」


 パンク風ね‥‥まあ、対策するまでそいつからの対戦リクエストは受けなきゃいいか。


 この時僕はそう考えて時間を稼ごうとしたんだけど、そうは問屋が卸さなかった。




「柊!そいつだ!!」


 その日の夕方、風呂サービスの時間帯の事だった。


 整理券を配って、さあきぃ風呂を1回回そうとしたその瞬間、僕は物陰から飛び出して来た小柄な人影に突き飛ばされた。


 たたらを踏んで持ち直しはしたが、その隙間を突いて僕の代わりにそいつがきぃ風呂バトルロイヤルの開始エフェクトに吸い込まれて消える。


 慌てて追いかけると既にバトルは開始され、僕はオーディエンスとしてバトルの光景を目の当たりにする事になった。


「くそっ、間に合わなかった」


 バトルしている間、プレイヤーの実体は専用のバトルステージに転移しているらしい。その間バトルを始めた空間は光のエフェクトで包まれ、ライブ中継じゃないけどバトルの様子を観戦する事が出来るようになっている。


 空中に浮かんだモニターらしきものの中では見慣れたきぃ風呂の光景がクォータービューで映し出されていたが、ほとんどの生徒は戸惑い、いつもなら湯船で女王のように悠然と寛ぐきぃの表情は堅かった。


『さァ、じゃーさっさと終わらせてたっぷりポイント稼がせてもらおうじゃねェか♪』


 小柄な黒髪に紫メッシュの少年が愉しそうに声を挙げる。鼻歌混じりに生徒達の混み合う洗い場を潜り抜け、湯船のきぃに迫った。


 “暴力禁止“のルールの裏を突くような改変が出来るのか?


 と思ったが、少年は手のひらで掬ったお湯をきぃにバシャバシャとかけただけだった。


『あはははは!ビビってるなァ!俺の能力(skill)がわかんなくて怖いんだろォ!?前はボロ負けだったもんなァ!』


 嫌そうにタオルで濡れた顔と髪を拭うきぃ。やはり顔色が悪い。満足ゲージもいつもより溜まりが遅い。


『‥‥だんまりかァ? まあ、どっちでもいいけどよ。どうせ俺が勝つのには変わりはねェんだ』


 言って、腰掛けていた湯船の淵から立ち上がり、メッシュ少年は悠々と洗い場を抜けて元いた戸口の前に戻った。


『さあ、これで終わり。今度は何で負けたか、わかったかな~?』


 少年がそう言った瞬間、システムアナウンスが少年の勝利を告げた。


 後には体も洗えず狐に摘ままれたような100人近い生徒と、俯いたまま微動だにしないきぃ、耳障りな甲高いメッシュ少年の笑い声だけが残された。




「‥‥やられた。あいつの狙いは夕方のきぃ風呂だったんだ」


 その夜のカフェテラス。僕らは精神的なダメージを抱えながら反省会を開いていた。


「昼の対戦は下見だったんだね。1対1で完封出来る事を確かめたのか‥‥」


 だとすると、今後のきぃ風呂サービスに大きく支障を来す要因になってしまう。あれはきぃが独り勝ちできるから成り立ってるものなんだから。


「柊、何か追加されたルールについて気がついたかい?」


「いや‥‥全くわからなかった。あのお湯をかけるのに何か意味があったのかと思ったけど」


 僕がそう呟くと、違う、ときぃが答えた。


「最初に対戦した時はあんな事しなかった。きぃがスク水に衣装変えて、それについてギャーギャーうるさかった」


 羞恥心攻撃は有効だったらしい。でもそれなら、何がそいつの条件なんだか。


「‥‥夕方の時、満足ゲージの下に数字が出てた」


「数字?」


 きぃはテーブルに突っ伏したまま、そこに満足ゲージと、その数字があるかのように強い視線を宙に向けて呟く。


「そう、数字。きぃずっと見てた。最後に100%になって、achievementってアナウンスが言ってた」


 達成、ね。


 何かを規定量実施する事による勝利条件って事か。


 でもあのメッシュ少年の勝ちを封じるにはもう少し情報が欲しいな。


 そんな事を考えている時だった。


「よう、柊。大変だったらしいな」


「‥‥黒塚‥‥サン」


「俺が認めた奴ならサン付けなんぞ要らん。好きなように呼べ」


 そう言って空いている席にどかっと腰を下ろす。不思議な事にこれだけ重量感のある図体の癖に、身のこなしが一々身軽でスムーズだ。


「厄介なのに目をつけられたんだってな。噂で持ちきりだったぞ」


 お耳が早い事で。て言うかやっぱ噂になったるんだな‥‥きぃ風呂の売り上げには絶対影響するぞこれ。


「黒塚さん、奇兵隊に取っても鍵音くんのお風呂サービスからの収入は貴重な安定収入だと思う。警備に人を配置してもらったり出来ないだろうか」


 若干言いにくそうに、湖沼が提案する。


 確かにそれであの紫メッシュの乱入は防げるかもしれないが‥‥。


「根本的な解決になってないな。その程度のリスクの為に恒常的な警備コストを払う事は認められない」


 その通りだ。これは、基本的には僕らきぃ組が始めた事なんだから、僕らで解決すべき問題だ。


 黒塚の言っていたこの先も勝ち残れる強さと稼ぎを両立させる為に。


「とは言え‥‥噂が取り返しのつかない所まで行く前に、もうちょい情報が欲しいんですよねぇ」


 そう言って横目で黒塚を見てみると、彼はいつも通り面白そうにニヤニヤと獰猛な笑みを浮かべて答えた。


「情報か、そのぐらいならいいだろう。後で木下を向かわせる」


 木下さん?あの人そんな調査員的なイメージないんだけど。


 僕が若干疑問に思っていると、黒塚は更に言葉を続けた。


「まあ詳しい話は本人から聞いてくれ。後、明日からだがお前等もウチの戦闘訓練に参加してもらう。朝飯食ったらテニスコートに来い」


 言うだけ言って、黒塚は席を立った。


「もう少し説明してやりたい所だが、これから人に会う予定でな。訓練の主旨も明日現地で話す」


 どうやらウチのクランオーナーは精力的に人材発掘に勤しんでいるらしい。


 興味本位でどんな人なのか訊いてみると、珍しい事に黒塚が返答に詰まった。


「‥‥ん、まあ単体の戦力としては俺の知る限り屈指の実力者なんだがな。ちょっと訳ありで勧誘に苦戦してる所だ」


「そんな人なら、何処でも引っ張りだこなんじゃ?」


「まあな。ただ、どちらかと言えば今までは何処の誘いも平等に断る奴だったんで、このまま何処にも就かないで終わるかと思ってたんだが、な」


 また、こちらを見てニヤリと嗤う。


「‥‥事ここに至って運が向いて来てな。今からその線で交渉して来る」


 どの線だよ。


 内心こっそりツッコミながら、僕は黒塚のあの威圧的な強引勧誘ラッシュを受けるだろう見知らぬエースプレイヤーに同情した。

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