第88話 2枚目の切り札
僕らが取った戦略は単純だった。
敵軍が多過ぎて取りこぼしが起きるのなら、他に出口をなくした上で、最大戦力であるカイ・ベルンハルトにすり潰してもらおう、という。
1対1000ではなく、1対1を間断なく1000回繰り返すという事。
他ならぬ鍵屋だから。カイ・ベルンハルトだから出来る荒業ではある。だが、クレバスの底で嬉々として暴風のように拳を奮うあの男を見ていると、自分達の見込みが正しかった事を確信せざるを得ない。
そして、ただの落とし穴でなくきぃが浄化の水と氷で舞台を仕立てた理由もまた、僕ら鍵屋だからこそだ。
討伐しなければ町が滅び、接敵すれば感染するこの“病の王“の軍勢に、僕ら以外の誰がまともに対処が出来ると言うのだろう?
他にあるとすれば遠距離からの大火力で近寄らせずに殲滅するぐらいだと思うが、生憎そこまでの大魔術を行使出来る魔術師なんてそうそういない。まして、この人も大地も荒れ果てた天馬白月国では尚更だ。
「よーし、圧される心配はねェんだ。落ち着いて撃ちまくれ!! 当たれば倒れる、倒れりゃ嬢ちゃんのフィールドが浄化してくれる、楽な仕事だろォが!」
言いながら、紫藤も紫紺騎士団の部下から手渡される装填済みのボウガンを腰だめで撃ちまくっている。
しかし、どれだけ撃てどもひしめく軍勢は翳りを見せなかった。降り注ぐ矢の雨もカイの拳も、結論から言えば広範囲を一気に制圧する火力に欠けていたのだ。
総合的な火力の不足は敵に立ち直る時間を与えてしまう。崩落の混乱は徐々に収まり、その一方でカイを突破する事の困難さが浸透したのだろう。“病の王“の軍勢は恨めしげに唸り声を挙げながら次第に北側の切れ目へと進路を反転し始めていた。
『‥‥いかんな、まだ数が多すぎる。北に回した隊では支えきれん』
ハクが言った部隊は、紫紺騎士団10名程度の遊撃隊のはずだ。とてもじゃないが500以上の獣とアンデッドを留めるには至らないだろう。
「‥‥やるしかないか。ハク、じゃあ後は頼むよ」
『克也も気をつけたまえ‥‥そちらが一番危険なのだから』
「わかってるさ――ベルゼ、戻るよ」
僕の呼び掛けに、ベルゼは無言で応えた。
ノイズが走り視界が暗転する。
◆旧街道南側‥‥第三者視点◆
『‥‥行ったか』
ハクの目の前で、ケーブルが脱着されたチンチラがその青と金色の目をパチパチと瞬かせている。次の瞬間には不愉快そうに毛繕いに専念する様子は、何処から見ても猫そのものだ。
「あのケーブルも訳わかんねェな。能力のレンタルだけじゃなく遠隔操作も出来るとかよォ」
そう言って、紫藤はボウガンを撃つ横目でクレバスの南側を見やった。あの先には、ケーブルの接続元であるベルゼと柊克也、それにヒルダが潜伏待機している。
ヒルダもまた、今回の作戦に必須の人材だった。彼女の継承者として得た盗賊としての能力――“隠蔽“により、克也の持つ怠惰の欠片の信号をジャミングしたのである。
その上でベルゼが作ったダミーの信号を発するペンダントによって切り札であるカイ・ベルンハルトの元に敵軍を誘導したのだ。
切り札は有効に働いた。数で遥かに上回る“病の王“の軍勢は逃げを打つ以外に手がなくなったのだ。だが、鍵屋にからすれば切り札一枚で戦局は決まりきらなかったとも言える。
だからこそ――もう一枚の切り札を切るべきだと、柊克也は決めたのだ。
自らの手に入れた、新しい力を使うべきだ、と。
◆柊克也◆
『‥‥遠隔操作切断。感覚を外部骨格に移行しました』
ベルゼの声で、僅かな意識の断絶が終わりを告げる。
有り体に言って、酷い気分だった。ベルゼのケーブルでチンチラを遠隔操作していた訳だが、視界や身体感覚の変化が大きいせいで、酷い乗り物酔いみたいな気持ち悪さが起きているのだ。
僕とベルゼは、クレバスの南側の地下に穴を掘って潜伏していた。カイの陣取る本陣の逆側の足留め役という訳だ。
「ヒルダ、そろそろ動くから“隠蔽“切る準備しといてくれ』
「あー、うん。わかったよ‥‥こんなに長いこと能力使ったのは生まれて初めてだったよ」
コクピットのすぐ側の補助シートにいるはずだが、外部骨格と同調した僕にとっては“身体の中にいる“事になる。ベルゼが気を利かせて小さなモニタウィンドウでヒルダの様子を映してくれたが、開戦からずっと能力を発動し続けたせいか顔色はかなり悪かった。
『操縦者、もう敵軍の先頭集団がクレバスのこちら側に到達します』
「‥‥わかった。それじゃ行こうか! 新装備のお披露目だ!!」
意識のスイッチを切り替えると、外部骨格の主機関が唸りを挙げて駆動し始める。人間の身体とは比べ物にならない出力のフィードバックに、何でも出来そうな気になってくる。
身を屈め、溜めた力を開放して一気に地上へ躍り出る。擬装用の岩盤と氷が砕け散り、久方振りの空が視界一杯に広がった。
開放感に心の中で喝采を叫びつつ、眼下の敵軍を見渡す。
元々足が遅く、ギリギリでクレバスに落ちたアンデッドや鈍足の大陸亀などのモンスター達が一斉にこちらを見上げているのが滑稽だった。
まあ、それも仕方ないだろう。
今の僕は、全高5mを超える外部骨格を、更に新設した蛇腹状の巨大なユニットが持ち上げているのである。
『拠点防衛用、多脚多節ユニット‥‥“城塞万足“起動!!』
鋼同士が擦れる異音と土煙を挙げながら、巨大な六角形のユニットを接合した蛇腹がクレバスの裂け目に蜷局を巻いて道を塞ぐ。
鋭く尖った刃状の脚が閃き、蛇腹の旋回に巻き込まれた数体のアンデッドが細切れになる。
僕は自由になった剣状の尾脚を振るい、更に棒立ちになった敵軍を薙ぎ払った。切れ味よりも重量で叩ききる類の武装だが、こういった軍勢相手には非常に相性がいい。
とは言え、それはただのアンデッドや獣達が相手の場合。衰退者との接触は侵食の危険があるので避けたい。なので――。
「蛇蝎の鞭!!」
ベルゼ単体では追加した尾の先端から鉄針を放っていたが、城塞万足では少し扱いが異なる。
無数に備え付けられた全ての刃脚から空を裂いて馬上槍程の大きさの鏃が一斉に放たれる。
タフさを誇る衰退者も、質量で勝る城塞万足ユニットの蛇蝎の鞭には敵わず、大きく吹き飛ばされて地面に縫い止められているようだ。
さて、これなら十分軍勢の足留めも出来そうだ。北も南も退路を塞がれ、切り立ったクレバスは氷に覆われて登る事も叶わない。
後は、きぃの浄化フィールドが徐々に奴らを駆逐する。つまり僕らの――
「――勝ち、という事ですわね」
不意に、背後から聞こえて来た声に僕らの顔が強張る。
『‥‥コクピットハッチ直上、奴です‥‥!』
ベルゼの開いたウィンドウに映っていたのは、黒い上下に身を包み、不敵に嗤うローズマリーの姿だった。
「ごきげんよう、柊先輩」




