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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第4章 天馬白月国・“病の王“胎動編
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第87話 病の正体

 それからの1日半は、それこそ瞬きの間に過ぎた。


 戦略を詰め、物資をかき集めて念の為難民達に避難を呼び掛けて移動する。文字で書けばたったそれだけなのだが、実際にやるのは想像以上に大変だった。


 特に物資の収集で大いに手間取ってしまい、難民達への避難勧告はほとんど居残りの家妖精(シルキー)達に任せっきりになってしまった。


『‥‥いよいよ、だな。克也はこうした会戦は初陣だろう? 気負いはないか』


 機馬(マシンホース)に跨がったハクが肩を並べながら言う。鋼の騎馬の上にあると、この友人の威風は格別だった。人馬一体となった巨大な鋼鉄の持つ頼もしさと、見る者を惹き込む真珠を溶かしたような白の輝きに思わず息を呑んでしまう。


(ハクやカイがいるんだ。何とかなるさ)


 そんな事を考えながら、目の前に広がる荒野に意識を移す。


 僕らがいるのは、岐路の町から古城へ続く旧街道の丁度真ん中の辺りになる。緩やかな上り坂の頂点に位置する丘陵に陣取った形だ。


 やるべき事はやった――そのつもりなんだけれども。頭で幾ら言い聞かせても、全身を()(むし)りたくなるような焦りと不安は消えてはくれない。


 これが、気負うという事なんだろう。僕がハクに肯くと、大仰に笑われた。


『無理もあるまい。身内の命がかかる戦でないとは言え、誰にでも初めてはあるものだ』


 確かに、異端審問騎士と戦った時に人の命を奪う経験はした。あれだってきぃに癒されなきゃ参ってしまうぐらいの経験だったけれども、戦いそのものへの緊張や危機感はなかった。


(あの時はベルゼの新武装を試したい気持ちが強かったし、背負う物もなかったもんな)


 失敗というリスクがあるだけでこうも違うものなのか。僕は何度目になるかわからない吐息をついた。呼吸が浅い。息苦しくて気持ちが悪い。何度深呼吸しても酸素が身体に行き渡らない気がする。


『‥‥それが責任を負うという事だ。気負い過ぎる必要はないが、その感覚を忘れるな。例え相手が人であれ化け物であれ、我らが“人“である以上は、常に何かを背負って闘うべきなのだから』


 そう言って鋼鉄の掌が優しく背を叩く。どうやっているのか、この機械仕掛けの友人はいつも甲冑同士の触れ合いで酷く柔らかなスキンシップを行ってくる。武器の取り扱いだけではなく、いつかこの仕草も真似してやろうと思うのに、僕がやると上手くいかなくて悔しい。


『さあ、来たようだ。盛大に出迎えてやるとしようじゃないか』


 ハクが言うのに少し遅れて、物見が角笛を鳴らす音が吹き交わされる。


 眼下の荒れ地に、森から“病の王“の軍勢が堰を切ったように姿を現したのだ。


 ――火蓋は切って落とされた。






 敵軍の戦闘はやはりと言うべきか、足の速い森の獣達だった。目は充血で真っ赤に染まり口角には粘度の高い泡を吹きながら、彼等は荒れた大地を一心不乱に駆ける。


『思った以上に進軍速度に差が出ているな』


 確かに、一丸となって暴走(スタンピード)を形成する獣に対して、後続のアンデッドは散発的に飛び出して来ている。同じ“病の王“の軍勢とは思えないぐらいだ。


「では先行する足の速い連中を削りましょう」


 フリッツは事も無げにそう言って、手にした“満月の金槍“を天に(かざ)した。


 それに呼応して土煙を挙げながらこちらに向かって突進していた獣達の姿が不意に視界から消える。と同時に戸惑いと苦悶の鳴き声が辺り一面に広がった。


 (あらかじ)めフリッツが土魔法で掘っていた落とし穴だ。蓋をしていた薄い板状の土が一気に脆くなり、先頭を切った獣達を一網打尽にしたのだ。


 そして直接穴に落ちなかった者も、その殆どが咄嗟に対処できず前列の連中に(つまず)くか、減速しきれずに玉突き事故のような有り様でどんどんと落とし穴の縁にすし詰めになっていく。


『今だ! 弓、放て!!』


 動きの止まった隙を(あやま)たず、ハクの展開した白鷹(はくよう)騎士団とエルフの志願兵から成る弓兵隊から驟雨(しゅうう)の如き洗礼が行われる。


 密集し、動かない的が相手である。続いて好機と踏んだドワーフ志願兵が馬防柵越しに追い討ちの(クロスボウ)の掃射を見舞った。


 転倒した者も免れた者も等しく矢の雨に射抜かれて沈んでいく。余りにバタバタ倒れて戦と言うより的当てか何かのようだった、


 だがそれでも数の差は圧倒的だ。


 身が軽く足の速い小型の獣が一掃された向こうから、雄叫びを挙げて次陣の盾鹿(シールドディア)や大猿、巨大な猪といった大型の獣達が屍を踏み越えて襲い掛かって来る。


 その中には宙を飛ぶ木菟や烏などの鳥類、そして――ベルゼをして“予測不能“と形容した衰退者(ディケイド)の姿もあった。


「アレが、衰退者(ディケイド)か‥‥」


 一言で言えば、それは“奇形“だった。


 ケロイド状に体表が変容していたり、瘤のようなものが出来ていたりするのはまだ良い。中には数体の獣が混ざった醜悪なキメラのような有り様の物もある。


衰退者(ディケイド)は感染により身体機能が増強され、何より痛覚が麻痺している個体は相当にタフです。本当にゾンビ映画のゾンビみたいなモノだと考えてください』


 更に、『体液による感染もゾンビそのものですし』と、ベルゼは嫌そうに呟いた。


 いや、正確にはそれより性質(たち)が悪い。怠惰の欠片の解析とサーバーから得た情報を閲覧した僕らには、もうアレの正体がわかっている。


「‥‥ナノマシン」


 そう。アレは、極微細サイズの機械が“病“というコンセプトの元に環境をコントロールして生まれた、人工的な感染災害なのだ。


 土に触れれば腐敗や寄生虫などの大繁殖を起こし、生物に触れればその状況に応じた()()()()()()()()()()()姿()()()()。恐らく防護服や――密閉型の装甲に触れれば、その材質に適応した黴や苔類で浸食し、繁殖しながら広がるのだろう。


 “病の蔓延“という現象を体現する、千変万化のナノマシン生成機。それが、“怠惰“の魔導器なのだ。


「‥‥自分は手を汚さず、ただ目的を果たす為のナノマシンをデザインして産み出す能力(skill)、ねェ。確かに見ようによっちゃ“怠惰“と呼べなくはないかもなァ」


 紫藤は苦笑い気味に(うそぶ)くが、直接的な戦闘力はともかく拡大を抑え込めない程にキャリアが増殖してしまうと手に負えなくなる。


 個の能力増強に特化したベルゼの“暴食“とは全く思想の異なる機関だ。同じ大罪系統(シリーズ)でも単独での対処は困難だろう。


 衰退者(ディケイド)を含めた“病の王“の軍勢が白兵戦の距離に接近する。


『重装兵、構え!!』


 ハクの号令一下、白鷹騎士団の中でも特に装甲の厚く大柄な部隊がタワーシールドを構える。


「堅き岩の壁よ!!」


 更に盾部隊の不足する穴はフリッツが土魔法で即席の壁を(こしら)えて戦線を補う。


 間髪を入れず獣と衰退者(ディケイド)達が雄叫びを挙げて鋼鉄と岩の壁に激突する。


 物量のもたらす凄まじい圧力を、ハクとフリッツの壁は辛くも支えきった。


 しかし、弓兵隊が次々と矢を浴びせても、刻一刻と増え続ける敵の数を減らすには全く至らない。増え続ける圧力に盾を組む隊伍が歪み、岩壁は徐々に削られ始める。


「撃て撃て、撃ちまくれ!! 手ェ休めてっとみんなまとめてあの世行きだぞオラぁ!!」


 紫藤もハクも、フリッツもエルフの長もドワーフ老も、みんな必死になって堪える。


 だが無情にも、じりじりと防衛線は押し込まれ、壁には補いきれない亀裂が入り始める。


 まだか――。


 その内心の焦りと祈りを何度繰り返した事だろう。


 遂に、その時は来た。


 突如角笛が吹き鳴らされる。一度‥‥二度‥‥三度。少し間を空けて、再び三度。


()()()()!!」


 紫藤の叫びに呼応して大地が大きく揺らぎ、耳障りな軋みを挙げる。かと思うと次の瞬間、落雷にも似た凄まじい轟音を立てて巨大な地割れが一気に眼下を覆い尽くした。


 それは丘陵地から北に広がった“病の王“の軍勢をほぼ丸ごと呑み込む巨大なクレバスだった。


 亀裂から覗く穴の底は、しかし予想に反して清浄な蒼い燐光に照らされ、衰退者(ディケイド)達から放たれていた瘴気を見る間に浄化していく。


 そう。それは地下水脈の跡を利用した、きぃの浄化水を満たした“病の王“の軍勢の為の死地だった。


 天然の地下空洞ときぃの水から作った氷壁は軍勢の退路を塞ぎ、その大半を閉じ込めた。


 そして、地下には不敵に嗤いながら彼等を待ち構える処刑人がその時を今や遅しと待ち詫びていた。


「‥‥ようこそ、招かれざる客人よ。此処からは我輩がお相手しようではないか」


 そう言って、執爺カイ・ベルンハルトは恭しく、しかし獰猛な光を目に宿して一礼した。


 さあ、僕らのターンを始めよう――!!

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