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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第4章 天馬白月国・“病の王“胎動編
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第86話 勝敗を測る単位

「うはっ、相変わらずクッソ早ェな。もう見えて来たぜ」


 機馬(マシンホース)の異常な馬力に牽引される事30分。現代文明の自動車が如何に優れた代物か痛感させられる道行きだった。


 速度自体は自動車より下手すれば速いが、箱馬車の構造が全くついて行けていない。ショックを殺す機構はないわベアリングがないんで車輪が今にも外れそうだわ。


 とは言え、何とかこの機馬(マシンホース)による超高速走行を二度も耐えたのだから賞賛すべきなのかもしれない。


 箱馬車の窓から覗く景色は、荒野から一転して緑溢れる丘陵地へ変わっている。此処からは古城に近づくに連れて緑と水が濃くなっていく。


 しかし、その景色の中には見慣れない物が混じっていた。


「‥‥何だありゃ‥‥村、か?」


 紫藤が驚いたのも無理はない。確かに以前戻った時にはこんな木造(もくぞう)藁葺(わらぶ)き屋根の建物なんかなかったはずだ。


「まさか、他の地方から難民が流れ込んでるのか?」


 確かに古城周辺の土地は他と比べて圧倒的に土そのものが豊かだ。古城内部程ではないがお零れに(あずか)るように畑を耕すだけで、余所の土地では得難い上質な作物が実るのである。


 その気持ちは痛いほど理解出来る。地獄の賦役キャラバンがそうだ。普通、この国で残された土地を幾ら耕そうが、作物はろくに育たない。彼らにすれば天国のような場所なのだ。


 特に、町に出荷するのに便利だからか、難民達の村は古城の北側、旧街道を中心に広がっていた。それは等しく白き月の遺跡(デア・パレス)方面からの病の王の進軍に曝される位置とも言える。


『‥‥克也。覚悟を決めておけよ』


 御者席からハクが言う。今ここで言うからには、恐らく僕個人の戦いについてではなく、この難民集落についての覚悟をしておけ、という事だろう。


 機馬(マシンホース)の牽く馬車は、けたたましい音を立てながら古城へと駆け抜けて行った。





「お帰りなさいませ、お嬢様」


「‥‥ただいま、カイ」


 出迎えたのは執爺のカイだ。馬車から僕の手を借りて降りたきぃを実に嬉しげに出迎える。


 しかしそう悠長にもしていられない。僕らは作戦室へ向かいながら、手短に状況を説明した。


「ふむ‥‥1000体規模のモンスターの群れでございますか。少しばかり準備が要りそうですな」


 やや考える素振りを見せながらも、流石と言うべきか。この執爺に気負う様子はなかった。


「少しばかり手が足りぬやもしれません‥‥あの駄犬がおればもう少し手間もかからなかったのでしょうが」


 そう言ってカイは眉根を僅かにしかめた。


「‥‥わんこ、まだ戻って、ないの?」


 きぃが尋ねると、カイが頷き返す。


「ええ、あやつの放埒さも困った物です。しばらく戻れないと申しておりました」


 しばらく戻れない‥‥と言う事は、僕らとは違って不在にする前に連絡だけはして行ったのだろうか。


 しかしそんな疑問を持ったのは生憎と僕だけだったようで、それ以上追求される事もなく作戦室へ到着した。






「まずは、勝利条件を決めましょう」


 作戦室で卓を中心に口火を切ったのは、久方ぶりに姿を見るフリッツだった。彼は懐から仔細に書き込まれた地図を広げると、先に僕らが町の倉庫でやったように自軍と敵軍の配置を木彫の駒で地図の上に配置していく。


「敵軍は“病の王“と呼ばれる存在に率いられたモンスターの軍勢、およそ1000体。白き月の遺跡(デア・パレス)の地下より、克也殿の持つ“怠惰の欠片“と呼ばれる古代遺物(レリック)を追って移動中です」


 言いながら、やや骨ばった長い指先で盤上の緋色の凸状の駒を白き月の遺跡(デア・パレス)から北西に移動させる。それは、ベルゼの示すAR座標とも一致していた。


「この古城への到達予想日時は2日後。また、この軍勢は複数回に(わた)る波状攻撃の第一波です」


 そこで言葉を切り、フリッツは視線を地図から僕らへ移した。


「最大の課題は、我々の防備が手薄である、という事です。この城も防壁も老朽化が激しく、また兵力も十分ではありません」


 城内の人員はほぼ農夫と下女のようなものですからね、とフリッツは苦笑する。


「しかし一方で、条件さえ整えれば、このクランは敵軍を撃破出来るだけの戦力を有しています。

 ‥‥ベルゼさん、先ほど伺った敵軍のモンスターの構成情報を教えてもらえますか」


『はい。サーバーから引き出せた情報によると、今回のモンスター侵攻を構成しているのは、スケルトン、ゾンビなどの低級アンデッドが約半数。他、白き月の遺跡(デア・パレス)を囲う大森林から灰色狼、巨木菟(オオミミズク)盾角鹿(シールドディア)などの動物が4割。最後に“病の王“の尖兵である衰退者(ディケイド)と呼ばれる不定形生物が1割となっています」


衰退者(ディケイド)? 不定形って、スライムみたいな物?」


 僕が思わず呟くと、ベルゼは『いいえ』と即座に反応する。


『不定形とは、ゲル状のものを指している訳ではなく、まさしく“どんな形かがわからない“という意味になります。

 今回の“病の王“の進軍は、基本的に“病の王“の放つ毒素によって病に感染した生物が中心になって引き起こされていますが、軽度であれば興奮作用と筋力の増強。重篤な症状に陥ると全身から高濃度の毒素と病原菌を含んだ体液を噴出して形態が変化します。

 ――言わば癌細胞が急激に身体構造を破壊しながら構築するようなモノですから、元の形状と変異次第で千差万別。どうなるか予測不能です』


 聞くだに怖気(おぞけ)のはしる話だ。流石に卓を囲う皆の表情がしかめられる。


「――ありがとう。とは言え、所詮森の獣とアンデッド。戦いで後れを取る事はないでしょう。ただ、数が多過ぎて一気に殲滅する事は難しい。手間取れば取りこぼしが起きて周囲に被害が出るのは避けられません」


 ですから、とフリッツは自軍の青い駒を手に取った。


「勝利条件の設定が必要なんです。具体的には、難民達の損害を是とするか、否とするかを」


 やはりそうなるか。


 僕は腕を組み、フリッツを見つめ返した。


「‥‥見捨てるのも後味が悪いからね。狙えるなら無傷で維持、ぐらいかな」


 クランの仲間でもなく、正規のお隣さんと言う訳でもない。厚遇して感謝される事はあっても税が納められる訳でもない。


 むしろ彼等は国法的には定められた土地以外に勝手に住み着いて開墾している違法難民なので、増えられると総督府から目を付けられる種になる。


 僕の態度からそれらを読み取ったのだろう。首肯したフリッツは駒を城から北へ移動させた。


「であれば、我々は彼等を巻き込まぬよう北進して敵軍を迎え撃つ形になります。その上で、敵軍を逃さぬよう戦線を維持し、これを撃退しなければなりません」


 つまり、どうやって頭数で劣る僕らが1000ものモンスター侵攻を受け止めて撃退するか、という盤面な訳だ。戦果(リザルト)は撃退数と、難民に出た被害の総計というゲームの。


「じゃあ考えようか、勝つ為の戦略を」


 僕はそう告げると、地図上の一点を示し、自軍の駒をその側へ移動させた。

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