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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第4章 天馬白月国・“病の王“胎動編
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第85話 古城へと

「急に呼び出されたかと思えば、早速共闘のお誘いだなんて。先輩も見かけに寄らず情熱的ですのね?」


「‥‥悪いが今はジョークに付き合ってる余裕がない。僕らは急ぎ城に戻る。加勢出来そうなら現地で会おう」


 数時間前に誘拐された家屋で会った時とは異なり、ローズマリーは騎士服の上にいつかの甲冑を着込んだ姿で門前に現れていた。


 どうもあの誘拐事件のやり取り以降、この女は気が付くと距離を詰めてペタペタと身体に触れてくる。今もからかうように絡んで来るのを、騎士手甲(ガントレット)で振り払わなければならなかった、


「あらつれない。なら次お会いするのは戦場で、という事ですわね――ただ」


 ローズマリーは不意に真顔になると、己の胸元に提げた記章を指先で小さく弾いた。


「私個人の協力は惜しみませんが、“団“として駆けつけられる訳ではありませんわ。それでも、まだ私を宛てにしてくださるのかしら?」


 いつもの試すような余裕のある表情かと思いきや、意外にも彼女は真摯にこちらの回答を待っているように見えた。


「取り巻きを宛てにしてた訳じゃない。頼りになる騎士殿が来てくれるならそれで十分さ」


 まあ、ローズマリーの事だ。自分の身の安全の為にも数人は共ぐらいつけるだろうし。もし本当に単独で参戦するようなら僕らと一緒に行動するように仕向ければ問題ないだろう。


 僕はローズマリーに背を向けると、紫藤やあやのんが続々と荷物を運び込む幌馬車に向かった。状況を確認しようとすると、見覚えのある男が行く手に立ち塞がった。


「‥‥ヒイラギさん」


 驚いた。現れたのはドミニクだった。横にはいつものように真偽官のアハトが付き従っている。


 ドミニクの表情は苦々しく歪められ、肌寒い屋外だと言うのに額は汗で濡れている。最初に会った時の面の皮の厚さが嘘みたいだ。


「‥‥まずは、セノミヤさんの無事をお喜びします‥‥本当に良かった」


「それは、どうも」


 あの誘拐事件での立ち位置(スタンス)の食い違いがわかって以来、僕はドミニクにどう思われようが気にならなくなっていた。そのせいか、態度がどうしても前と比べて冷淡になっている気がする。


 いや――はっきり言ってしまえば、僕は未だに許せないないのだ。この男がきぃの捜索と救出を邪魔しようとした事を。


「先程、ハクさんから聞いて驚きました。町を去られるとか」


「ええ。此処にいると町に危険が及びますからね。僕ら自身も確実に生き残る為には拠点に戻った方が楽なので」


 僕がそう告げると、ドミニクは理解し難い物を聞いた、と言うように眉根をしかめ、アハトを振り返った。しかし、アハトが(かぶり)を振るのを見ると益々困惑が深まったようだ。


「‥‥一体、何をしようとしているんです。庁が発足し、教会や総督府とも協調が得られて、何もかもこれからだと言うのに‥‥」


 一瞬、何を言ってるのか理解が追い付かなかった。


『‥‥操縦者(マスター)、ドミニクは古代遺物(レリック)の事も“病の王“の事も知りません。この国の病をただの自然現象だと思ってます』


 ベルゼに囁かれて、納得した。把握している情報が隔絶しているのか。しかし一々説明している時間もない。


「それは、私から説明するわ」


 そんな風に悩んでいると、周囲を遠巻きに囲む人垣から見慣れた華奢な人影が抜け出して近付いて来るのが見えた。


魔女(ルイーゼ)さん‥‥」


「ええ。来ちゃった♪」


 茶目っ気たっぷりに微笑む老魔女の笑みは、実に爛漫で蠱惑的(コケティッシュ)だった。魔女やべえ。後30‥‥20も若かったら破壊力も桁違いだったに違いない。


 ルイーゼさんは僕らの前まで進み出ると、静かにドミニク達に向き直った。暫く遅れて、人垣に空いた穴からリディも飛び出してくる。


「‥‥あっ」


「‥‥?」


 リディはルイーゼさんの傍らに控えると、不意に驚いた声を挙げた。その声にフードを目深に被ったアハトが怪訝そうに首を傾げる。


 しかしそれも束の間。ルイーゼさんがドミニクと向き合う事で二人に視線が集まる。


「ルイーゼさん‥‥貴女は、ご存知なんですか。彼等のクランが何をしようとしているのか」


「まあ、全部じゃないけれどね。彼等がこの国の病を癒やす為に動こうとしているのは間違いない‥‥と、それだけは保証しますよ」


 そう言ってたおやかに微笑む老女に、ドミニクの不審に燃え盛っていた疑心の火勢が明らかに萎んだように見えた。


 そして、リディの事もあって彼女自身困惑せざるを得ない状況だろうに。言い切ってくれるルイーゼさんの信頼が、無性に温かかく、嬉しかった。


 ドミニクはまだ理解し難いという迷いを残してはいたが、瞑目一つ。それで辛うじて庁の長としての威厳を取り戻した。


「‥‥聞きたい事も言いたい事も山程あります。ですが、今貴方達にはやらなければならない事があるんでしょう」


 一歩、ドミニクは足を踏み出し、目に力を込めて僕を見据えた。


「ならばやり遂げて、必ず戻りなさい。仕事を中途半端に投げ出すなど、あってはなりません」


 そう言い置いて、彼は(きびす)を返して人垣の向こうへ立ち去って行った。


 彼に付き従っていたアハトもまたそれに続こうとして――


「あ、あの‥‥」


「‥‥何か」


 アハトを呼び止めたのは、ルイーゼさんの弟子のリディだった。言葉の続きを無表情に待つアハトに、リディは何かを言いたそうに、しかしなかなか言い出せずにいる。


「‥‥用がないなら、私は行きます」


「ね、ねえ! もしかしてアンタ! アンタ、あたいに見覚えない!?」


 突然割り込んで来たのは、小猿のようにすばしっこい藤色の少女、ヒルダだ。


 ――藤色。そうだ、ヒルダに継承者(オーバーライダー)の話を聞いた時に何処か別の場所でも同じ色を見たと思った。


 真偽官アハト。彼女もまた、藤色の髪と目をしているのだ。


 アハトは、ヒルダをじっと見つめると、不意に視線を外した。そこには何の動揺や緊張も見て取れない。


「知らない」


「嘘だよ! だってあたい、施設でアンタの事見た事あるもん!」


 この場を立ち去ろうとするアハトにヒルダが追い(すが)る。ローブの裾を掴むヒルダの乱暴さに、アハトが初めて苛立った表情を浮かべる。


 一方で、リディは目に見えて狼狽している。特に怯えているのは、ヒルダにだろうか。


(一体、何がどうなってるんだ?)


 困惑する僕の前に、更に馬車から人影が駆け寄って来る。白銀の髪に真っ白な毛皮のコート、きぃだ。


 きぃは僕ではなくリディに駆け寄ると、息を弾ませながら彼女の手を取った。


「しばらく、来れなくなる、から。首輪、外すね」


 言うが早いか、浄化の湯水を操ってリディの首元を覆ってしまう。いきなりの事にリディは驚いて抵抗しようとするが、きぃは問答無用で浄化を進めてしまう。


 その瞬間。何かが割れるような音を立て、リディの首から革の首輪が抜け落ちた。


 だが変化はそれだけに留まらなかった。


「‥‥継承者(オーバーライダー)‥‥」


「えっ!? こっちも!?」


 きぃの湯水による浄化が終わった時、リディの髪と瞳は目立たないライトブラウンから鮮やかな藤色へと姿を変えていた。


 しかし、皆が自分の髪と目に注目しているとわかるや否や、リディは人目を避けるように人垣の外へ駆け出してしまった。


 咄嗟に追いかけようとするきぃを、ルイーゼさんが慌てて抱き留める。


「‥‥リディ、泣いてた」


「わかってます。でも、貴方達にはやるべき事があるでしょう? あの子の事は師である私が責任を持ちます。だから、順番を間違えないで」


 確かに、その通りだ。


 彼女が何故継承者(オーバーライダー)である事を隠していたのか。そもそも何故誘拐事件でヨナスに脅される事になったのか。


 彼女と真偽官アハトの関係は、ただ継承者(オーバーライダー)同士であるといだけの物なのか。


 気になる事は山程あるが、僕らのやるべき事は変わらない。


「きぃ、リディ。事はルイーゼさんにお願いしよう。ヒルダも今はここまでにしてくれ」


「‥‥うん。わかっ、た」


「ぐっ‥‥わかったよ」


 後ろ髪を引かれるきぃとヒルダを箱馬車に押し込み、僕らは振り切るように岐路の町を旅立った。


 機馬(マシンホース)を駆り、進路は南、懐かしき古城へと。


 “病の王“進軍の第一波が、刻一刻と迫っていた。

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