第82話 円卓の中心でI(アイ)を叫ぶ
まあ、アレだよ。最後に変なオチはついたけど、招かれざる闖入者はお引き取り願えたし。その興味の矛先も無事怠惰の欠片から引き剥がせた。
あまつさえ来る“病の王“とのボス戦に対して援軍の協力も取り付けられた訳だ。これを成功と呼ばずして何と呼ぶと言うのか。
だと言うのに‥‥おかしい。
並び立てた戦果は決して易いものじゃないはずなのに皆の僕を見る目が冷たい。
閑話休題。
僕らはヨナスをドミニク配下の警邏隊に引き渡すと、早々に拠点である倉庫に戻っていた。
疲れているだろうが、当事者なのでリディと、その保護者である魔女のルイーゼさんにも同道をお願いしている。
やらなきゃいけないのは僕らの今後の方針決めと、その為に“怠惰の欠片“から得られた情報の共有という事になる。
「まず、最初にコレの事を説明しておきたい」
僕は皆に見えるように怠惰の欠片を円卓の中央に置いた。
「これは、結論から言うと古代遺物の一種で、“怠惰“の魔導器の欠片だった」
あれ、反応が薄いな‥‥?
かなり重要な情報を話したつもりなんだけど。
『操縦者、過去の発言履歴を検索してみましたが‥‥本機に意思があるという説明はされてますが、“暴食“の古代遺物持ちであるという説明や、あの女が“強欲“持ちと推測される説明は行われていないかと‥‥』
ベルゼの囁きに冷や汗が流れる。そう言えばいつもベルゼと話してたから、皆にも説明した気になってたかも。
僕の焦りに、ベルゼが声にならない嘆息のような物を返すのを感じる。
『ええと、本機から補足致します。操縦者の仰られた古代遺物と言うのは、古代遺跡から発掘される稀少な能力内蔵型の装備品を指す総称です』
ベルゼは一度言葉を切る。この説明には皆理解が及んだようで明らかに注がれる視線に熱が籠もる。
『本人の資質に依らず能力を拡張出来るという特性上、地域・国・人種を問わず誰もが一度は手にしたいと願う一方、出土される量はごく僅か。手にするどころか実物を目にするだけでも激レアという代物です』
例えば、とベルゼは呟いた。
『装備時に敏捷性を1割ほど上昇させる靴や、軽微な毒を無力化するネックレスといった物でも、金貨10枚程度の値がつく程です』
金貨10枚というのは、僕らの古城の月々の家賃に等しい。鍵屋相場で日本円換算するなら300万円ぐらいになる。
それそのものは、今の僕らに取って手が届かない額じゃない。
だけど重要なのは、その金額に付与される能力が見合わないぐらい貧相だって事だ。
では、付与される能力も稀少で強力な組み合わせの物だったら?
『――そういった物の一つが、七つの大罪の名を冠した古代遺物、大罪系統です。この“怠惰“も、その一角という事になります』
ようやく、事の重大さが伝わったらしい。円卓にはいつしか熱気だけでなく言葉を発するのが躊躇われるような緊張感が満ちていた。
「‥‥じゃあ、このちっぽけな破片が、とんでもねェ金額になるって事か‥‥」
唸るように呟いたのは紫藤だった。
しかし、気のせいだろうか。みんな古代遺物や“大罪系統“という 稀少性よりも、金額に注目してしまっている気がする。
そして僕のそんな懸念は、次の台詞で見事に裏付けられた。
「つまり、これを売ればあの城も十分買い取れるって事デスね」
身も蓋もないあやのんの台詞に場が凍りつく。
『えー‥‥いや、あの‥‥天文学的な金額になるので、そうそう買い取ってもらえる代物でもないかと。むしろ、所有情報が出回る事で奪いに来る連中が後を絶たなくなるおそれもあります』
ベルゼは出来るだけ感情的にならないように冷静に切り返しているようだったが、騎士手甲から流れ出る声には引き攣ったような堅さが色濃く滲んでいる。
しかし、売るか‥‥考えてもみなかったな。
売って古城が手に入るなら、それはそれでアリなんだろうか。
そう考えて、そうはいかないと頭を振る。
脳裏を過ぎったのは、異端審問騎士団や獅子太陽国の使者達。それに初めて戦う事になった外敵、紫紺騎士団達の事だった。
今後敵対する勢力が、ベルゼやローズマリーに匹敵する凶悪な能力で襲ってくる事を考えれば、出来れば確保。せめて破壊なりして憂いをなくしておきたいと考えてしまうのが人情だろう。
この気持ちは、実際ベルゼと出会う事で戦えるようになった僕だからこそ、感じる物なのかもしれない。
何故なら――僕は、僕自身の強さを信じてないから。
僕が戦えている理由の大部分は、ベルゼが一緒に戦ってくれているから、という一点に集約されている。
そして、そういった形で強さを手にした事を、ずっと何処かで後ろめたく思っていたんじゃないだろうか。
(――いい機会なのかもしれない)
僕とベルゼの事を、みんなに説明するのに。
「あのさ――」
僕は唇を舐め、掠れた声でそう切り出した。
「――で、つまりアレか。ただでさえ専用機持ちってだけでも羨まけしからねェのに、あまつさえ激レア能力搭載マシンでパイロットと一緒に成長する主人公機だったってかァ?」
行儀悪く組んだ脚を円卓に放り出しながら、紫藤は呟いた。
「いや、大体想像ついてたけどな」
「え?」
思わぬ反応に僕が顔を上げると、ニヤニヤと楽しげに笑う紫藤と目が合った。
「気が付く度に変な装備やらバージョンアップやら色々してるしな。フツーねェだろ」
いや、まあそうだよね‥‥。ベルゼが何でも作ってくれるもんだからすっかり馴染んでたよ。
「ま、いンじゃね? ロボットモノだってパイロットの強さは載ってる機体の強さ込みのモンだろ」
紫藤の肩を竦める仕草に、場の空気が緩む。
僕の心配は杞憂だった、という事になるのだろう。
「それはそれでいいデスけど、その“暴食“のマスターだって事とさっきの“怠惰“の古代遺物の話って何か関係します?」
これに対し、やや興味が薄そうな気怠げな様子で首を傾げたのはあやのんだ。
彼女はきぃが戻って以来片時も側を離れようとしない。今もこちらの話より、隣に座るきぃの髪をブラシで梳く方に意識も身体も傾けている。きぃも疲れと心地よさで半分夢現だ。
『‥‥関係は、大ありです。あれが本機の“暴食“と同質のものならば、放置するのは余りに危険過ぎる。特に、既に幾つかの大罪系統を確保していると思しき異端審問騎士団にこれ以上戦力の増加を許すのは致命的です』
「ホントにそれだけデス? アナタが強くなる為に都合のいいようにアタシ達をこき使おうとしてないとは言い切れませんよネ」
『‥‥』
淡々と呟かれた言葉が冷たくベルゼを打つ。
『否定は、しません。本機も操縦者もまだ弱く、未完成です。確実に強くなるチャンスがあるなら、本機は強くなる事を望みます』
「開き直りましたネー‥‥」
「ベルゼは、そういう、子‥‥」
呆れた目を向けるあやのんと、うっすら微睡みながら半目で見つめてくるきぃ。どちらからも、軽いと言いきれない隔意を感じる。
あやのんと僕個人はそこまで親しい訳じゃないからまだいい。だが、きぃに冷淡な態度を取られるのは思った以上に胸が痛む。
円卓の間に落ちた沈黙を破ったのは、ずっと壁際で様子を見ていたハクだった。
『その辺りで良かろう。そこの粗忽者の強化に使うにせよ、売って古城を持ち家にするにせよ、まず“病の王“とやらを打倒し“怠惰“の古代遺物を手に入れなければ始まらん』
「旦那の言う通りだろ。ボスを倒してお宝をゲットする。ここまでは誰も文句ねェよな?」
ハクの言葉に乗った紫藤がそう言って卓を見回すが、異論を唱える者はなかった。
「なら決まりだ。揉めンのはお宝が手に入ってからって事だな! 柊! 決まったからにゃ善は急げだ。ベルゼの言ってたボスへの通信、やっちまおうぜ」
確かに、元々の目的は“病の王“との通信について相談する事だった‥‥何だか随分寄り道してしまったけど。
「じゃあ、ベルゼ。頼む」
『‥‥了解です。では、“病の王“への通信を開始します』
待つ事しばし。
先ほどまでの発言を躊躇う沈黙ではなく、皆が固唾をのんで見守る静寂。
やがて――。
『‥‥ッ、操縦者! 罠です!!』
ベルゼがノイズ混じりに叫ぶのと同時。
大地が脈打ち、世界が跳ねた。




