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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第4章 天馬白月国・“病の王“胎動編
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第79話 怠惰の欠片争奪戦1

 ローズマリーは笑みを浮かべたまま、手にした欠片をゆっくりと指で弄ぶ。


「そう言えば聞いてませんでしたけど、ヨナスさんはこれで何を研究していらっしゃったのかしら?」


(――何だ、この反応。もしかしてコイツ、これが“怠惰“の欠片だとわかってないのか?)


 じゃあ何でこんな真似を、と考えて思い付いてしまった。多分「僕の反応を見て面白そうだと思った」ぐらいの感覚なんじゃないだろうか。


 何とも傍迷惑な奴だけど、それならそれで取り返せるかもしれない。要はこちらの興味がそこにある事を悟らせなければいい訳だ‥‥出来るだろうか。自分で思いついて何だけど、難度が高いな。


 そんな事を考えている間にもローズマリーによる誘拐犯――ヨナスへの尋問は続いていく。


「病の研究ですの? それなら浄化復興庁の十八番(おはこ)じゃありませんの。ヨナスさんもそのお仲間でしたのね」


「ぐ‥‥いや、私はその‥‥庁の選抜期限が短かったので‥‥」


 単純に受からなかっただけだろう。どうもヨナスはあのマッド研究者達よりランクが落ちる人物らしい。


 その点ではあの爺さんな方が誘拐を実行に移さないだけマシだった訳だ。疑って悪い事をした。


 ローズマリーもヨナスの言い訳がましい口上の裏は見抜けたのだろう。目尻と口元に酷薄な弧を描いて冷たく嗤う。


 ただ、それは瞬きの間に見事な営業用のスマイルで塗り替えられた。


「まあ! それではヨナスさんは庁が提供する環境や資材に頼らずに独自の研究を続けていらっしゃったんですのね? 素晴らしいですわ!」


「え? あ‥‥あー‥‥まあ。そう、ですな」


 突然手のひらを返したように賞賛された状況についていけず、中年男は目を白黒させる。


 ローズマリーは畳み掛けるように距離を詰めると、縛られた両手を解いて優しく手のひらで撫でさすり始めた。勝手な行動に紫藤が気色ばむのを笑み一つでピタリと制止させる。


「きっと今度のような強硬手段に出たのも、やむにやまれぬ事情があったのではございません? 幾らヨナスさんが優秀な学者様であっても、検証の機会がなくては研究も進みませんものね」


 そう言いながら縄の跡がついた中年男の骨ばった手を胸の前で包み込むように引き寄せる。余りに大胆な行動にヨナスの目が見開かれるが、ローズマリーの瞳に至近距離から見つめられ、徐々に酩酊したかのようにだらしなく弛緩していく。


「‥‥悪、女」


『‥‥‥‥フン』


 いつの間にか傍に近づいていたきぃが、思わずといった感じで呟く。別にヨナスが羨ましかったりしないんでつま先を踏むのはやめてほしい。痛くはないけどベルゼの不満げな声が耳に痛い。


 そうこうする間にもローズマリーのヨナス籠絡は目覚まし勢いで進んでいる。


 さりげなく、時に大胆に距離を詰めてのボディタッチ。しかし決して下品にならないギリギリのラインで中年男を翻弄する。


 まるで不意に一口含んでしまい、杯を傾ける手が止まらなくなる美酒のように。


 そしていよいよ、ローズマリーの褒め殺し(なだ)(すか)しは徐々に本題へと侵食していく。


「それで、ヨナスさんはこの道具を使って研究を進めていらっしゃったんですの?」


「その通り。扱いが難しい魔導具ですが、病がどのように生まれ、広がるのか。観察するには欠かせぬ代物ですな」


 最早自分の置かれた立場を忘れたように得意気な様子でヨナスが胸を張ると、ローズマリーも「まあ!」とすかさず追従する。承認欲求が満たされる会話はさぞかし気分がいい事だろう。


「そんな貴重な魔導具をよく手に入れられましたわね。病理研究の分野に私は明るくありませんが、魔導具を探す伝手(つて)があるのは羨ましいですわ」


 暗に「どうやって手に入れたんだ」って確認だよな、これ。まあその経緯は僕も気になるので大人しく成り行きを見守る事にする。


 しかし、ここまで割と上機嫌に語り続けていたヨナスの表情に、やや苦い物が混ざる。


 ローズマリーはあの手この手で聞き出そうと躍起になるが、ヨナスの舌の回転は見る間に鈍くなっていく。


 仕舞いには助けを求めるようにおろおろとリディを見つめる始末だった。


「‥‥そちらのお嬢さんがどうかされまして? ‥‥ああ、もしかしてあの方から借りていらっしゃったの?」


 リディとヨナスが頷くと、ローズマリーは「なぁんだ」と朗らかにヨナスの不安を笑い飛ばした。


「それならそれと仰ってくだされば良かったのに。誰が持ち主であろうとヨナスさんの研究の価値が落ちる訳ではございませんわ」


 ヨナスはホッとしたように気の緩んだ笑みを浮かべているが、僕はローズマリーの目がリディを捉えたのを見逃さなかった。明らかにターゲットがリディに切り替わった瞬間だった。


「リディさん‥‥でしたわよね。随分お若いようですけれど‥‥ヨナスさんと共同研究をする代わりにこの魔導具を貸し出された、という事なのかしら」


「いえ‥‥あの、私は」


 笑みの裏で言い知れない圧を放つローズマリーに、きぃと余り背格好の変わらないリディは明らかに萎縮していた。


 それを汲みしやすしと取ったのか、ローズマリーが笑みを深めながら更に一歩踏み出してくる。その目が嗜虐の色を帯びて細められた。


「それとも‥‥その首輪の通り貴女はヨナスさんの奴隷という事なのかしら?」


「えっ‥‥!? い、あ‥‥ぐっ‥‥うぅ」


 突然冷たくなった声のトーンにリディは見ていて哀れなぐらい狼狽する。首に巻かれた分厚い革製の首輪をしきりに触りながら何か言おうとするが、言葉にならないのか焦りが募るばかりであるようだ。


「あら、反論がないという事はそうなのね? なら、この魔導具の所有権は()()()()()()()()()()()()()()()()()、という事で間違いないですわね?」


 ローズマリーは駄目押しに詰め寄って反論出来ずに苦しむリディの涙の浮いた目を至近距離で覗き込む。


(ダメだ。これ以上は見てられない)


 僕がそう結論づけてローズマリーとリディの前に進み出ようとしたその時だった。


「ローズマリー。それ以上、リディいじめちゃ、ダメ」


 ずっと僕の右手にぶら下がるようにしがみついていたきぃが、いつの間にか小さな体でローズマリーの前に立ちはだかっていた。

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