第78話 救出劇始末
お久しぶりです。
少しずつ再開していきます。
◆柊克也◆
ヒルダの案内で一軒のアパートに辿り着いた僕達は、タイミングを合わせて屋根ごと天井をブチ抜いた。
そして突入した室内には、後ろからきぃの両肩を掴む、忌々しいローズマリーのニタついた笑みがあった。
「何がおかしい」
「いいえぇ? 少し柊先輩と私の間に誤解があるようでしたので」
誤解? 事此処に至って誤解も何もないだろう。
殺気立って盾蟹の爪鋏を構える僕に、きぃが必死に制止を呼び掛ける。
「かっくん! 待って!」
「待つ? 何言ってるんだ、すぐ助けてやるからな」
僕の返答に、きぃの表情が益々焦ったものになる。大きく頭を振りながら、何度も「違う」と繰り返した。
「ちょっとちょっと! おにーさん誰に喧嘩売ってるのさ? 相手が違うってば!」
きぃに被せたのはきぃとはほぼ初対面のはずのヒルダだ。予想と違う成り行きに僕が戸惑っていると、更にそこに同意する声が重ねられる。
「あの、皆さんの言う通りです。カツヤさんも信じられないとは思うんですけど‥‥そちらの方は誘拐の件とは無関係‥‥と言うか、むしろ助けてもらったと言うか」
それは魔女さんの弟子、リディだった。彼女は痛々しく腫れた頬をさすりながら、視線を部屋の隅へと向ける。
視線の先を辿ると、痩せぎすな中年男が怯えた様子でこちらを伺っているのが見えた。
一方、きぃやリディの男を見る目が険しい。ローズマリーに至っては興味もない様子で一瞥すらしない有り様だった。
「な、何だ。私に何か言いたい事があるのか!」
「アンタが2人を攫ったのか」
「違っ‥‥「「そう」」‥‥ぐぬっ‥‥」
何か言いかけた中年男は、リディときぃの肯定の声に出鼻を挫かれて歯噛みをする。
ローズマリーの様子は気になる。が、まずはこの落とし前をつけなければならない。
僕は男の前に歩み寄ると、逃げ出そうとしたその襟首を左手でねじり上げた。たたらを踏んで体勢を崩すのを、更に押し込んで壁に押し付ける。
「ぐあっ‥‥や、やめろ。乱暴するな!」
「黙れ」
盾蟹の爪鋏を鋏状に開き、男の首を挟み込む形で挟み込んだ。見苦しく暴れていた男は、首筋に当たる巨大な刃物の存在に気圧されたのか急に大人しくなる。
男が静かになったのを見計らって、僕は口を開いた。いつの間にか怒りで茹で上がった頭は冷えきり、口から出た言葉も自分で驚くぐらい低く押し殺されて無感動だった。
「いいか。今ここでお前の首を切り落とすのは簡単だ。やらないのは単に、その方が周りの連中への見せしめになるからってだけだ」
もう金輪際こんなふざけた真似は許さない。誰だろうと、きぃに手を出す気にならなくさせてやる必要がある。
軽く挟んで皮膚が切れるのがわかったのか、男は、首から上だけ小刻みに動かして頷いて見せる。
まったく、どう見ても誘拐なんてやりそうな柄には見えない小悪党なのにな。
僕が盾蟹の爪鋏を下ろすと、控えていた紫藤が素早く駆け寄り、男に縄を打った。
敵対者の無力化に、僅かに室内の空気が弛緩する。その中で進み出たのは、ローズマリーだった。
「さて、一件落着という事ですわね。では私にも働きに応じた報酬を払って頂けます?」
「報酬って‥‥」
呆れた顔をする僕に、ローズマリーは意味深な笑みを向ける。
「確かに依頼があった訳ではありませんけれど。でも瀬埜宮先輩をそこの悪漢から助けたのは間違いのない事実ですわ‥‥ねぇ?」
ローズマリーの視線の先にいたのはリディだったが、彼女は僕らの様子に気付くと慌ててコクコクと頷いて見せた。
隣にいるきぃも、不承不承といった感じではあるが同じように首肯する。
しょうがない。遺恨がない訳じゃないが、助けてもらったのが事実なのであれば何の礼もなしというのはフェアじゃない。
「わかった。きぃを助けてくれてありがとう。感謝するよ‥‥タイミングが合わなきゃ、もっと酷い事になってたかもしれない」
「ホントに偶然なのでお気になさらず。それで? 私の働きにはいかほどの値段がつくのかしら?」
そう問われて、僕は言葉に窮した。
(こういう場合の相場がわかんないんだよなぁ‥‥)
交渉にはかなり不利な状態で、僕らは腹の探り合いを始めるのだった。
「ま、こんな物ですかしらね」
それからのローズマリーとの交渉は熾烈を窮めた。結局彼女は金貨1枚に銀貨50枚と誘拐犯の男の身柄、それにきぃの浄化を何度か無料で受けられる回数券を渡す事を約束させられた。
まあ、最初は無制限でいつでも無料で浄化を受けさせられるとかって要求だったから、マシにはなってるんだけど。
それでも金貨銀貨合わせて45万円相当の金額を払い、彼女が政治的な手柄として使うだろう誘拐犯の身柄まで巻き上げられてるんだから苦笑いするしかない。
だが、それでもきぃは戻って来た。それが何よりだ。
そう――思ってたんだけれども。
「そ、それには触れるな!! 貴様その価値がわかっているのか!? 金貨の数枚では済まんのだぞ!」
「はァ? このガラクタがかよ」
突然縛られた男が喚きだしたかと思うと、芋虫のようにテーブルの上を物色していた紫藤の足元ににじり寄って来たのだった。
紫藤はと言えば、何か陶器の欠片のようなものを摘まんだ姿勢のまま、男の剣幕にたじろいでいるように見える。
しかし、確かに紫藤が訝しがるのもわかる。見るからに何かの破片であるようだし、芸術的な価値があるようにも見えない。
相手が誘拐犯とは言え窃盗するつもりはなかったので、放置してやってもいいか、と思ったその時だった。
『操縦者、微弱ですが反応があります。
あの破片、古代遺物‥‥恐らく、“怠惰“の破片かと』
(何だって!?)
咄嗟に駆け寄ろうとした僕の目の前で、ローズマリーが破片をつまみ上げる。
彼女はしげしげと破片を見つめると、口角を上げてニヤリと笑みを浮かべた。




