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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第4章 天馬白月国・“病の王“胎動編
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第75話 藤色の継承者2

「“継承者(オーバーライダー)“?」


 告げられた内容をオウム返しに口にした僕に、ヒルダは首肯する。


「教会の連中はそう呼んでるよ。あたいらみたいな孤児を沢山集めて、儀式と実験で能力(skill)を移植するんだ」


 能力(skill)を移植? そんな事可能なんだろうか。使い捨てのスキルカードなら見た事もあるが、付け替えたり取り外したりがそう簡単に出来るとは思えないが。


 僕の疑念に、ヒルダは忌々しそうに表情を歪めた。


「‥‥‥言うほどカンタンじゃないよ。10人やって1人うまくいけば大成功。失敗したら‥‥‥」


 そう言って、握った両手をパッと開いて見せる。“爆発“か、“粉々“か‥‥‥どちらにしても人間の辿る末路としては考えたくない代物だ。


「そうやってうまく能力(skill)が移植出来ても、ずっと教会で飼い殺し。人に言えないような仕事を延々やらされるんだ」


 だから、とヒルダは真剣な表情で僕を見つめる。前に見た猜疑に凝り固まった餓鬼のような顔でも、先程の皮肉げな顔でもない。


「助けて欲しい、ね」


 僕は少し考えた後、隣で腕を組みながらヒルダを見つめている紫藤に視線を移した。


 紫藤はやや訝しげな顔をしたものの、僕の意図する所に気付いたのだろう。僕の顔と、次いで自分の胸を指先で示して見せる。


(自分の胸に聞いてみろ‥‥‥って事かな)


 なら、答えは1つしかない。


「僕らのクランに入るなら、守るべき信条はたった1つ。“きぃの為に行動する事“。これが守れないなら、クランには入れられない」


「きぃって、あのあたいを助けてくれた銀髪の子だよね‥‥‥()()()()()()()()


 僕の答えに、ヒルダは猜疑めいた上目遣いでキョトキョトとこちらの顔色を窺って来る。彼女の境遇がそうせざるを得なくさせたとは言え、見ていて愉快な物ではない。


 それに、質問そのものも不愉快だ。彼女は幾つかの意味を含ませて問を投げかけている。中に下卑た色合いが混ざってるのは、ヒルダの薄ら笑いからすぐに察せられた。


 だから、僕はこう答える。


「凄いから助けるんじゃない。大切だから助けるんだ。例え理解出来なかったとしても、僕らのこの気持ちを尊重出来ない奴とは、一緒には戦えない」


 お前は僕らの御旗に泥を擦ろうとしてるも同然だ、と。


 別に鍵屋(ウチ)に限った話じゃない。一定の礼儀として相手を尊重する姿勢は必要という、言ってみればただそれだけの話。


 そしてドミニク達が軽視して、僕が怒り狂った原因もそれに尽きる。


 短期的に一緒に何かを行う事は出来ても、彼らが僕らの大切な物を勝手に別の何かに量り売りする限り、完全な同調は有り得ない。いつか破綻を来す。


 ヒルダはそんな僕の言動が予想外だったのか、大きくうろたえる様子を見せていた。視線が足元や天井、キョトキョトと定まらない。


 気持ちが定まらないのは理解できなくはないが、僕らの方は悠長にもしていられない。


 言うべきは言った。この先僕らと歩みを共にするかどうか、答える手番はヒルダに移っている。


「ま、待って! きぃって人の居場所がわかんなくてもいいの!?」


 それしか手札がないのか。案外切羽詰まってるんだな。


 元々無策でも散開して捜そうとしてたんだ。無理に変なお荷物――どころか疫病神になりかねない――を背負い込んでまで情報に拘ろうとは思えなかった。


「終わりかな? それ以上話がないようなら僕らも忙しい。きぃを最後に見た場所と連れ去ったって連中の情報だけ教えてくれ」


 僕が席を立って話を切り上げにかかると、ヒルダの満面に焦燥が色濃く浮き上がった。


「待ってってば! ‥‥‥わかったよ。あんたらの大切な人をバカにしたのは謝るよ‥‥‥でも、あたいも、そのきぃって人の事も詳しく知らないまま決めるわけにはいかないよ‥‥‥」


 口惜しげに顔を歪めるヒルダ。


 まあ、きぃや僕らをよく知らずに交渉に飛び出して来たならそんなもんか。と言うより考えの足りなさと行き当たりばったりさが底まで見通せて若干心苦しいぐらいだ。


「なら、ついて来て見極めるか? 判断がついたら言ってくれればいい。まあ、その前に僕らが自分で見つけてしまったらクラン加入の話は御破算になるけど」


「‥‥‥その場合は、助けてくれないの?」


 僕は肩を竦めた。


「“助ける“って範疇によるね。別に他の地方から抜け出してきた人みたいに城の周辺に住み着くぐらいなら構わないよ」


「教会と、継承者(オーバーライダー)の研究所と戦って仲間を助け出してくれたりは‥‥‥」


「それは同じクランの仲間か、相応の対価がないと協力出来ない」


「‥‥‥じゃあ、連れ戻しに来た教会の連中を追い返したりとか」


 ふむ、と僕は即答出来ずに考え込んだ。そういうケースもあるか。


「教会の人が来る場合だけど、君達の扱いってどうなってるんだ? 保護された施設からの脱走とか、言い方が悪くてすまないけど‥‥‥奴隷の脱走とかに当たる?」


 僕の問いにヒルダの言葉も詰まる。図星か。


 奴隷はこの世界でも“資産“として正式に扱われるだろうから、そうなると面倒だ。匿うと僕らが財産を略奪したと難癖つけて法で裁きにかけられてしまう。


 信条や勝手に押し付けられたルールに抗うのはいいが、特に揉めるつもりのない奴隷制度絡みで難癖をつけられるのは勝ち目が薄いしやりたくない。


「奴隷ってよく知らないんだけど、何か証明する刻印みたいな物をつけられたりするの?」


「‥‥‥うん。教会が管理してる正式な証文と、対になる奴隷用の刻印があるよ」


 それが所有奴隷の証であり、ひょっとすると魔術的なビーコンと言うか所在を知らせたり、命令を強制する受け口(ポート)になってるんじゃないだろうか。


 と言う事はそれが活きてる限り、話をしてる今も面倒事を抱えているようなものでは――と冷や汗が浮かびかけた所で、ふと「待てよ」と疑念を呼び掛ける声が胸に浮かび上がった。


 命令の強制力が効果を発揮したままなら、地下室できぃが治癒をかけた時に捕らえられない訳がない。何せ、聞こえてきた声を信じるなら術の使用まで禁じられていたのだ。


 とすれば――。


「なあ、ヒルダ。その奴隷の刻印って、()()()()()()()()()


 僕の改めて投げかけられた問いに、ヒルダは眉をしかめると身にまとっていた薄汚いぼろ布の襟首をひっつかんでもろ脱ぎになった。


「見りゃわかるでしょ! 刻印ってのは呪いみたいなモンなんだ。落書きじゃあるまいしそうそう消えたりするワケないじゃ――」


「消えてるね。跡形もなく」


 予想通りだ。


 呆気に取られたヒルダの服をあやのんが整えて変に肌が露出し過ぎないようにしながら、持っていたコンパクトで彼女にも見えるように右肩を映し出す。


 そこには何も残っていなかった。


 醜い傷跡も、何かが消えたような痕跡も。ただ他の腕や首筋と同じように土埃と垢でやや斑に汚れているだけだ。


「‥‥‥嘘、何で‥‥‥いつの間に?」


「ヒルダには、きぃが前に治癒の能力(skill)を手加減なしで使っただろ。あの時きぃは、()()()()()()()()()()()()()()()


 きぃがこの奴隷の刻印の事までわかってたかどうかはともかく、一々解呪する物としない物を区別せずに、かかっていた呪詛や制約まで根刮(ねこそ)ぎ治してしまったのだろう。


 さすが、僕らのきぃだ。


「なら、教会の連中が来ても問題ないね。最低限君の身は保証出来るよ」


「じゃあ‥‥‥もし仲間が見つかったら、きぃって人に頼めば‥‥‥」


 僕は頷いた。


「君と同じように解放される。まあ、その為にもきぃを取り戻さなきゃいけないけどね」


 その答えにしばらく悩んだ後、ヒルダは大きく吐いてうなだれた。


「‥‥‥信じるよ。きぃって人の捕まってる場所を教える。だから、クランに入るかどうかはともかく、継承者(オーバーライダー)の仲間を見つけたら、あたいと同じように解放してほしい」


「了承した。クラン鍵屋はヒルダと継承者(オーバーライダー)の仲間が望むなら、奴隷の刻印を解呪し、住まいを提供しよう‥‥‥みんな、それでいいね?」


 卓に揃った仲間達は、僕の声に力強く頷き返してくる。


 取引は成立だ。


 さあ、きぃを助け出そう――!

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