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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第4章 天馬白月国・“病の王“胎動編
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第72話 柊克也の逆鱗

◆紫藤イズナ◆


「鍵音様がいなくなった」


 ある朝。二度寝から醒めたオレがゆっくりめに倉庫に顔を出すと、そんな話が耳に飛び込んできた。


 クラン鍵屋の中心メンバーの顔にあるのは焦り。周りの家妖精(シルキー)やノーム、エルフ達はそれより更に一段落ちて困惑だ。


 どうにもマジらしい。


 倉庫中央に(しつ)えられた卓にはハクの旦那と柊、それに彩弥が集まっているが、柊だけ異様に形相が変わっている。


 釣り上がった目、引きつった頬、食いしばった歯からは時折嫌な軋みが聞こえてくる。


(普段温厚な奴ほど怒らせると怖いとは聞くがねェ)


 誰もが変貌した柊にうまく声をかけられず、場が凍り付いたように固まってしまっている。


 仕方ない。ここは空気読まずにオレが絡んでくっきゃねェか。


「よォ、何だ何だこの重ッ苦しい空気ァ? 異端審問騎士団でも攻め込んで来やがったかァ?」


 わざと威勢よく声をかけて注目を集め、それでも一目もくれず押し黙っている柊の背中を手のひらでバンバン叩く。そりゃもう景気よく、だ。


「‥‥‥紫藤か」


 キロリ、と視線だけ移してオレを見つめる。いつもが割と話しやすい奴なだけに、どれだけコイツが焦ってるかよくわかる。


「‥‥‥きぃが昨晩から帰ってない」


 口にするのも苦しい、と言った様子で柊は声を震わせながら何とかその言葉を紡ぎ出した。


 どうも話を総合すると、魔女さんの弟子のリディって少女と猫従者(ケットシー)のチンチラを伴なった鍵音嬢ちゃんは、昨晩買い物に出掛けたまま音沙汰がないらしい。


 あの柊ベッタリの嬢ちゃんが無断外泊ってのは考えにくいし、そう考えて昨晩遅くから捜索しはじめた所、町の市場の奥まった辺りからチンチラだけが見つかった。


 しかもご丁寧に薬を盛られて今も意識がない、って所が今わかっている全てだった。


「幸い、ニャンコちゃんも特に命に別状はないみたいなんデスけど‥‥‥」


 恐る恐る、といった感じでチンチラの容態を説明する彩弥に、柊は苦い表情を向ける。


「薬で無力化されるのは、想定してなかった。もしチンチラがやられてれば、召喚者の僕にはすぐわかったはずなのに‥‥‥!」


『‥‥‥克也』


 仲間がやられてれば良かった、という発言に彩弥の表情が歪む。ハクの旦那も心苦しいんだろう、何と声をかけていいか悩んでいるように見える。


 だがいい加減、オレはこのクソ柊のらしくない態度に苛立たしさが募っていた。


「オイ、クソ柊」


 敢えて敵意剥き出しで吠える。


 視線だけこちらに向ける柊の胸を、すかさず強く手のひらで突き飛ばした。


 たたらを踏むその胸倉を掴んで至近距離からしっかりと顔を覗き込んで怒気を叩きつけた。


 このバカやろうの目を醒ましてやる。


「らしくもねェ冷血漢キャラ気取ってンじゃねェぞ? 嬢ちゃんがいなくなって気が動転してンのァわかるけどな。仲間がやられてりゃ良かったなんつー台詞、もう一度吐いてみやがれ。歯ァ折れるまでブチのめすぞ!!」


 これでもダメならマジに頭突きでもブチ込んでやろうかと息巻いていると、やんわり後ろからハクの旦那に引き離された。


『その辺にしてやってくれ、イズナ。克也も今はまともに考えられる状態ではないのだ』


 だが、と旦那は続ける。


『‥‥‥我らの事を慮ってくれた事は、感謝する。ありがとう』


「チッ、むず痒ィからいーよ、そう言うのはよ‥‥‥」


 どうもこの旦那のこういう所は苦手だ。嫌いじゃねェっつーか、むしろ嬉しいのは嬉しいんだが。正直に言うなら‥‥‥恥ずかしい。口には出来ねェが。


 で、肝心の柊はと言うと、引きつった顔を更に苦々しく歪めて俯いていた。


 もう一度腹でも殴ってやろうかと思ったが、旦那の手前踏みとどまる。


「じっとしてても始まらねェだろ。まずはドミニクのオッサンに報告すんじゃねェのか?」


 まるでノロマな驢馬(ロバ)だ。何度も足を止める馬体に脚や鞭を入れなきゃならねぇ。


 だがそうして辿り着いた庁舎で待っていたのは、いつもより二割増で眉間の皺を深く刻んだドミニクと真偽官のアハトだった。






「心苦しい限りですがヒイラギさんや鍵屋クランの皆さんには今回の件、手出し無用に願います」


 向かった浄化復興庁の真新しい長官室で、ドミニクのオッサンはいつめの愛想笑いもポーカーフェイスもかなぐり捨てて厳めしい表情でオレ達を出迎えた。


 広く取られた窓からは午後の陽の光が入り、ドミニクとアハトは逆光を背負いながら席を立ってオレ達に相対していた。ゆっくり座って議論させるつもりはないらしい。


 鋭い眼光ではあるが、身体には余計な力が入りすぎている。


(‥‥‥こりゃ威圧って程でもねェ。精々威嚇ってトコだな)


 ドミニクもアハトも、オレ達を――と言うよりも、盾蟹の爪鋏(デスブリンガー)の柊を明らかに畏れている。


 まあ、それもそうか。盾蟹の爪鋏(デスブリンガー)と呼ばれるきっかけになった駆け引きの時、ドミニクはその光景を目の当たりにしていたはずだ。見るからに頼りなさそうな優男を罠に嵌め殺したつもりが、逆に歴戦の異端審問騎士団を無傷で皆殺しにして生還したんだから怖がらない方がどうかしてる。


 だから今のドミニクが恐れているのは、柊の怒りの矛先が向けられる事だろう。


 誰にって?


 決まってる。今一番怪しいのは嬢ちゃんの治癒能力を研究しようと血眼になってる()()()()()()()()()


 今柊が暴れれば、教会と総督府で優位な政治ゲームを展開したドミニク陣営は一転窮地に立たされるはずだ。


 だからドミニクが組織と自分の為に保身めいた態度を取るのも緊張するのもわからないではないが、被害を受けた側からすれば納得いかないにも程がある。


「オイ柊、オメーも何か言ってやれ。オメーの相方だろ‥‥‥」


 さぞかし鬼のような形相になってるだろうと後ろを振り向いたオレは、しかし予想外の光景に目を奪われていた。


 笑ってやがる。


 まるでいつかのドミニクのような笑顔の仮面の下には、何の感情も透けては見えなかった。


 それが恐ろしい。


 一体、今コイツは何を考えてるんだ?


「‥‥‥ドミニクさん、浄化復興庁の内部調査はお任せします。速やかに犯人を見つけてください」


 穏やかな物言いに少し戸惑いながら、告げられた内容は彼等を肯定する物だった為だろう。ドミニクは少しだけホッとしたように表情の険を緩めた。


「え‥‥‥ええ。勿論です。必ず犯人を突き止め、セノミヤさんを――」


「ただし」


 だが、ドミニクの言葉を柊は断ち切った。


「僕らは僕らで動きます。仲間を助けるのにあなた方に指図される謂われはない」


「なっ‥‥‥わ、私の話を聞いてください!! 今あなた方が動けば、せっかくまとまりつつある教会と総督府の体制に‥‥‥」


「関係ない」


 返す刀で有無を言わせず一刀両断。


 笑みを浮かべながら、窓から差し込む光を映して柊の瞳は薄ら寒く感じられる程に凍てついている。


「わかってる情報があるなら、今の内に出してください。でないとお題目が“協力体制による鎮圧“じゃなく、“協力クラン単独による私的な報復制裁“になっちゃいますんで」


 「ま、それでも別に僕は困りませんが」と柊は冷笑しながら小さな声で付け足した。


 ドミニクはびっしょりと冷や汗の浮いた額を拭いもせず、恨みがましい目で柊を見つめている。


「‥‥‥私を、信じてはもらえないんですか」


「信じてますよ。でも万が一にでもきぃに何かあったら‥‥‥」


 呟きながら、柊の身体が一回りも二回りも膨張していく。


 いや、そう錯覚する程の威圧。


 そうだ、これこそが威圧だ。


 踏み出した柊の表情がどうなっているか、此処からでは読み取る事は出来ない。だが、腰砕けになっているドミニクと、無表情ながら震えてまともに立てていないアハトを見ていれば、とんでもない形相なのは容易に察しがつく。


「わかりますか。わからないでしょう。これは利害とか落とし所とか、そんな話じゃない。貴方は僕の命より大事な物を天秤に載せて勝手に話を進めようとしてるが‥‥‥きぃに何かあってみろ。係累・縁者・協力者も関係者も皆諸共、僕が地獄の果てまで追いかけて肉片一つ残らず摺り潰すぞ‥‥‥!!」


 最早、柊の静かな怒りは赤紫のスパークと化して全身から迸るに至っていた。ドミニクとアハトはたまらず床に倒れ、声もなく目を見開くばかりだった。


 だが、一方でオレは、その光景によってある感情を強く呼び起こされていた。


 それは、安堵であり、納得であり、感謝であり、少しだけ胸を衝くような寂寥も含んでいた。


(ああ、そうか。さっきのアレぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()‥‥‥)


 唐突に理解する。


 この世界に無理矢理転移させられ、獅子太陽国(ヒマタンポポ)から訳もわからぬまま蛮族指定されて周り全てが敵に変わったあの時。


 自分は誰かに、こう言って、怒ってもらいたかったのではないか。


 戸惑いながらも割り切り、賊と呼ぶなら賊らしく振る舞ってやろうと腹を括りはしたが。傷ついたまま取り残された大人しい自分(紫藤イズナ)は、自分が思う以上に根深く心の隅に居座っていたらしい。


 それだけに、柊の言葉は無性に響いた。


 例えそれが、自分自身ではなく鍵音の嬢ちゃんに向けられた物だったとしても。


(身内にそういう情を向けられる奴だから、力を貸したくなるのかもな‥‥‥)


 柊はもうドミニク達を振り返りもせず、毅然とした歩みで長官室を後にしている。


 オレはそんな柊に‥‥‥いや、克也。今度からそう呼んでやろう。克也に、こう声をかけた。


「なあ! 鍵音の嬢ちゃん、絶対ェ助け出そうな」


「‥‥‥ああ。勿論だ」


 実際声に出すのは気恥ずかしいが、いつか相棒としてちゃんと名前を呼んでやろう。


 オレは気持ちを改めて、克也の背を追いかけた。

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