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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第3章 天馬白月国・ベルゼ編
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第65話 古城攻防戦と蛇舌の女

 古城が襲われている。


 それは僕らの間では半信半疑に受け止められていた。が、ドミニク達にはかなり重い事態として伝わったようで、町で一番いい馬車を貸し出してくれた。


 馬も貸し出そう、と申し出てくれたのだが、これはハクが丁重に断った。


 理由は、今僕の目の前にいる二頭の騎馬ならぬ()()の為だろう。


 例の白鷹騎士団を召喚する“霊銀の機械騎士長“としてのハクの能力(skill)で呼び出せる移動手段らしい。


『燃費が悪いのが玉に瑕なのだが、この際四の五の言っておれん。最速で飛ばすから口を閉じていろ。舌を噛む』


 そう言って、ハクは二頭の機馬に鞭をくれた。






 結論から言うと、機馬の速度は凄まじくロケットエンジンでも積んでんのかという速度を叩き出したが、僕らの総論として二度と乗りたくないという意見に一致を見た。


 来るのに徒歩で2日かかった距離がたった30分程度だと言うのだから凄いの一言に尽きるんだが、乗り心地の悪さは速度の恩恵を踏まえても余りに犠牲にされ過ぎていた。


『着いたぞ』


 ハクの声に、馬車から息も絶え絶えな面々が這い出て来る。少なくとも中世西洋仕様のこの馬車は時速150kmなんて速度を出せるように設計されてない。て言うかよく壊れなかったな‥‥。


「ホントに古城だよ‥‥」


 呆れながら呟いたのは紫紺騎士団(パンキッシュ)の装備一式を纏った紫藤で、馬車酔いしたのか頭部がフラフラしている。


 古城の見慣れた景色の中、巻き上げ式の跳ね橋が上がり、堀の前を埋め尽くす黒い兵隊達の姿だけが異様だ。


 いや、よく見ると兵隊の鎧や旗の意匠(デザイン)が2種類ある。黒騎士は黒騎士なんだが、細かな紋章や旗印が違うようだ。


 ただ、等しく同じ状況を作り出している所があるとすればそれは跳ね橋の前の少しだけ開けた最前線の空間だろう。


 そこには一人の鬼がいた。


「噴ッ!!」


 気迫も十分に振り抜かれた拳が黒山の人だかりならぬ黒騎士で埋め尽くされた陣営の中に見事な空白地帯を生み出す。


 目にもと止まらぬ早業で立て続けに撃ち出された電光石火の左ジャブが小刻みに周囲の人垣を削り取り、時折混ぜ込まれるフックやワンツーが目に見えて派手に人を数メートル単位で空中にぶっ飛ばしている。


 そして今だからわかる事だが、それだけの力であるにも関わらず、彼はかつて僕がやってしまったように人間の挽き肉を量産するような事は決してしていなかった。


 今までの事を振り返っても、執爺カイ・ベルンハルトが問答無用でスクラップにしてきたのは動甲冑(リビングアーマー)とモンスターぐらいだ。


「お、押せ! 恐れるな! 敵はたった一人だ!! 邪悪な“異端者(heretic)“を野放しにしては----」


「おやおや、いつ私達の戦力がカイ殿だけだと言いました?」


 突如として響く声に、既に及び腰になっていた兵士・騎士達が更に動揺する。


「“花開く蓮華(ブルーテデロータス)“」


 玲瓏に響く声と共に、今度は陣営の後衛部分が弾け飛んだ。圧縮された空気を開放して人を吹き飛ばしているのだ。これが数発立て続き、僕は不謹慎ながらその弾けっぷりと小気味のいい破裂音からポップコーンを連想してしまった。


 恐慌状態に陥る黒騎士達に向かって、跳ね橋を上げた古城から長衣と見事な黒髪をたなびかせてフリッツが近付いて行く。


 全身を緑色のオーラのようなエフェクトが包み、フリッツは軽やかに宙に滞空しながら兵と騎士達を見下ろしていた。


「何だアレは‥‥!? 話が違うではないか、主戦力は岐路の町に行っているのではなかったのか!!」


 さっきから煩いのがいるな、と視線を向けると、本陣らしき華美な集団の中に見知った顔を見つけた。古城の賃料を払っている砦の副長、ヒッグスさんだ。周りとは鎧の色が全く違うので逆に目立っている。


「若! ですから新月騎士団を動かすのは待ってくださいと申し上げたはずです! 今からでも遅くはない、早々に手打ちにして引き揚げるべきです」


 おお、流石家主。ちゃんと家賃払ってる店子を庇ってくれるのね。食い下がられている側の青年はそんな暑苦しいヒッグスさんに辟易した様子でキラキラと目に眩しい装飾剣を振り上げた。


「若はよせと何度も言ったはずだ! 正面、近接で歯が立たんなら魔術ですり潰せ! 奴らが来るまでに戦果を得ねば意味がないのだ!!」


 若と呼ばれた青年は威勢も良く装飾剣を振り回しているが、あの執爺相手に普通の魔術を幾ら束ねた所で意味はないだろうに。


 等と考えている内に重装騎士の後ろから放たれた20を越える火球や火花や飛礫や水流が、ぐにゃりとある一点で螺旋軌道を描いてあらぬ方向にねじ曲げられる。


 前線は悲鳴と苦悶の坩堝と化した。まあ、カイの事だから死人は出てないのだろうが。


「‥‥全ッ然ピンチでも何でもねェな‥‥」


 隣で車酔いから復帰した紫藤が呆れたような声を挙げたが、それはこの場にいる全員が同意するだろう。


 まあ、元々此処に侵攻する馬鹿は一体どんな奴だ、という物見高さも半分だったのだから目的は十分に達成されたとも言えるのだが。


「これ終わらせるなら全員ぶっ飛ばすか、大将首ひっ捕らえて身代金交渉かな」


 中世西洋の合戦からすると後者が現実的だろうか。曲がりなりとも僕らも独立の為の資金を集めているのだから収入はあるに越した事はないし。


警告(alert)操縦者(マスター)、7時の方向から反応を多数検知』


 そんな事を考えていると、ベルゼの警戒網に何かが引っ掛かったようだ。


 振り向いて様子を見ようかと思う間もなくベルゼが左後方の映像を拡張ウィンドウに表示する。こういう気が付く所、秘書感あっていいと思うよ。


 古城へ続く丘の裾野に現れたのは数騎の騎馬の姿だった。基調は黒。旗印は目が覚めるような空色に7つの星を繋いだ印と、切っ先が剣になった十字。嫌な記憶が山程染み付いた異端審問騎士団の連中だ。


「げっ」


 思わず、その中に見覚えのある深緑のロングヘアーを認めて唸ってしまった。


 向こうも此方に気付いたのか、たおやかな仕草で笑みを浮かべながらひらひらと手を振って見せる。


「‥‥どしたよ?」


「左後方に異端審問騎士団と、ローズマリーがいる‥‥」


 マジかよ、と紫藤が呟いたが、そう言いたいのは僕の方だ。ぶっ飛ばした片足も特に問題なく再生しているようだ。奇蹟は教会の十八番だし、腕のいい治癒師がいるのかもしれない。


 彼女はその場で下馬すると、周囲が留めるのを振り切って悠然と此方に向かって歩いてくる。ハクが踵を返して立ちふさがると、胸元のポケットから刺繍の入ったハンカチを取り出し、白旗のようにこれを振って見せる。


「当方に交戦の意思はありませんわ。少しお話を、と思いまして」


『信用ならんな』


 ハクは眼前の元スパイの発言をバッサリ一刀両断する。しかしローズマリーは気を害した様子もなくその美貌を無邪気に微笑ませるばかりだ。


 心なしか前見た時より機嫌がいい気がするな。何でかわかんないけど。


「んー、少しだけ裏話をしますと。ウチの上司に当たる枢機卿(ジジイ)連中が怖じ気づいて二の足踏んでる上に、アナタ方の後援派閥が煩いので、今戦っても儲けにもキャリアにもならないんですのよね」


「戦う理由がない、と?」


 僕が呟くと、眉一つ動かさずローズマリーは「そうですわね」とこれに応えた。


「ただ、あそこにいるのは‥‥ワタクシ達とは別の騎士団なのですが‥‥派閥としては同じ教会勢力なんですのよね。流れが読めないお莫迦さんがご迷惑おかけしているようでしたので、こうして引き取りに伺った次第ですわ」


 にこやかに微笑みながら、目の色が笑ってない。これは、実際は身代金交渉を回避して変に事が大きくなる前に揉め事を潰す為に出張って来たって事か。


「へェ、アンタが三枝八千枝か。姿形も変わってるたァ聞いてたが見事な化けっぷりだな。女ってのはコレだから怖ェ。な、アヤもそう思わねェか?」


 紫藤はそんな堂々と獲物をかっ攫いに来た女狐を正面から牽制する。身長差があるせいでローズマリーの豊かな胸に対して睨めっこしているようにも見えるが、彼の目はしっかりとローズマリーの紫水晶のような瞳を捉えている。


「あら、可愛らしい騎士様ですわね。こうして見るとワタクシ達の拠点を奇襲した盗賊の首魁とは思えませんわ。獅子太陽騎士団の手配書よりずーっと美少年なんですのね」


 胸の谷間から取り出された人相書きに紫藤の目元が引きつる。書かれている懸賞額は相当な物だ。ローズマリーは人相書きと紫藤の顔を見比べながら人の悪い冷笑でこれを見下した。


 これはアレか。お互い過去につつかれたくない物を抱えてるんだから黙ってろって脅迫だな。


 舌打ちしてそっぽを向く紫藤に満足したのか、ローズマリーはにっこりと微笑んで再び僕に視線を戻す。


 何か言ってやろうか、とも思ったが、コイツが出張ってる以上残りの連中が伏せてないとも限らない。まして今回は向こうから停戦の意思を表意しているのであからさまに挑発するのも気が引ける。


 僕が悩んでる内に用は済んだと認識したのだろう。ローズマリーは優雅に跪礼(カーテシー)を行って場を切り上げにかかった。


 深いスリットの入った騎士服が、裾を摘ままれた事で形のいい大腿部の脚線が露わになる。


「それではご挨拶も済みましたし、ワタクシはこの辺でお(いとま)しますわ。皆さんもご機嫌よう」


「なあ‥‥ローズマリー」


 ふと、その脚の事が気になって僕は彼女を呼び止めてしまった。


 紫水晶の瞳がキョトンと僕を見つめる。


「その‥‥脚は、大丈夫なのか」


 言ってからバカな事を言ったと後悔する。口が滑った、なんて言葉を体現する事になるとは思わなかった。


 だがローズマリーは一瞬の間の後、にこやかな微笑みでこれを返した。


「ええ、それならもう大丈夫ですわ」


「‥‥そうか。それなら、いいんだ」


 思ったより悪感情を抱かれなかったようで内心ホッとする。いや、敵に悪感情を持たれようが本来は特に問題はないんだろうけど。


 こんな風に何もなかったかのように距離を詰めてくるから混乱させられているんだろうな、とまだ冴えない頭で彼女に視線を戻して、息を呑んだ。


 ローズマリーはにこやかな笑みはそのままに、一種粘着くような何かを滲ませてこちらをじっと凝視しているのだ。


「思えば前の脚よりは人目を惹いているようですし、取り替え時だったと思えば‥‥ね?」


 僕は勘違いをしていた事に今更気付かされた。


 部位欠損を修復出来るような大治癒が一般的な訳がない。


 ローズマリーは己の片脚と指一本を、誰かを犠牲にして自力で快復させたのだ。


 相変わらずの得体の知れなさ、と言うべきなのかもしれない。僕は背筋を嫌な汗が伝うのを感じながら、気持ちを入れ替えてその目を睨み返す。


「あら、急にそんな顔をして驚きましたわ、柊先輩。そんなに怖がらなくても取って食ったりしませんわよ、()()()()


 そう言って艶めかしく先割れの舌(スプリットタン)でふっくらと形のいい唇をチロリと舐める。いや、人工的な施術の跡と言うより本物の蛇の舌のようだ。


 彼女は意味深な言葉と共に機嫌良くクスクスと笑い声を挙げながら、独りで騒がしくがなり立てる新月騎士団とやらの本陣へ向かって歩いていく。


「‥‥変なのに目ェつけられたな、柊。ありゃかなり要注意だぜ」


 やっとローズマリーが支配していた場の余韻から解放され、一息つきながら紫藤が鋭い目でこちらを見やる。


 確かに、ローズマリーの興味はどうも僕に向けられているようだ。湖沼といいローズマリーといい、因縁の深い相手になってしまったのは間違いない。


「僕らも行こう。僕らの拠点だ、知らないままって訳にはいかないよ」


 若干怖じ気づく心を奮い立たせて、僕らはローズマリーの後を追った。


 古城を取り巻く騒動の顛末を見届ける為、僕らは渦中へと近付いていく。

ああああ、終わらなかった‥‥第3章、もう一話だけ続きますorz

年内の章完結は難しいかなぁ。

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