第64話 蛇蝎とスコーンと陽動作戦
ベルゼとハクのあれこれを挟んだとは言え、ドミニクから提示された久方ぶりの休日はあっと言う間に過ぎた。
総督府と教会が協力し合って作られた会場は、岐路の町に住む殆どの住人が集まっているんじゃないだろうか、という程の大盛況だ。
結局、岐路の町を一つの風呂でカバーする事は出来ないので複数の噴水から吹き出すミストと、各所に足湯と手水場を設ける事で落ち着いた。
手水場は無料で使える従来の物より水の質が遥かに良くなり、併設された水飲み場で誰でも好きなだけ安全な水を飲める、と言うのが売り文句だ。
“安全な水“というキーワードは平和な日本から来た僕らには余り実感のない言葉だが、この世界、特にこの天馬白月国では生水の汚染からより重度の感染を引き起こす事が実体験として語り継がれている。
町に来て病を遠ざけ、滞在する事で病を癒やす。
そして街の為政者達は人と富をこの町を中心に集積させる事で発言力を高める狙いだった。
勿論、集まった人々はそんな為政者達の思惑など考えもしない者達ばかりだが、それでも彼等が手水場や噴水に触れて喜びの声を挙げる姿は、ようやく僕らが手にする事が出来たこの国での成果だと言えるだろう。
広場ではドミニクや招いた枢機卿の堅苦しい挨拶が終わって噴水や手水場の御披露目が終わり、試運転とばかりにきぃがミストと水芸を披露し、着飾ったエルフの長とあやのん達が陽気な楽曲を奏でている所だった。
良かった、みんな楽しそうだ。
僕は取り押さえた黒ずくめを締め落とし、路地裏で待機する紫紺騎士団達の所に放り投げた。
『操縦者、3時の方角に弓兵1』
「了解」
石瓦を静かに踏み締めながら、建物の影に潜んだ短弓持ちの不審者に向けて新兵装を掲げる。
『標的を補足』
ベルゼの声に合わせて視界上の人影に補足アイコンが表示され、ピピッと軽い電子音が鳴る。それを合図に、僕はトリガーを引き絞る様をイメージした。
鋭く空気が噴出する音が数発。人影は弓を取り落としてくず折れる。
「‥‥人間相手にも十分使えるね」
近寄って黒ずくめの襟首を掴んで路地裏に放り落としながら、僕は新兵装----“蛇蝎の鞭“を宙でクネクネと動かしてみた。
これは前にベルゼが勝手にインストールした剣術データにあった、尻尾を使った剣術の知識を何とか生かせないかと苦心した上で生まれた産物だった。
つまり、ベルゼのサポートで尻尾を作ってしまった訳だ。
蛇腹剣とでも言えばいいのか、複数の鋭利なプレートと伸縮性の高い人工筋肉の鋼線が組み合わさって出来た兵装だ。僕の意識をベルゼが感知して動くので、まさに尻尾を動かしている気分だ。
『短針の射出も想定通りの効果ですね。本機としてはもっと威力が高くても良かったのですが‥‥』
「いや、この威力でいいんだ」
さっきやったのは、蛇蝎の鞭の先端から圧縮空気圧で鉄製の短針を飛ばす中距離攻撃だ。
同じ中距離には盾蟹の爪鋏の射出があるが、こちらは威力が大きすぎて人間相手にやるのに向いていない。
相手を見極め、無力化するのに適切な攻撃を選ぶ。
それが今の僕の課題だった。
僕らはそうして物陰に隠れながら何人かの黒ずくめを無力化して捕縛し、敵性勢力が残っていない事を確認して倉庫に引き上げた。
「結構紛れ込んでやがるな」
「それでも、もう殆ど片付いたんデスよね?」
倉庫では先に戻っていたあやのんと紫藤がテーブルで寛いでいた。湯気を立てる紅茶の香りと焼き立てのスコーンの甘い匂いに思わず喉が鳴る。
僕は顔馴染みの家妖精に自分のお茶を頼んで、紫藤の横の席に腰を下ろした。
「や、そっちもお疲れ様。どうだった?」
僕の言葉に紫藤はニヤリと口元を歪めて、不敵に笑う。ただ、思い返せば黒塚と同じような傲岸さなのに、可愛げが感じられるのが紫藤らしいと言えば紫藤らしい。
「敵じゃねェな。雑魚ばッかで正直つまんねー‥‥と言いたいんだけどよ」
そこで不意に表情が険しくなる。
「弱すぎねェか? 誰の手先なのかは今ウラで吐かせてるけどよ、もし例の教会が絡んでるンなら先発のローズマリーってのやデカブツが捕虜になったのはわかってるハズだよな」
にしては今日の刺客は雑魚に過ぎる、と紫藤は言った。言われてみれば確かにそうだ。
きぃの晴れ舞台という事で、ケチがつかない事を喜ぶ気持ちが勝ってしまったのかもしれない。
「しかし、だとしたらこれは陽動って事? 僕らから注意を引き離す対象って何だよ?」
家妖精が用意した紅茶を口に含み、焼きたてのスコーンを割ってまだ湯気の立つ生地にクロテッドクリームをたっぷり塗ってかぶりつく。
昼過ぎ、少し運動して小腹の空いた身体に滑らかで濃厚なクロテッドクリームとサクサクのスコーンは甘過ぎず素朴な味わいで非常に美味く感じた。
そして何より絶品なのは一人一人が家事の達人である家妖精の淹れた紅茶だ。茶葉は町で手に入れた品らしいが、水はきぃ謹製の癒しの水。試してみた所、硬水も軟水も創れるとの事で用途に合わせて湧水口を分けて淹れた特注品だ。
白磁のカップから立ち上る香りは、地球で飲んだどの紅茶にも勝るとも劣らない、正に命の水と言える代物だった。
香りを嗅げば張り詰めた精神が解きほぐされ、口に含めば体の中から渇きが癒される。
おっと、一瞬余りの至福に意識がトリップしていた。幸い紫藤は僕の問い掛けに考え込んでいるようなので気付かれなかったみたいだけど。
この紅茶は危険だな。作戦会議には少しランクを落とした飲み物を出した方がいいかもしれない。真面目な会議中にみんなトリップとか目も当てられない。
そんな事を一人で考えていると、騎士手甲からベルゼが呟いた。
『この町に対してどうこう、という事はないように思われます。教会や総督府の協力派閥の耳目も集中していますし、やるなら相当量の大戦力をつぎ込まなければ作戦が成り立たないでしょう』
となると、それ以外か。
「‥‥でも、ワタシ達に関係ある場所って、他にあんまりナイですよねぇ‥‥あ、センパイ、コケモモのジャムすっ‥‥ごい合うんで、オススメです!」
あやのんは話題そのものには余り意見はなさそうだったが、スコーンについては目を輝かせながら瓶に入ったジャムを大プッシュしてくる。
コケモモって名前は桃っぽいのにジャムにして見るとベリー系まんまであんまり好みじゃないんだけどな、と思いながら邪険にも出来ないのでスコーンに一匙分だけ掬って齧ってみる。
‥‥あ、でも確かにあやのんが絶賛するだけはある。爽やかな甘酸っぱさとコケモモのいい香りが、生地として堅実に焼成されたスコーンとクロテッドクリームに溶け合って旨味が何倍にも感じられる。
「‥‥うん、これ美味しいね!」
「デスよね~! ワタシさっきからスコーンとお茶が止まらなくって‥‥!!」
合間にボソッと紫藤が「太るぞ」と呟いた気がしたが、裏拳気味にスナップの効いた突っ込みがこれを封殺する。て言うか紫藤が視界からいなくなったんだけど。
『我々が攻撃を受けて打撃になる場所として挙げるなら、魔女殿の小屋か、本拠地である古城でしょう』
この国でまともに得た知己ってホントにこの町の人を除くと魔女さんだけだもんね。
しかし魔女さんと僕らの繋がりを知っている人がいるとも思いにくい。それもわざわざ刺客をこの町での御披露目に当ててまで確保する理由はないだろう。
となると古城なんだが、これは調べる気になれば賃料を砦に払っている謎のクランという事で僕らとの一致は確認出来るだろう。教会関係者も総督府関係者も近くにいないので政治的には非常に対処が遅れる場所ではある。
「ただなぁ‥‥」
古城は鍵屋最強の駒である執爺ことカイ・ベルンハルトと、フリッツが護っている。あれをどうにか出来る戦力と言うのは、ローズマリーや湖沼、その仲間達を思い返しても想像もつかなかった。
しかし、この時の僕は自分が思い違いをしている事に気が付いていなかった。
『克也! イズナも彩弥もいるか、大変だ!』
倉庫に足音も高く入って来たのは、式典用に装飾品をあちこちに纏ったハクだった。
『古城が教会反対勢力に襲われているらしい! すぐに戻るぞ!』
僕らは執爺の異常さを知っているが、知らない者からすれば主戦力を吐き出して手薄になっているようにも見えるのだ、という事を失念していたのである。
スコーン食べたくなって来ました‥‥。




