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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第3章 天馬白月国・ベルゼ編
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第63話 ハクの教練2

『では、先程の復習(リトライ)と行こう。克也、反省点はわかっているな?』


「わかってる。自分の強みを生かす事。その為には基礎となる地力が必要となる事‥‥で」


『必要な“地力“は地道な訓練などではなく効率的にデータの習得で身に付ける事が出来る、という事ですね』


 正直僕としては半信半疑なんだけど、ベルゼは大いに乗り気だ。


 先程と同じようにハクが広場の中央に進み出る。


『さあ、かかって来たまえ』


 まあ、考えていても仕方ない。僕は盾と剣を構えて突進した。


「お?」


 僕はハクに向かって小走り近付きながら、脳裏に浮かぶ走り方に合わせる事で体重移動がスムーズになり静かに移動出来ている事に気が付いた。


 いつものように盾を構えながら、受け流し方やシールドバッシュの方法が幾通りも思い浮かぶ。


 知識のインストールってこういう事か。なら、この場ではどう組み合わせるのがいいか考えてみるのもいいかもしれない。


 それに、剣の方はどうだろう?


 右手に握った木剣に意識を移すと、甲冑相手の戦法としてはやはり関節を狙う方法が多く浮かんでくる。


 ハクとの身長差を考えると狙い目は膝かな。


 よし、戦法は決まった。フェイントのやり方も幾つか良さそうな物があったので混ぜて使う事にする。


「行くぞ、ハク!」


 言いながら僕は早速フェイントを使い、盾のガードを上げさせる。腕をしならせて盾の裏側を狙う剣筋なので、防がないと頭や肩に当たるという寸法だ。


『おっと、そう来るか』


 隙があればそのまま頭部を打つつもりだった剣は、あっさり盾の上部で弾かれる。


 だが、そこまでは計算通りだ。弾かれた反動を利用して、今度は手首を回して水平に盾の裏を狙う。


 これを見たハクが腰を回して盾の角度を変える。その瞬間に僕は更に剣筋を変化させた。延ばしていた腕を畳んで遠心力のかかる切っ先を手首でいなす。


 そして、切り返した切っ先を鋭く盾から離れたハクの膝に----突き立てられなかった。


「あ、れ??」


 突いた感触がやたらと柔らかいな、と思ったのも束の間。


 目にした手首が有り得ない方向にぐんにゃり曲がっているのに驚いて思わず木剣を取り落としてしまう。


 慌てて左手で押さえると嫌な感触がした後に手首の方向は戻ったが、遅れて猛烈に痛みが滲み出て来る。


「あ、あ痛てててて!?」


 うずくまって動けなくなった僕を見てハクが中断を宣言し、木陰で待機していたきぃが呼ばれた。






『‥‥途中までは上手くいっていた筈なのですが‥‥』


 訓練を中断して、僕は広場の端できぃの治療を受けていた。


『だから言っただろう。出来る事と出来ない事があると。貴様が克也にインストールしたデータは、誰の肉体で取られたデータなのだ?』


『‥‥! 肉体(ハードウェア)に対して最適化されていないデータだった、という事ですか‥‥』


 ああ、そう言えば昔スケートで似たような経験があった。小学生の頃に得意だったんで、高校生になってから昔の通りに滑ろうとして、体格が変わりすぎて頭の中の動きに身体が全然ついて来ずに大転倒したっけ。


 今のインストールされた剣術能力(skill)も、他人のデータだから僕の身体で使い切れないのだろう。


『下手をすれば身体の構造上、人間では使えないデータが含まれている可能性もある。貴様はそこまでちゃんと考えたのか?』


『‥‥』


 ハクの指摘に、ベルゼは言い返す事も出来ないようだった。


 試しに少し思い浮かべてみて、あ、ハクの予想通りだなと結論が出る。尻尾で剣を振るうのは僕には一生無理だ。


「終わった、よ」


 きぃが呟き、右手首に感じていた暖かな湯の温もりが消え失せる。軽く動かして、痛みがない事にホッと安堵する。


「ありがとな、きぃ」


 僕はきぃを見つめてそう言ったのだが、きぃは軽く頭を振って、じっとベルゼを見つめるばかりだ。


「きぃ‥‥どした?」


「‥‥きぃが全力で“治癒“かけたら‥‥勝手にかっくんに迷惑かける悪い子、いなくなる、かな?」


 冗談かな、と思って覗き込んだきぃの目は、こっちが引く程マジだった。本気でやりかねない目をして騎士手甲(ガントレット)を一心に見つめている。


「かっくんの力になるから、って思って我慢してた、けど‥‥害になる上に馴れ馴れしい、しかもべったり一緒の女の子、とか‥‥」


 気のせいかきぃの瞳が琥珀色から黄金に輝きを変え、銀髪がゆらゆらと風もないのに逆立ち始めている。コレ、ちょっとヤバい奴だ。


「な、なあ‥‥きぃ、ベルゼも反省してると思うしその辺で‥‥」


「かっくんは黙ってて」


「‥‥ハイ」


 ナンダコレ。きぃに怒られるとか、今まで10年以上幼なじみやってきて初めてなんだけど。


 しかし、ベルゼは全く意に介した様子もなくきぃに言い返した。


『お言葉ですが本機(わたし)操縦者(マスター)の害になった覚えはありませんし、迷惑をかける悪い女でもありません』


 大体、と嗤いながら続ける。


『電子知性体を治癒でどうこう出来る訳がないでしょう? 失礼ですが御自分の能力(skill)を正しく理解出来ていらっしゃらないのでは?』


 ベルゼからすれば、いつものハクや外部の相手への挑発に近い発言だったのだろう。


 だが今のその瞬間、きぃのスイッチが入る音を、僕は確かに聞いた。


 琥珀だった物憂げな瞳がいつの間にか完全な金色の、瞳孔が縦に開いた別物に姿を変えている。


「‥‥言ったな、ポンコツ。じゃあ浄化()してやるから、後悔するな」


 怖気を振るような低く押し殺された声と共に、今まで見た事がない程圧倒的な存在感の“治癒“が発現する。


 見た目はただの湯水であるそれが騎士手甲(ガントレット)に触れた瞬間、ベルゼが耳をつんざく絶叫を挙げた。


 それはまるで魂を引き裂かれてでもいるかのような痛みの声だった。


『そ、そんな馬鹿な!! これはただの“治癒“のはずでは‥‥何故本機(わたし)が消され‥‥い、嫌だ!! 消えたくない!!』


「このまま浄化され(きえ)るといいよ。克也(かっくん)には(きぃ)がいればいい」


 (おそ)(おのの)くベルゼを見つめるきぃの目は何の感情も浮かんではいなかった。


 いつもの気弱で眠たげな様子が消え失せたきぃの容貌は、触れれば切れそうな程怜悧で美しかった。治癒の蒼い光を反射してたなびく髪は星々を束ねた銀河のようだ。


 でも、見惚れてばかりいる訳にはいかない。


 僕は無表情なきぃの頭に手を置き、まっすぐに顔を覗き込む。


「‥‥きぃ、頼む。ベルゼを許してやってほしい。もう一度チャンスをやってくれないか」


 ちらりと金色の竜眼が僕を映す。


 ああ、そうだ。これは竜の瞳だ、と訳もなく僕の中の何かが深く納得していた。僕はこれを何処かで見た事がある。


「それからベルゼ。ハクも言ってたけど、勝手に何かをするのは止めてくれ。提案があるなら聞くから、2人で強くなろうよ」


『‥‥り、了解しました‥‥』


 ベルゼの液晶パネルに激しいノイズが走る。スピーカーから流れる声も音が割れて酷い歪みようだった。


 ベルゼは折れた。後は、きぃだけだ。


「‥‥きぃ」


 無言の間。時折漏れるベルゼのノイズだけが耳に響く。


 そしてどれだけ経ったか、不意にきぃの瞳から強い光が失われ、治癒の蒼い輝きが失せた。


 抜けるように白く、小さなきぃの指先が騎士手甲(ガントレット)をなぞる。スピーカーから漏れたノイズはベルゼの悲鳴に聞こえた。


「‥‥かっくんに免じて、今回だけは‥‥許したげる」


 でも、ときぃは続けた。


「次やったら、問答、無用で‥‥浄化()すから」


 そう言って、彼女は立ち上がった。


 ベルゼがこの恐怖から立ち直るのには、実に長い時間を要した事を付け加えておく。

あやのん「‥‥あれ? わたしの訓練忘れられてマス?(=ω=;)」

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