第61話 機械世界の白と黒
『おや‥‥どんな不粋者が割って入って来たかと思えば、騎士ハクでしたか』
ベルゼは、ハクの肌がひりつくような威圧にも動じた風もなく、悪びれずに嘲笑った。
『通信プロトコルが元のままで良かった。お陰でこうして貴様を止められたのだからな』
ハクの言葉に、ふと疑念が過ぎる。
「ハク‥‥ベルゼを、知ってるの?」
『‥‥正確にはベルゼと言う個体ではなく、此奴等の系統としての存在を知っていると言うべきだが』
『同じ穴の狢、と言う奴ですよ』
ベルゼが可笑しそうに笑い声を挙げると、ハクは『甚だ遺憾だがな』と苦々しく応える。
確かに、言われてみればハクもベルゼも、ファンタジーよりはSF世界の住人と言った方がしっくり来る存在ではあったんだけど。本人達の口から認められるとこの世界の“何でもアリ“さ加減に笑えてくる。
『我々は、克也の想像しているように科学技術の発達した世界からの転移者だ。更に言えば私は一度天寿を全うしているのだから‥‥平たく言えば“ロボ騎士だけど異世界に喚ばれて今二周目ゾンビでプレイ中“‥‥と言った所か』
全然平たくないし無理矢理ラノベタイトル風にしなくていい。
くそ、あれだけシリアスだったのに、まさかハクに毒気を抜かれるとは思わなかった‥‥いや、正直助かったんだけど。
しかしあのドヤ顔のハクを見てると、気持ちゲージはギリギリ感謝よりもイラッとする側に傾いた。
『む‥‥今のは上手く言えてなかったか? 我ながらいい出来だと思うのだが』
「上手く言う所じゃないしせめて自信持って言い切ってよ!」
TV慣れしてない芸人見てるみたいでハラハラするんだよ。
『で、そのハクがわざわざ本機と操縦者の密談に割り込んで来た本題は? まさかその下ッ手くそなネタを見せるのが目的という訳じゃないですよね』
そしてベルゼに冗談は通じなかった。
絶対零度の声色の冷たさにハクも心持ち居住まいを正して答える。
『無論だ。ベルゼ、貴様は装着者の意志をサポートをするユニットだ。その貴様が克也を唆し振り回すなどあってはならん事だ。“高い信頼性とスムーズな操縦性“が売りの系統の名が泣くぞ』
『否定。本機の存在意義は“操縦者と共に強くなる事“であり、起動以来一度たりとも矛盾は生じていません。一般消費者向けの姉妹共がどれだけ従順で媚びた性格だろうと、本機と何の関係があるんです?』
ベルゼは誇らしげに言い切った。機械に搭載された人工知能である事を微塵も感じさせない、自然で堂々たる言い草だった。
そして、湖底で僕があの白い影に交わした取引こそが彼女の行動理念に繋がっていたのだという事が、胸に刺さる。
‥‥何だ、望んだのは自分自身だったって事か‥‥。
後悔と自責に僕が俯いていると、ハクは先程のベルゼの言葉に戸惑ったように首を捻っていた。
『‥‥装着型の機体人格が何故こうまで強い自我を持っているのだ‥‥? これではまるで、使い手を選ぶ妖刀ではないか‥‥』
ハクが自問するように呟くと、ベルゼが弾けるように明るい歓声を挙げる。
『そう、それです! “暴食“を司る本機なのですから、使い手は選んで当然でしょう?』
だから人を斬れと囁いても何の不思議もない、と言わんばかりだ。
ハクはそんなベルゼのはしゃぎように嘆息すると、低い声で『‥‥理解した』と独りごちた。
『御理解頂けたようで何よりです、騎士ハク。それなら本機達の計画に口を出さないで----』
『騎士ハクが命じる。貴様の行動理念は理解したが、貴様には大きく情報が欠如している。本当に克也の成長が貴様の本懐なら、もっと“人間“を識るべきだ』
ハクの強い口調にもベルゼは鼻で笑い、反論しようとして‥‥凍り付いた。
『‥‥こ‥れは‥‥上位者権限、ですか!? 今の本機と貴機に組織的な繋がりは適用されない筈では‥‥』
珍しく焦りを見せるベルゼに、ハクは淡々と『前の世界についてはな』と答えた。
『だが、今所属する“組織“については別だ。お前も私も、歴としたクランの繋がりの内だろう?』
『だからと言って何故貴機が本機達より上位者になるのです!? そんな階級情報はない筈でしょう‥‥!』
確かに、彼女の言う通りだ。
鍵屋に階級なんてない。強いて言えば、僕ときぃが団長と副団長。執爺と金狼が筆頭に当たるぐらいで、後はみんな横並びの寄せ集めだ。
その疑問にも、ハクは肩を竦めるだけだった。
『簡単な事だ。お前は人格がある事を克也以外に隠しているから、他の団員からすればただの備品|に過ぎん。自我を持った存在として扱われたければ、せめて自己紹介でもしておくのだな』
そう言えば、そうだ。
僕は最初、ベルゼにここまで明確な意志があるとは考えていなかった。それでも言葉で会話するインターフェースはあったから、ベルゼと名付けてからも誰にも紹介したりはしなかった。
周りからすれば音声認識する装備品を猫可愛がりする武器マニアに見えていたかもしれない。
ベルゼはハクの言葉の正論ぶりに悔しげに唸った。
そんな様子に満足げに頷くと、ハクは改めて僕に向き直り、『さて』と呟いた。
『‥‥克也、思えば君には盾の使い方と基本的な体捌きは教えたが、純粋な戦い方は教えていなかったな』
「‥‥そうだね」
今思えば、あのテニスコートでの教練も懐かしい。随分昔の事のように思えてしまうのは、袂を分かった彼等との距離があるからだろうか。
『あの時は、中途半端な付け焼き刃は君自身を危険に晒すと思っての指導だったのだが‥‥まさか時を然程置かずしてここまで深く戦いに身を投じる事になるとはな』
感慨深げに、悔いるようにハクは頭を振った。でも、それは僕だってそうだ。
あの時はあれで十分だった。僕だって前線で戦うと言うより、きぃの近くで最後の砦になれれば十分だと、そう思っていたのだ。
『だが、事情も周囲の状況も最早それどころではなくなった‥‥君も既に十分命を賭けた場を経験している。事此処に至って今君に必要なのは、戦い方の常識だ』
「‥‥戦い方の常識?」
僕が鸚鵡返しに呟くのに、ハクは『そうだ』と明瞭に頷いた。
『今の君の戦い方は、ベルゼが用意した圧倒的な火力で力任せに人体を破壊するだけの、言ってしまえば人外の戦い方だ。そこには人間らしさが感じられず、不気味だ。これでは戦えば戦う程に君は忌み嫌われる。敵にも味方にもな』
思わず俯く僕に、ハクは優しく肩を叩いた。
『‥‥今からなら間に合う。獣や機械になる必要はない。人のまま強くなれ、克也。その為なら私は協力を惜しまん』
強くなりたい。
それは元々、居場所を追われ、身柄を狙われ、そうした悪意から身を守りたかったからだ。
わざわざ忌み嫌われるような血塗れの人殺しに身を落としたい訳じゃなかった。
地下道の戦いや、ローズマリー達との戦いを思い出す。
負けず、殺しすぎず。そんな戦い方が出来れば。
きぃや、あやのんや紫藤達に誇れる自分であり続けられる気がする。
「‥‥わかった。ハク、僕に戦い方を‥‥教えてくれないか」
『勿論だ、喜んで力になろう。我が友よ』
力強く優しい響きのハクの声に、不意に鼻の奥にツンとした痛みが走る。
こみ上げてくる物が止まらず、僕はそれからしばらくハクの胸を借りてみっともない姿を晒し続けた。
ただ、ようやく色々の物が吐き出せたせいか、久し振りに胸が軽くなったような気がした。
暴走ベルゼにようやくリードが。
ヒロインのきぃよりもハクの方が克也の精神安定剤になっている不思議(=ω=*)




