第60話 動き出す歯車
◆柊克也◆
「さて、この一月ご協力有り難うございました、ヒイラギさん。これで暫くはお披露目の予定もなくなります」
ドミニクはいつもの形だけ顔面を歪めた営業スマイルを顔に貼り付けて言った。とは言え、ここ一月もの間付き合ってきた仲だ。少しだけ彼も機嫌が良いのはわかった。
まあ、それもわかる気がする。教会関係者から始まり、この地方で公に治癒活動する為にありとあらゆる人々に会う事になったのだ。
視線を下げると、いつもよりずっと反応の薄いきぃの表情が目に映る。ここ数日は頷くか首を振るだけで声も発しないぐらいだった。ようやくきぃも対人ストレスから解放してやれる。
「次はいよいよ、鍵音さんの治癒を実施に移す段階です」
「具体的にはどうすれば?」
各所との話し合いに出席して大凡の所は想像がついているが、念の為確認しておく。
「まず、治癒を行う場所はこちらから通達します。それ以外の場所での治癒は依然禁止です」
「教会と総督府の新政策の一環としての活動になるからですよね」
いかにも、とドミニクは鷹揚に頷いてみせる。
そう。ドミニク達、連盟各国から派遣された総督府と教会にはそれぞれに内部の派閥争いがあり、この天馬白月国の疫病問題を材料に結託したのだ。
無能で横暴な政敵の旧悪を暴き、新しい体制が人々とこの国を救ったというシナリオを描く為に。
僕らはその大事な政争の道具という訳だ。
とは言え、逆に言えば目的が一致している間は協力しあえるとも言える。
「最初のお仕事はこの町で行ってもらいます。我々の目も届きやすいですし、あなた方もここを拠点にされるのなら有用でしょうからね」
あくまで利益の面から話を進めていくドミニクのやり方は、今となっては非常にわかりやすい。僕らにも異論はなかった。
「勿論、やるからには盛大にやります。衣装も証人も用意しなければなりませんから、執り行うのはこれから7日後です。しっかり鋭気を養ってくださいね」
今のは目が虚ろなきぃに言ったんだろうな。確かに働き詰めだったし、ゆっくり休んでもらおう。
(で、ベルゼ。何か話があるんじゃないの?)
眠気が限界に達したきぃを倉庫に送り届けて後。独りになった僕はベルゼに問いかけた。
『はい。お話と言うのは、本機達の新たな武装と戦術についてです』
武装。“爪“改め“盾蟹の爪鋏“に替わる装備、と言う事か。
まだ引っかかりは感じる物の、もうあの呼称にも慣れてきている自分がいる。それさえ我慢すれば、防御力も攻撃力も申し分ない武器なのは、間違いないのだ。
(別に名前の事ならもう大丈夫だから、ベルゼも気にしなくていいのに)
『いいえ、確かにあの蔑称は腹立たしいのですが‥‥それ以上に、先の戦闘での問題点を解消する必要があります』
問題点。そう言われて脳裏を苦戦しきりだった一月前の戦闘の記憶が過ぎる。
完全駆動の冷却時間中、巨漢の騎士に防戦一方だった事。ローズマリーには結局、不意を突いた“大顎“しか碌に当てられなかった事。それに束縛されてしまい、きぃへの接近を許してしまった事。
そう考えて、初めて紫藤と戦った時の事を思い出してしまった。あの時も、鳶長さんが飛び入ってくれなかったら危なかったんだ。
確かに、これだけ時間も経って周りの環境が変わってるのに解決出来ていないと言うのは、大きな問題だよな。
(でも、具体的にどうする? どれだけ武器が凄くても、僕自身に戦闘の技能が身についてなきゃ意味がなくないか?)
『いいえ。戦闘の技能も重要ですが、それは一朝一夕に身に付くものではないでしょう』
ベルゼは『ですから』と続けた。
『戦闘しなければ良いのです』
「‥‥は?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
‥‥いや、よく考えてみても全然わからないんだけど!?
混乱する僕をよそに、ベルゼは楽しげに笑い声を挙げる。余りに動転していたせいで、僕はそれが生まれて初めて聞くベルゼの笑い声だという事にも気付けなかった。
『つまりもっと効率的に自動化すれば良いのです』
(自動化? 戦闘を?)
『戦闘に拘る必要はないのです。戦闘のノウハウがないのであれば、戦闘せず無力化して解体する装置を作りましょう。100匹でも200匹でも同時に処理出来る工場のように』
淡々と、しかし嬉しげに告げられる言葉の意味する所に思い至り、僕は血の気が引く思いがした。
ベルゼは何を言ってるんだ?
『地下道では無為に撒き散らしてしまいましたが、“大顎“で喰らって理解しました。あれは素晴らしい、お見事なアイディアです‥‥“暴食“で喰らうのが最も効率が良いのですから、設備もまた“暴食“に合わせるのが合理的ですね』
まるで旅行の計画を語る同級生の女子のように、ベルゼは早口にまくし立てた。
ここに来てようやく、僕もベルゼの言っている事だけでなく、ベルゼそのものの様子がおかしい事に気付く。
(ベルゼ、どうしたんだ? 何かあったのか?)
『何か、とは?』
キョトンとした様子で問い返され、余計に疑念が深まる。
いつからこんなに感情表現が豊かになったんだ? まさか、あの時にローズマリーの肉体を喰ったからおかしくなったのか?
僕がそう考えた途端、『まあ!』と咎めるようにベルゼが声を荒げた。
恐ろしい事にその言い回しはローズマリーそっくりで、僕は鳥肌が立つのをはっきり自覚した。
『おかしくなったとは心外です! 確かにあの女狐の肉体から得られた情報は非常に膨大で、その中の幾ばくかは本機の対人インターフェースに反映させて頂きましたが。本機は至って正常ですとも!』
そう言って、クスクスと笑う。
『正常に、如何に大量の人間を効率よく処理するかを講じているのです。操縦者』
何故だ。
今まで上手くやって来れていたはずなのに、何故こんな事になるんだ。
ローズマリーの肉体を吸収したにしても、あれから一月もの間異変なんかなかったのに。
『異変なんかありませんよ。本機はいつだって、合理的な手段を選んでいるに過ぎません。
魔物を倒すより人を倒す方が。
人をただ倒すより“暴食“で喰らった方が、圧倒的に得られるptは多いじゃありませんか?』
言われて、絶句する。
その通りだった。
異端審問騎士達との戦いで得られたptは、“白き月の遺跡“での獲得ptを上回っており、特にローズマリーの片足と指を喰って得たptの割合は、他の騎士を殺して得たptとは群を抜いていたのだ。
それが意味する所を想像し続けるのが怖くて、僕はずっと考えないようにして来たのに。
ベルゼはその事だけをずっと考え続けて来たと言う事なのか。
『どうせ敵は殺すのでしょう。であれば、より効率よくその死を活用するのも勝者の義務と言えるのでは?』
そうかもしれない。
けれど、受け入れたくはない情報だった。
『よりptが得られると言う事は、世界のシステムが奨励していると言う事です。胸を張って王道を突き進めば良いのです!』
『よく言う。邪道か魔道の間違いだろう?』
その時だった。
突然、僕とベルゼだけが交わす閉じられたら会話の中に新たな声が飛び込んで来たのは。
顔を上げた僕の耳に、ゆっくりと近付いてくる鉄靴の足音が響く。
そして暗がりから現れたのは、紛れもなく純白に輝く全身甲冑の姿だった。
『‥‥我が友を悪辣な道へ誘うのは止めてもらおうか、黒騎士ベルゼ』
ハクはそう言うと、真っ直ぐ僕の手に‥‥いや、漆黒の騎士手甲に向かって言い放った。
ベルゼは克也にだけ話が出来る見えない友達ではない、という事が証明されました。




