第5話 悪名の使い道
遠く、鳥の鳴く声が聞こえる。
僕は何度かぼんやりと目を開き、思っていたより遥か先に馴染みのない天井を見て我に返った。
そうだ。体育館で雑魚寝したんだった‥‥。
うん。お約束通り体が痛い。
携帯端末の時計はアラームの鳴る午前6時前だった。僕の規則正しい体内時計はこんな時でも順調なようだった。
まだ大半の生徒は起きてないようだけど、チラホラと薄暗い中を動く人影もあるみたいだ。
電気の消えた体育館を出ると、中庭に向かって何人かの生徒がキビキビと行ったり来たりしているのが見えた。
あの腕章は生徒会だ。驚いた事にこんな事になっても機能してるらしい。
昨晩遅く、ようやく食堂の大混乱も捌けた頃に出張ってきた先生たちによって僕らは寝床を振り分けられていた。
まあ、大枠で分けると女子は校内、男子はまとめて体育館とか武道場とかって感じ。幸運な事に寮生は寮ごと転移していたので(かなり恨めしがられながらだけど)自分の部屋で眠る事が出来ていた。
中庭では生徒会が食堂と行き来して食事の準備をしていた。どうも配給制になるようだ。
「これからどうなるかわかりませんが、大規模な天災で校内に避難していると考えれば、元々生徒会で作っていた災害避難マニュアルが活用法出来るので」
顔見知りの生徒会役員によるとそんな感じらしい。確かに異世界転移なんてファンタジーな現象を抜けば、校内に何日も泊まり込むって状況は当てはまっている。
どうやら今期の生徒会はなかなか優秀だな、と僕は整理券替わりの食券をもらってその場を去った。
「で、今日はどうするんだい、お2人さん?」
で、朝飯時。
僕ときぃが適当な中庭の隅の方で配給された朝食を食べていると、さも当たり前のような顔で会話に加わってきた奴がいた。
昨日のイケメン女子だ。
朝っぱらから爽やかなスマイルですね、100点あげます!昨日の恥ずかしい姿とのギャップで+20点!
よくもまあ、おめおめと面出せたな。心の底から感心するよ。
「声!声に出てるからな君!?」
おっと。まだ寝ぼけてるらしい。思ってる事が口に出てしまった。
「かっくん、たまに思ってる事、口に出てるよ、ね。こう‥‥どぶるぼぇあ、って」
その名状しがたい擬音はアレか。僕の内心は毒だらけと言いたいのか。僕は抗議の意を込めてきぃのつむじをぐりぐりした。きぃは座ってるので特技の下段小キックが出せずにジタバタしている。
「君たちは本当にマイペースだな‥‥まあいい。それならボクも言いたい事を言わせてもらうよ」
イケメン女子は深々と嘆息すると、「チームを組まないか?」と切り出した。
「昨日の時点じゃそんなつもりはなかったんだけどね。模擬戦をやってみて痛感した。鍵音くんの才能は本当にすごい!戦いようによってはTOP3も十分狙えると思うんだ!」
まあ、確かにきぃの能力は凄い。何が凄いって、戦えないのが凄い。って言うか酷い。酷すぎる。誰も初見じゃ勝てないと思う。
「でもルールだと5対5のチーム戦もあるらしくてね。総当たり戦だと、そもそも参加が出来ないようになってる」
だから、今校内でスカウト合戦になってるんだ、とイケメン女子は言った。
「‥‥あの、柊くん。ボクは湖沼なつめって名前があってね?そうイケメン女子イケメン女子って連呼するのは止めてくれないかな‥‥」
おっと。また心の声が漏れてたみたいだ。
だかイケメン女子改めイケメン湖沼よ。お前の策には穴があるぞ。
「‥‥柊くん。イケメンつけなくていいからね?」
あれ?おかしいな。今度はダダ漏れないようにきちんとお口にチャックしたはずなんだけど‥‥。
「かっくん、目は口ほどに物を言うの体現者‥‥」
「うん‥‥ボクもそういうの鋭い方じゃないけど、キミがよからぬ事を考えてるのは、何か凄くわかる‥‥でもこういうの、何か友達っぽくていいな」
目か!目もチャックしないとダメなのか!
そして湖沼チョロいな。イケメンチョロい。
「あ!今哀れんだな!?キミ、ボクを哀れんでるだろう!」
そうだけど何で若干嬉しそうなんだよ。
僕はこの残念なイケメン女子、湖沼と仲良くなれる気がした。
「いや、しかしこの三人でチームを組むとしても問題があるんだよ」
あっと言う間に昼過ぎ。
僕らは取り立てて問題もなく校内を散策しながら、バトル出来そうな生徒を探して快勝を続けていた。今の所連戦連勝、負けなしだ。
「え? でも勝ってるじゃないか。何か問題があるかい?」
湖沼は本当に不思議そうに腰に手を当てて首を傾げた。
しかしコイツ脚長いな‥‥腰の位置が僕より大分高い所にある気がする。
「まあ、きぃの能力は反則だから。負けはしないと思うよ。でも、勝てる気がしないのが問題なんだよ」
多分湖沼も模擬戦やったからわかると思うけど、きぃとのバトルはやってて全然楽しくない。一方的に理不尽を押し付けられるだけだからね。
「だからある程度有名になったら、きぃは誰とも戦ってもらえなくなる」
僕の辛辣な台詞に湖沼が絶句する。
まあ、チーム戦ならもう少し可能性はあるんだけど。僕と湖沼に勝てばいいんだし。でも個人戦を挑んで来る奴は皆無になるだろう。僕だってこれがきぃじゃなきゃ二度とやりたくない。
普通のRPG系異世界転移なら良かったんだけどな。残念ながら対戦格闘型の謎システムのせいで、バトルはお互いが同意しないと開始できない。
相手が自分と戦いたいと思わせないと、この対戦格闘では生き残れないのだ。
「そんな‥‥でも、そうか。例えば圧倒的に強くなり過ぎたスポーツ選手に素人が気後れしたり遠慮したりするようなケースもあるのか‥‥」
「そういう場合は“指導“って感じで胸を借りたり、記念に一戦!って感じでやるしかないだろうね」
だけどきぃの悪辣な反則チートは“指導“には向かないだろうな。強いて言えばこのロリ美少女っぷりとステージが風呂場なのを活かしてファンを集めるぐらいしか思いつかないが、延々キモいブタ共の相手をしなければならなくなるきぃが耐えられないと思う。
「‥‥きぃ、ブタは好きか?」
「‥‥豚トロ、好物」
僕の想いは通じなかった。最悪これで行くしかないな‥‥。
ともあれ、きぃの悪名が拡散するまでもう少しあるだろう。今の内に無知な初見共を狩ってポイント稼いどかないとな‥‥!
「かっくん、目がヨコシマ‥‥」
「柊くん、ボクらの品性が疑われるからその目は止めないか‥‥」
美少女共にダメ出しを食らいました。
そして初日、日も暮れて。僕らはまた配給の夕食を食べながら作戦会議をしていた。
「‥‥青田狩りはもう無理だろうね」
湖沼、それ言葉の使い方が違う。
とは言え言いたい事はわかる。今もヒソヒソ声とチラチラ向けられる負の視線がくすぐったい。
結局1日で1クラス分ぐらいの犠牲者を食い散らした僕らは、名実共に悪逆な反則チート軍団として名を馳せていた。
ランキング集計は明朝になるらしいので、どれだけ上位に食い込めたか楽しみだ。なんて嘯いてみたくもなる。
良策はまだ浮かんでいない。今後ジリ貧になるのが目に見えている以上、この貯金はきぃの生命線だ。
一定期間アクティビティを実行しないと衰弱システム(ポイントの自動減算)がある以上、どうしようもなければ僕と湖沼が出稼ぎしてきぃに融通するしかない。
だけど、それじゃきぃがお荷物になる。
きぃにそんな気持ちは味わわせたくない。
僕はポンポン、と艶やかな銀色のつむじを撫でた。
「‥‥かっくん?」
やはりブタ詣で風呂アイドル作戦しかないのか‥‥やるならグッズ作ったり握手券とか作って徹底的にブタ共から搾り取らなきゃ、きぃの精神的負担の割に合わないよな。
いや、きぃは声も可愛いしおばさん譲りで歌も上手いからコンサートやってもいいかもしれない。
どうせなら客は一気に複数入れられた方が楽だけどチームバトル以外で何か方法あるんだろうか?
「‥‥バトルロイヤルか」
校内戦だと最大100人まで一気にバトル出来るらしい。これは使えるな‥‥。
銀髪ロリ美少女きぃとお風呂でバトルロイヤル!
こ れ は け し か ら ん 。
--勝った。ブタ共から搾り取る勝利の道筋が見えた‥‥!
僕が勝利と希望に満ち溢れた笑みを浮かべてガッツポーズした所で、湖沼に肩を叩かれる。
「どうした、湖沼」
「‥‥その友達でいる事を後悔したくなるような下劣で凶悪な笑顔は是非とも止めてほしいんだが‥‥ええと、そろそろ始まるみたいだから並ばないか」
散々な言われようだ。僕の笑顔には人をドン引きさせる何かがあるのかもしれない。
しかし当たり前のように言われてもな。何の行列なんだ?
「何って‥‥昨日もあったじゃないか。寝る前にひと騒動しただろう」
あったっけ? 記憶にない‥‥。
「混雑して整理券制になったのは食事だけじゃなかったっけ? 寝床は先生たちがそれを見て慌てて振り分けてたし」
「違う違う。先生たちが動いたのは寝床振り分けの本当に直前。寮とクラブハウスに人が溢れてからだよ」
あ。
わかった。
「寮生とクラブハウスを占拠してた生徒たちが施設を独占して、集まってきた他の生徒と乱闘になったろう」
「‥‥お風呂とシャワー、か」
そうだ。うっかりしてた。
震災報道とかでも避難場所のストレスの一つとしてお風呂に自由に入れないってのがあったじゃないか。
風呂好き民族日本人に取って、好きな時に風呂に入れないってのは、強いストレスを感じさせるんだ。
「‥‥柊くん?」
「湖沼。僕らは昨日、寮にもクラブハウスにも行ってない。だからその騒ぎを知らないんだよ」
湖沼の端正な眉根が寄った。
「湖沼も気がつかなかった? 僕らは今日ずっと、初見対戦者を探して校内をあんなに走り回ったのにちっとも汚れてないよね」
そりゃそうだ。
走り回った後、僕らは必ずバトルできぃのステージの湯船に浸かっている。最後に湯から上がったのは、たった1時間前だ。
‥‥ブタ共にロリ美少女を生け贄に捧げなくても、勝てる道があるじゃないか。
喜んで生徒たちがきぃと戦いたがる条件が!
「‥‥だから柊くん、その笑顔は止めてほしいんだが」
僕はとっぷり暮れた中庭で、勝利の三段笑いを披露した。
久々だったんでちょっと最後に噎せた。