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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第3章 天馬白月国・ベルゼ編
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第56話 暴食の顎

 漆黒の騎士甲冑(ベルゼ)が唸りを挙げ、赤紫の火が灯る。


操縦者(マスター)、ご存知の通りこの状態は長く保ちません。速やかに敵を排除しましょう』


 わかってる。


 このモードは僕が無理を言ってベルゼに選べるようにしてもらった、非規格外の状態だ。長く稼働させるとベルゼに深刻なダメージが残る。


 僕は全身に力を込め、岩と木の根からなる拘束を力任せに引き千切る。


 背後から響く異音に女騎士、ローズマリーが振り返って「あら」と声を挙げる。だがそれでいい。きぃから少しでも注意を引き離せれば、それだけ窮地から遠ざかる。


 足下の拘束を砕いた僕は、名残惜しげに蠢く拘束の残骸を蹴ってローズマリーに肉薄する。


「あらあら、怖いわね。皆さん盾になってくださる?」


 ローズマリーの言葉に一矢乱れぬ動きで黒騎士達が壁を築く。さっき戸口でこの“爪“の威力は見てるだろうに。これでは肉の壁どころかただの目隠しだ。


 その為に部下を使い捨てるあの女も、それに従う黒騎士達も何を考えているのか理解出来ない。


 だが考えている間はない。僕は構わず黒騎士達の壁に“爪“を叩き込んだ。


 完全駆動(full-drive)で出力の上がった状態で十分な速度を載せた“爪“の一撃はまともに受けた黒騎士を甲冑ごと横一文字に分断した。


 だが開いた隙間を残った黒騎士達が埋めに押し寄せてくる。まるでゾンビ映画でも見ているような不気味さだ。まとわりつかれるのも鬱陶しいので、人差し指と中指で二つ目のスイッチを握り込んだ。


 途端、バネ仕掛けが弾けるような反動と共に“爪“が大きく左右に開いて文字通り蟹の爪のような形状に変化する。押し寄せた黒騎士達はこの刃の動きに胴を抉られて一気にバタバタと地に倒れ伏した。


「‥‥見た目に反してとんでもない玩具ですわね」


 用心深く距離を取ったローズマリーが目を見開いてこちらを見つめている。僕は奴を追って黒騎士だった物を蹴り捌いて前に突き進む。


『残り180秒』


 ベルゼのカウントダウンに、焦りと沸き上がってくる。このままローズマリーに何も出来ないまま動けなくなるのだけは何が何でも避けたい。


「きぃ! 今の内に小竜を召喚して離れろ!」


「かっくん!」


 それ以上言葉を割く余裕もなく、僕は再びローズマリーの間合いに入った。タイミング的にもこれが最後のチャンスになる。


 空気が重い。雰囲気と言うだけでなく、それだけお互いの一挙手一投足に集中しているという事なのか。


 ローズマリーが冷え冷えとした笑みを浮かべる。奴に僕を倒そうという意志はない。適当に隙を作って横合いをすり抜けて行こうという魂胆が時折僅かに逸れる視線で伺いしれる。戸口に向かって遠ざかるきぃを追っている目だ。


 避けられたら終わりだ。だが何もしないまま時間切れになっても僕の負け。分が悪いのは圧倒的に僕の方だ。


 だが当たりさえすれば僕が勝つ。単なる鎧兜ではベルゼの一撃は耐えられない。


 じりじりと僕らは距離を詰める。視線や微かな腕、足捌きの兆候が幾つものフェイントになるが、完全駆動(full-drive)されたベルゼのアシストがフェイクである事を知らせてくれる。


 そして、絶好のチャンスが訪れる。ローズマリーが僅かにバランスを崩し、足が止まる。


『残り90秒』


 ベルゼのカウントダウンを皮切りに、僕は“爪“でローズマリーの胴体目掛けて突きを放つ。


 サーベルの峰を滑らせながら(かわ)される。位置は“爪“の真横。


 スイッチを握り込む。弾けるように“爪“が開き、しかしまたしてもローズマリーは上体を反らしてこれをかい潜る。コイツ頭の後ろに目でもついてないか?


 引いて・突いての二挙動では確実に逃げられる。僕は指を操作して“爪“を回転させ、鉤爪の形状に変化。引き裂こうと腕を薙ぎ払ったが、今度は前屈みに頭を低く下げてて難なく躱す。


「おお怖い。当たれば確実に挽き肉ですわね」


 言いながらローズマリーはルージュの引かれた紅い唇を歪ませ、舌なめずりする。


 挑発なのか、自身を落ち着かせる為の軽口なのかはわからない。だが、見た所表情にも怯えや緊張は見て取れない。


 右手だけでは埒があかないと左の盾でシールドバッシュを織り交ぜて攻める。それでもローズマリーを捉える事は叶わなかった。


『残り30秒』


 マズい。もう時間がない。


 考えてる暇はない。僕は大きく息を吸い込むと、呼吸を止めて無心に右手を奮った。


 突き、払い、突き、突き、振り下ろし、切り上げ‥‥。


 焦りと高揚で目の前が真っ赤だ。


 どれだけ速度を上げても奴に届かない。


 洗練された軽やかな体捌きは、ローズマリーが何らかの格闘技の技術を習得している事を裏付けていた。それに比べれば僕の動きはまるでデタラメで、子供の駄々みたいだ。


『残り5秒』


 最後の一撃。


 僕はローズマリーの体捌きを脳裏に描き、大きく踏み込んで突きを放つ。胴に一撃。躱される。素早く引いて脚。これも躱される。


「ぐッ‥‥!」


 息が苦しい。意表を突いて盾の鋭くなった縁で振り回すように腰を狙う。


 しかしローズマリーは軽々と跳躍すると、僕の盾の上に飛び乗って更に高くジャンプした。牛若丸と弁慶かよ、と敵ながら感心しつつ隔絶した体術の格差に気が遠くなる。


 だが、相手は空中だ。今なら避けられない。


「食らえ!!」


 渾身の気迫で“爪“を射出する。鎖を曳いて砲弾の如く迫った“爪“に、しかしローズマリーは振り返り様に笑みを返した。


 鬼気に溢れるような凄絶な笑みだった。


「来ると思いましたわ、でももう見飽きましたから()()()()()()()


 刹那、強烈な金色の閃光がローズマリーから放たれた。帯電するような耳障りな音と金のスパークを撒き散らしながら“爪“と、ローズマリーの放つ“何か“が拮抗する。


 そして不意に、右手の手甲から伸びた鎖が張力を失ってジャラジャラと床に蜷局(とぐろ)を巻いた。


 金色の閃光が消え、跳躍したローズマリーが颯爽と着地する。続いて地を震わす轟音。


 奴の右手には、射出したはずのベルゼの“爪“があった。


「おっも! 頂戴したのはいいですけど、私には置物にするぐらいしか使い道なさそうですわね」


 嘆息して、“爪“から手を離しブーツの爪先で蹴る。


 僕は呆然とそれを見つめる事しか出来なかった。


 これが、ローズマリーの切り札なのだ。


「‥‥“強奪“」


 僕が呟くと、奴は「ノンノン」と人差し指を振って訂正する。


「正しくは“()()“ですわ。

 大罪の名を冠した古代遺物(レリック)の一つ、“強欲の腕輪“と言いますの」


 言って、ローズマリーは右手首に嵌まった金の腕輪を誇らしげに高く掲げる。


 一方僕の方はベルゼが挙げていた唸りが潜まり、代わりに全身の排気口が開放されて凄まじい水蒸気と熱を放出していた。


 今まで軽々と動けていたのが嘘のように強化装甲(パワードスーツ)が重い。


『タイムオーバー、完全駆動(full-drive)停止です。操縦者(マスター)


 悔しげにベルゼが告げる。


 跪く僕に、腕輪を見せびらかせるような仕草でローズマリーが背を向ける。


「切り札も頼みの綱も切れた気分は如何、先輩? さて、じゃあ私は獲物を頂きに行こうかしら‥‥」


「さ、せるかっ‥‥!」


 上がったままの息を押さえ込みながら、僕は手にした物を投げ放った。


 空を切って飛来するそれが俄かに青白い光を放ち、ローズマリーが警戒度を高める。再びこちらを振り返り、両目を見開いてそれを凝視する。


 投擲武器と呼べる代物じゃない。大きさも重さも大した事もない。


 いかにもただの札以外の何物にも見えないそれは、やがて眩く輝いて一匹の獣へと姿を変えた。


 長く白い毛皮をまとった獣は音もなく床に降り立つと、水色と金の瞳を向けてローズマリーに対して二本の前脚を甲高く打ち鳴らした。


「ね、ねこだまし‥‥ですニャー」


「‥‥猫?」


 ローズマリーが呆気に取られて、見開いた目を何度か瞬きする。


 その隙を待っていた。


『定刻です。“暴食“機関臨界。仮称・“大顎(オオアギト)“発動します』


 告げるベルゼの声とと共に、紫のスパークを纏った形容し難い闇色の奔流がローズマリーの立っていた空間を飲み尽くした。


 残念ながら咄嗟に飛び退いたのだろう。ローズマリーの姿は消え行く闇色の向こうに確かに存在していたが、その左脚は膝から下が見事に消え失せて決して少なくない量の血を噴き出している。


「‥‥ベルゼ、成功だ」


『はい、完全駆動(full-drive)を稼働限界まで酷使して、ようやくと言った所ですが‥‥“暴食“による通常空間での捕食、確かに成功です』


 まるで信じられない物でも見たかのようにベルゼは呟いた。


 完全駆動(full-drive)もこの“大顎(オオアギト)“も僕がベルゼの倉庫で資材を取得している時に思いついたアイディアで、最初ベルゼには「そんな機能はない」と渋られた代物だった。


 だが、今この土壇場で真価は発揮された訳だ。


「チンチラもよくやってくれた」


「‥‥ご主人、本当の本当に猫遣い荒すぎだニャ‥‥何でもいいから注意ひけとか、非戦闘猫に無茶ぶり過ぎるニャ‥‥」


 まだ緊張からブルブルと震える猫を乱暴に撫でて、僕は重い身体を引き摺ってローズマリーの元に這い寄った。強化装甲(パワードスーツ)がただの重りになってしまっている。


 ローズマリーは痛みの余りに脂汗を流しながら声を押し殺して僕を睨みつけている。


 嘲るような色や軽薄な素振りは全て何処かに吹き飛んで、純粋な恐怖と憎悪だけが結集したかのようだ。


「‥‥終わりにしよう、ローズマリー」


 僕はベルゼに残ったエネルギーを振り絞り、留めの“(アギト)“を放つ。


 紫のスパークと濁ったタールのような闇が閃き、鮮血が迸った。

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