第55話 見知らぬ女
「ベルゼ、騎士手甲駆動」
『了解、操縦者』
指令に従い漆黒の強化装甲が僕の全身を包む。今日は最初からフル装備だ。
僕は右手の“爪“を入り口から雪崩込んでくる黒騎士達に向けて突き出した。
「何だ? そんな大きな武器が当たるとでも‥‥」
余裕を持って黒騎士が大振りな突きをかわすが、僕は構わず親指に当たるスイッチを押し込んだ。
途端、強い反動と共に“爪“が射出され、間合いを読み違った騎士の身体が中心から爆散する。相変わらず凄まじい威力だ。
あっさりと、しかも相当なグロいやられ方で仲間が死んだ事に黒騎士達の間に動揺が走る。
僅かな後悔に似た戸惑いが、悪寒のようにすうっと腹の下にやって来るのを歯を食いしばって無視する。
「あらあら、意外にやりますわね。ヘンな見た目の武器ですけど」
怖じ気づいた騎士達を押しのけて前に出たのは、宣戦布告してきた女騎士だった。
改めてみると似た基調でありながら、女性用と言うだけではなく胸元や太股などスリットが入っていて扇情的で派手なアレンジが加えられているようだ。
周りにいなかったタイプだな、と思いついて無意味な想像だと考えを振り払う。
派手だろうが扇情的だろうが関係ない。敵の見た目に惑わされるな。
僕は手甲に備え付けられた巻き取り機で鎖を巻き戻し、射出した“爪“を右手に再装着する。
“爪“は盾と刃が一体化した武器だ。ただ、強化装甲の力でなければ振り回せない程重厚で、刃も大剣と呼べそうなぐらいに分厚い。
女騎士は鎖の巻き取りの隙を突いて一気に攻めに入った。滑るように延びて来た細身の刃を左の盾で受けると、女騎士は構わず懐に踏み込んで来る。
接近させじと盾の面を使って打撃を見舞ったが、それが仇となった。シールドバッシュは何の手応えもなく空振りに終わり、体と盾の間に出来た隙間にぬるりと女騎士が滑り込んでくる。
「どうせサーベル通らなさそうですし、これでどうかしら?」
艶やかなルージュに彩られた唇が嬉しそうに歪む。
「“火華“」
途端、視界が真っ白に染まり、続いて巨大なハンマーで殴られたような衝撃が全身を震わせる。
「あら、これでもダメですか。ホントに頑丈ですわね」
女騎士は先程の魔術を放つと同時に距離を取っていたらしい。思っていたよりも離れた場所から声が届く。
「なら、手に負えませんし‥‥こうしましょうか。“大地の束縛“」
指令が呟かれた刹那、床を割って何かが僕の全身に絡みついた。かなりの太さだ。窒息や骨折の心配はなさそうだが、身動き一つ出来なくなる。
ヒールの音も高らかに悠然と女騎士が進み出てくる。
「流石にこれなら引きちぎれないみたいですわね」
そう言って満足そうに満面の笑みを浮かべる。そして軽やかにターンして後ろで見守る黒騎士達を振り返る。
「さあ、邪魔者はこれで片付きました。速やかに“異端者“の皆さんを始末しちゃいましょう」
「!!」
そういうつもりか!
僕は慌てて拘束を振り解こうともがいたが、硬質化した土と木の根は予想外のしなやかさと強靭さで緩みもしない。
僕と言う壁を失った人々に向かって、黒騎士達が再び動き出す。
(ベルゼ、何とか出来ないか!?)
『申し訳ありません、せめて腕が動けば“爪“で切断も出来るのですが‥‥』
そうこうする間にも騎士達は僕の横をすり抜けて皆に襲いかかっていく。悲痛な叫びが挙がった。
ベルゼのカメラが背後の様子を拡張ウィンドウで表示する。剣を振りかぶった騎士の1人が突然床から吹き出した水の壁に阻まれて仰向けに転倒するのが見えた。きぃが咄嗟にやったのだろう。
しかし女騎士がニヤニヤと嗤いながら歩み寄ってきて、掌から例の“火華“を放つとあっさり壁は突破されてしまった。
きぃの能力は治癒用の物だ。召喚群が戦った事はあるが、きぃ本人に戦闘の経験はない。
「あらあら、無茶は良くないですわよ。瀬之宮先輩」
!?
僕の反応に、女騎士は少しだけ視線をこちらに向ける。
「あら、まさか柊先輩までおわかりにならないなんて。ショックですわ」
絹の手袋をした指先で目尻を軽く押さえながら、女騎士はゆるゆるとかぶりを振る。
そして目蓋を開けると、指先を伸ばした掌で口元を隠した。掌が徐々に上がり、下から片目が現れる。
何かおかしい。
あんなに薄い化粧だったか?
もっと目を見張るような鮮やかなルージュじゃなかったか。
もっと高く通った鼻筋じゃなかったか。
そんな事を思う間に掌が額まで上がり、再び女騎士の容貌が露わになる。
だがそこにいたのは、艶やかな笑みの豪奢な女騎士ではなく、僕のよく知る人物だった。
「‥‥三枝、八千枝さん‥‥?」
僕が半信半疑で呟いた言葉に、彼女はよく見慣れた人懐こい笑顔を浮かべた。露出の高い騎士服も、艶やかなウェーブのかかる色鮮やかな深緑の髪も、三枝さんの大人しそうな顔とちぐはぐで、物凄い違和感がある。
「ハイ、三枝です。お久しぶりですね、先輩」
そう答えて、彼女は再び掌で顔を隠す。掌が通り過ぎた後には例の派手な美人顔の女騎士の貌が現れる。
「ね、いいでしょう? 私地味な顔立ちだったから、この人のスタイルとか顔、すっごく憧れてたんです」
言って、服を見せびらかせるような軽さで騎士服の裾を摘まんでターンして見せる。先程までのは容姿に合わせた演技なのだろう。
今は見た目は女騎士の物で統一されているはずなのに、言葉遣いと態度が以前の三枝さんの面影があって、酷く歪だった。
「‥‥その人は、どうなったの」
僕が尋ねると、三枝さんは無邪気な表情のまま唇に指先を当てて思い出すような仕草をする。
「うーんと、確かいなくなっちゃったハズですよ。まあ、仕方ないですよね。二目と見れる容姿じゃなくなってましたし、世を儚んだって事で!」
違う。
これは僕の知っている三枝さんじゃない。いや、もしかしたら鍵屋で一緒に過ごした短い期間の方が大人しい演技をしていただけなのかもしれないけれども。
「‥‥君は、誰なんだ」
僕が呻くようにして呟いた言葉に、彼女はキョトンと目を見開き、数度瞬きをした。
本当に虚を突かれたのだろう。やがて妙に穏やかな表情で僅かに微笑み、彼女は大きく開いた胸元に手を当てた。
「かつては三枝八千枝と。そして今を知る方にはこう呼んで頂いておりますわ‥‥」
そして、優雅に跪礼で一礼する。初めにこの部屋に入ってきたあの時の物よりずっと丁寧で、心のこもった名乗りの為に。
「ローズマリー・ブラッドフィールド、と」
それはとても自信に満ち溢れ、晴れ晴れとした僕の知らない女性の笑顔だった。僕の知る三枝さんは、彼女の元の容貌の持ち主と一緒に消えてなくなってしまったかのようだ。
女騎士、ローズマリーは僕の横を通り過ぎて行く。背後を映した拡張ウィンドウに、2人の騎士に両側から取り押さえられたきぃの姿が見えた。
「さて、柊先輩のその頑丈な鎧には興味もありますが‥‥今はこちらがメインディッシュですわね」
ローズマリーはきぃの顎を指先で引き起こすと、舌なめずりせんばかりに頬を好調させて様々な角度からその容貌を観察する。
「能力と言い外見と言い申し分ありませんわね、悩みますわ‥‥」
恍惚の吐息をついて、ローズマリーは呟く。
「嗚呼、どれを頂こうかしら? ねぇ、瀬之宮先輩はどう思われます?」
そのきぃへの捕食の宣言に、僕の中で何かが引き千切れるのがわかった。
ああ、もう駄目だ。
「‥‥ベルゼ、やるぞ」
『了解です、操縦者』
三枝さんはいなくなった。
ローズマリーは、僕の敵だ。
「騎士手甲、完全駆動」




