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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第3章 天馬白月国・ベルゼ編
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第54話 去るものと訪れるもの

「おお‥‥あれだけ衰弱し死に瀕していたのに。おい、誰か“診察“が使える者をここに」


 きぃの“命の洗濯“によって攪拌されて明らかに綺麗になりはしたものの、何が起こったかわからず呆然とする被験者の少女。そう、汚れが取れてわかったが、それは淡い藤色の髪と目をした一人の少女だった。


 彼女は硝子玉のように見開かれた目で所在なく周囲を見回していたが、はたとその瞳に理性の光が灯った。


 驚きから理解へ。そして、浮かんだのは微かな期待と、状況を分析し計算する狡猾さだった。何者も信用しないと目が告げている。


「“解放せよ“」


 そっと呟かれた言葉は、何かの指令(コマンドワード)だろうか。途端、乾いた音を立てて木製の大きな手枷が真っ二つに割れ、少女は脱兎の如く部屋の中から逃走を謀る。


 集まっていた厳めしい顔つきの人々はたちまち蜂の巣をつついたような騒ぎに陥る。


 「術は教会が封じていたはず」とか「衛兵を呼べ!」とか「誰がこの責任を取る」だとか、叫ばれてるのはそんな内容ばかりだ。


 ドミニクも流石にこの展開は読めなかったようで冷や汗に額を濡らしながら、それでも周囲の慌てように比べれば格段に落ち着いた様子で泰然とこちらに歩み寄ってくる。


「いやはや、驚かされました。やはりあの水の術で封印も解いてしまったのですか?」


 表面的には爽やかな笑みを貼り付けているつもりなのだろうが、青ざめた顔にそれだけ冷や汗の滝を流していては様にもならない。


 きぃはそんなドミニクに向かって僅かに一瞥したが、やがて興味無さそうに視線を元に戻した。


「‥‥治していいか、聞いた、よ?」


「まあ、確かに聞かれてはいましたが」


 まさかこんな事になるとは思わなかったんだよ、ときぃの言葉を聞いた人々は似たような何とも言えない表情を浮かべたが、当のきぃは素知らぬ顔だ。


 しょうがないので僕が補足する。


「ドミニクさんもこれでおわかりでしょう。この子の能力(skill)はユニバーサルヒールと呼ばれている物とは別物です」


 言って、言葉を切る。


「こちらの方が遥かに力が強い」


 僕の断言に周囲が絶句するが、未だに続く騒ぎが否応なくその言葉を裏付けているのだろう。誰も異論は唱えなかった。


「この町には教会の加護と施術があるようですが、彼女‥‥きぃによればそれも、完璧ではないそうです」


 これも、誰も口を差し挟まない。恐らく薄々知られている事実なのだろう。


「ですので、僕らはこの能力(skill)を使って、この国を正常な状態に戻したいんです」


 僕は力を込めてドミニクと、居並ぶ人々を見渡した。


「仰る事はわかりました。しかしそれは教会の領分を侵す事になります。()()()()()()()()()()


 妙な言い草だ。


 ドミニクこそ、僕を(たばか)って教会の人間と鉢合わせさせた張本人だろうに。


 と、そう考えてふと得心がいった。


 なるほど。乗ってやろうじゃないか。


 僕は自信に溢れた仕草で胸を張り、大袈裟な身振りで応えた。


「教会と敢えて矛を交えるつもりはありません。しかし、人々が苦しんでいる姿を黙って見過ごす事も、出来ないのです」


 違和感に気付いたきぃが眉根に皺を寄せてこちらを伺っているのが視界の端に見えたが、ここは無視だ。


「ただのお節介なら気が利かず申し訳ない。ですが僕には、僕らには‥‥この国が死に瀕しているようにしか見えないんです」


 これは、本音だ。


 ドミニクが求めたのは、明確な言葉としての僕らの“所信表明“なんだろう。状況的になし崩しでドミニクに連行されたし地下の彼等とは敵対したが、今のは進んで自分たちのスタンスを示した形になる。


 そして彼が求めている一言は、まだ言い終えられていない。ドミニクの目もまだ続きを待っている。


「死に瀕した人が目の前にあり、今自分にそれを救う力があるなら。救わないでいるなんて選択は、僕には思いつかない」


 僕はまっすぐ彼らを見つめ返した。


 そして、言葉を紡ぐ。


「それを邪魔するなら、教会とだって戦いましょう」


 静寂。


 やがて、パラパラと拍手が鳴り、次第に部屋中に反響する大音声となる。


 ドミニクは何度も頷きながら僕の前にやって来て、片手を差し出した。僕も手を伸ばして握手する。


「いやぁ、お見事でした。()()()()()()()()()()


 ‥‥ん?


「私としては教会との戦いに際した勝算やこちらに対して求める見返りが知りたかったんですがね。まあ、ヒイラギさんもまだお若いようですから、この辺は追々伺いましょうか」


 言外に「ビジネスの話しろやボケ」と匂わせつつ、ドミニクは万力のような握力でギリギリと僕の右手を締め上げた。痛い痛い!!


「かっくん、盛大な誤爆‥‥乙」


 きぃは半笑いで僕の腰を平手でぱたぱたと叩いている。恐らくからかって肩をバンバン叩くアメリカンなリアクションがやりたいんだと思うが、いかんせん背が低くて届かないんだろう。くそ、腹立つけど可愛いな。


 ドミニクは一頻り僕に当て擦りを行うと、ようやく開放してくれた。


「全く‥‥あなた方に相応の力があるから賭けにも乗りますが、しっかりしてくださいよ? 今後の信用にも関わるんですから」


「今後、と言うと?」


 僕が痛む手を振って紛らわせていると、ドミニクは長衣の乱れを正して厳しい目を向けてくる。


「総督府側でこちらの主張に賛同する勢力を作ります。まずは、教会の有力者に渡りをつけなければ」


「え‥‥でも教会が治癒を禁じてユニバーサルヒールを独占してるんですよね?」


 問い返すと、ドミニクは仏頂面のまま少しだけ口元をゆがめて見せた。笑ってるつもりらしい、と少し遅れて気付く。


「まあ、今初めて話しましたからね‥‥そんな顔しないでください。昨日の時点じゃその話を出来る相手かどうかもわからなかったんですから」


 まあ、それもそうなんだろうけど。聞けば聞く程わからなくなってくる。


 一体この国も教会も、どうなってるんだ?


 僕のそんな思いを察してか、ドミニクは口をへの字に曲げたまま深い鼻息をついた。


「話せば長い事ながら‥‥ヒイラギさんが思われている通り、この国は今、面倒事と思惑がこんがらがって二進(にっち)三進(さっち)もいかなくなってます」


 誰もこんな息苦しくて仕方のない事態を望んだりしてないのに、と彼は苦い笑みを浮かべた。顔色の裏に隠しきれない心からの疲労が滲んで見える。


「だけどあなた方の登場で僅かではありますが、希望が見えた。これは想像ですが、あの治癒の能力(skill)は人だけではなくもっと広く効果のある物なのでは?」


 ドミニクの問い掛けにきぃが「そうだよ~」と気の抜けた返事をする。しかしドミニクは今度こそ手放しで嬉しそうな表情を浮かべた。


「ああ、やはりそうか! これなら教会の穏健派を動かす十分な説得材料になります」


 彼は、教会にも一般の能力(skill)による天馬白月国での治療の禁止に疑問を持っている人々も一定層存在しているのだと説明してくれた。


 しかしこの国の国力を落としておきたい勢力が声高に「教会による統制の取れた治癒が復興の要である」という説を強いており、明確な反証を持ち出せなかったのだそうだ。


 完全に防疫出来ないと病原体を宿した状態の作物を大量に流通させたり、人の移動でより凶悪な病が広範囲に拡大したりするって事なんだろう。一理なくもない。


 だがきぃの能力(skill)なら完全防疫が実現出来るので少しずつでも治癒を施していけば確実にこの国の問題は解決する。


 ドミニクはやっと見つけた活路を前に興奮気味だ。彼の頭の中では面会して味方につけるべき人物がリストアップされているのだろう。


「ああ、忙しくなるぞ。善は急げです。()()が動き出さない内に‥‥」


「随分忙しそうですね、ドミニク法務官」


 突然、その声は部屋の戸口から投げ掛けられた。


 耳慣れない艶美な女性の声に、ざわついていた室内が静まり返る。


 ヒールが煉瓦の床を打つ硬質な音が暗がりから近付いてくる。やがて、それに続く物々しい鉄靴の群れ。


 現れたのは全身を黒地に金で縁取りをした甲冑と騎士服の集団だった。そして、それを率いる1人の女。


「“異端者(heretic)“の皆様方、ご機嫌よう。そして、さようなら」


 女は流麗な仕草で大仰に跪礼(カーテシー)をして見せる。


 そして爬虫類のような目で華やかに冷たく嗤いながら腰のサーベルを抜き放った。


「さあ、異端審問のお時間ですわ!」

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