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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第3章 天馬白月国・ベルゼ編
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第52話 銀湯姫の癒やし

■柊克也■


「‥‥また、派手にやりましたね」


 地下道の戦いから暫くして。


 黒騎士を一掃した僕はドミニクと合流して元の応接室に戻っていた。


 ああやってどちらが勝ってもそれなりに立ち回れるようにしていただけあり、ドミニクもこの状況を予想していなかった訳ではないのだろう。


 ただ、ここまでの一方的な展開(ワンサイドゲーム)は想定していなかったに違いない。


 地下道の暗闇から現れた僕を出迎えたドミニクの表情は冷や汗に塗れ、やや青白かった。


「約束ですからね。これで私はヒイラギさん、貴方がたに協力します。だが、その前に一つだけ」


 彼は額の汗をハンカチーフでそっと拭った。


「貴方がたのお連れが使えるという治癒能力(skill)が、私達の想像している教会の万能治癒(ユニバーサルヒール)に匹敵する物かどうかの証明をお願いしたい」


 なるほど。今日の潰し合いはあくまで僕らと教会の戦闘力がどんなものか試しただけと言いたいのか。


 慎重な奴だ、と呆れる自分もいれば、仕方ないかと納得する自分もいた。


「わかりました。時間と場所を指定してください、実証させてもらいます」


「助かります。それで、連絡の際ですが‥‥」


 ひっきりなし浮き出るに汗を拭いながら問うドミニクに自分達の借りている倉庫の事を伝え、後程遣いをもらう事で話はまとまった。


 これ以上留まる理由もなく、僕は役者を辞去する事になった。


 怪我した訳でもないのに身体が重く、酷く気分が悪かった。






「おか‥‥えり」


 倉庫に戻ると、きぃが出迎えてくれた。


 かなり緊張した空気なのは、今朝の現場での監査で僕が連れて行かれたのが原因だろう。


 僕はきぃのつむじを撫でながら、みんなにドミニクとの会談と今後の話を掻い摘まんで伝える。


「すみません、私達がヘマしたばっかりに‥‥」


 しょげ返るノーム少女の肩を叩いて気にしないように伝えたが、彼女の悲しそうな様子は晴らせなかった。


 きぃみたいに頭でも撫でてやった方が良かっただろうか、と悩んでいるときぃに袖を引かれる。


「‥‥かっくん、酷い顔、してる」


「ああ‥‥初めて一人で戦ったからな。それに、ドミニクさんとの話は探り合いばっかりだったから‥‥」


 思い返しながら疲れた理由を指折り数えてみたが、彼女は頭を振る。


「‥‥人を、殺さなきゃいけなかった、から‥‥だよね」


 ピクリと頬が引きつるのがわかった。


 そうか。確かに‥‥僕は今日、初めて人をこの手に掛けたんだ。


 広げた掌を見ても、そこには何の汚れも見えはしない。強化装甲(パワードスーツ)であるベルゼの装甲が全ての返り血を引き受けてくれたからだ。


 呆然としていると、掌に小さな別の掌が2つ重ねられる。きぃがその手で僕の掌を抱き締めるように胸に抱いたのだった。


 琥珀の瞳がじっと僕を覗き込んで、そこに吸い込まれていきそうだと僕が感じた時だった。


 不意に意識が暗転した。






 水音。せせらぎ。


 反響する水の流れる音に意識が引き戻されていく。


 全身が妙に暖かく、強ばっていた筋肉の緊張が弛緩して解けて行く。と言うか、溶けそうなぐらい気持ちいい。


(何だ‥‥今、僕気を失ったのか?)


『‥‥zz--zzzap----zap---』


 何かノイズのような物が聞こえるが、判然としない。


 猛烈に眠かった。何か忘れているような気がして、目蓋を擦る。持ち上げた腕が湯を掻き分けた事で、自分が全身湯の中に横たわっている事に気付く。


 そう言えば妙に柔らかい物を枕にしているな、と身動(みじろ)ぎしようとして、顔にも何か当たっているのがわかる。


「‥‥もちょっと、そのまま、ね」


 酷く近いところからきぃの声が聞こえて視線を上げると、こちらを覗き込む彼女の瞳と目が合った。


 濡れた銀の髪がまるで光る滝のように視界の半分を埋めていた。


 つまりこの柔らかくて細っこいのはきぃの太ももで、僕は湯の中できぃに膝まくらされているらしかった。


 顔に当たっていたのはきぃが両手で僕の頭を抱え込んでいるからだ。


「て言うか、きぃ。お前ちゃんと何か着てる‥‥よね?」


 近すぎてギリギリ見えてないけど、見える範囲にいつもの水着が見えない。


 きぃは「あー」と変な声を挙げた。


「‥‥忘れ、てた。かっくん、目、閉じてて、ね」


 やっぱりか‥‥いや、まさかと嫌な予感に我が身を確かめる。僕まで全裸じゃないか!!


「ちょっと待てさすがにマズいだろこれ‥‥!」


「だいじょぶだいじょぶー。濁り湯だから、問題、ない」


 不思議な力強さで全く逃げられなかった。何だこのパワー。にこやかに微笑むきぃによって、膝まくらは続行される事になった。


 じたばたもがいている内に、また眠気が襲ってくる。


 身体の中から疲れが湯に溶け出していくみたいだ。


 せっかくのきぃの心遣いだし、甘えておこうか。


「はぁ‥‥」


 ついた吐息は、胸の奥に凝っていた強張りを少しだけ軽くする気がした。


 それは地下道での初めての殺しの事であり、引いては町に来て最初に怪しまれる原因になってしまった町長邸への訪問の事だったり、遡っては学校組との決別の事だったり、自分の失策についてのあれやこれやに繋がっている。


 失敗ばっかりだ。


 凹んでいると、きぃの小さな手に優しく頭を撫でられる。繊細過ぎて、少しくすぐったい。


「‥‥ごめんな、僕がもっと強ければ‥‥しっかりしてれば」


 僕が罪悪感から謝罪を口にすると、きぃはゆるゆると頭を振った。


「かっくんは、きぃと一緒にいてくれれば‥‥それだけでいいんだよ」


 何だっけ。昔もそんな事を言われた気がする。


 でも、それだけじゃ凄い召喚や治癒の力のあるきぃに寄生するヒモみたいになるじゃないか。


 実際学校で鍵湯を立ち上げた時だって、揶揄される事はあった。


 気にしたつもりはないけれど、それは別の何かで貢献していると思えていたから振り切れていたのだ。


 きぃに、女の子の負担になる無様な事はしたくなかった。


 また、今度は滑らかな掌が頬を撫でる。


 くすぐったさの中に、触れられる心地よさが同居している。


 余りこうしているのも何か恥ずかしいな。


「なぁ、きぃ」


「ん?」


 呼び掛けると、きぃが目を細めながら顔を覗き込んでくる。いつもの癖だろう。弾みで流れ落ちた髪束を掻き上げたせいでうなじから胸元の白磁のような滑らかさが包み隠さずさらけ出され、慌てて僕は目を反らした。


 きぃも気付いて、少しだけ身体を起こす。


「かっくんの、えっち‥‥」


 だから水着着ろって言っただろ‥‥!


 しかも今のは絶対言いたかっただけだ。声がニヤニヤしてるからよくわかる。


 とは言え効果は覿面で、僕は耳まで赤くなってるのが自分でもよくわかった。湯当たりしてると言い訳したいけど、当然お見通しなんだろう。ああ、もう。


「‥‥何か、歌ってよ」


「かっくん、照れてる?」


 わかってるなら聞くなよ!!


 僕は歯噛みしながら悶絶していたが、その様子がきぃには酷くお気に召したらしい。楽しそうに笑う声が響いた。


 一頻り笑い飽きると、「ゴメンね」と言いながら丁寧に頭を撫でられたが、声がニヤけていたからまだ顔は笑ってるのだろう。余程ツボに入ったのか。


 やがて、笑いの発作も収まった頃、きぃは徐に澄んだ声で柔らかく歌を奏で始める。


 ゆったりしたテンポで歌い上げるシンプルな曲だ。


 風呂場の壁に反響して、リサイタルステージな気分になる。


 特等席で歌姫の歌声を堪能しながら、いつしか僕の意識は夢の中へと落ちていった。


 血の臭いも失敗の苦味もない、ただただ安らぎに微睡む優しい湯のような暖かさの中へと。


「‥‥おやすみ、かっくん」


 最後に額に柔らかなものの触れる感触があったような、そんな気がする。

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