第50話 岐路の町5
「ここからは単刀直入にいきましょう」
ドミニクは細められた目を僅かに見開く。鉄の色をした眼光が僕を見据えていた。
隣に座るアハトは相変わらず人形のような静けさでじっと動かない。ただ、その藤色の瞳はドミニクと同じぐらいまっすぐに僕を捉えている。
「あなた方は、ユニバーサルヒールをお持ちなのではないですか?」
「ユニバーサル‥‥ヒール、ですか?」
僕が鸚鵡返しに答えると、ドミニクの表情に少し固いものでも噛んだような歪みが浮かんだ。珍しい。ここまで思惑通りに進んだアテが外れた、と言う所だろうか。
しかし喜んでばかりもいられない。今の発言が奴の隙だとするなら今の内に思考を整えるんだ。
ユニバーサルヒール。万能治癒って所だろうか。きぃの能力の万能性を考えれば当たってると言えなくはないが‥‥正直な所、きぃの能力はよくわからない事が多いんだよな。
ただ、重要なのはそこじゃない。ドミニクの話の持ち掛け方だ。
持っているのではないか、と聞いてきたって事は普通は持ってない希少な能力なんだろう。
わざわざこんな場所まで連れて来て、真偽官なんて奥の手まで出して舞台を整えている以上、ただ希少って訳でもなさそうだ。
凄まじい額の金や、政治に繋がる程の希少性。或いは。
「‥‥持っている、と答えたらどうされます?」
「持っているんですか?」
はぐらかしながら情報を得たい僕と確証を得たいドミニクで押し問答になる。
この答え方だと嘘でも真実でもないから、真偽官も反応出来てないみたいだ。まあ、話も進まないんだけど。ここはもう一歩踏み込んでみるか。
「正直な所を言うと、判断がつきかねます。似たような能力に心当たりはあるんですが、それが貴方の言うユニバーサルヒールなのかどうかがわからないんです」
両手を挙げて降参した風を装って、そう告げる。
ドミニクは僅かにアハトへ視線をやったが、アハトは頑なに薄い唇を閉じたまま黙している。
「‥‥真実、ですか」
真偽官と言うより人間嘘発見器だ。虚偽にしか反応しないらしい。
ドミニクは唇をへの字に曲げると、眉間に皺を寄せて唸り声を挙げた。ようやくこの男の素の感情が見れたな、とおかしな気分になる。こうしている方がずっと人間臭い。
「貴方の言うその能力は、ユニバーサルヒールのような‥‥つまり、あらゆる病を治せる物なんですか?」
「そういった能力もありますね」
現に治癒ミストはコストも軽く使いやすいが、魔女さんの内臓まで進行した病はそれだけでは取り除けなかった。
ドミニクの言うユニバーサルヒールに近いのはきぃが生成した温泉の方だろう。
アハトの反応で僕の言葉の真偽を確認すると、ドミニクは「いいでしょう」と一つ首肯した。表情に笑みは戻らない。
「そう言えばお名前を伺っていませんでしたね」
今更かよ、と思いながら名乗る。ただ、今更な理由は恐らくドミニクの中で僕が取引なり検討なりの俎上に乗ったからこそだろうな、とも想像がついた。
今のユニバーサルヒールとやらの所有が絶対条件で、そこに至らなければ交渉の余地もなく排斥か処分の対象になっていたのだろう。
まずは第一関門クリアか。
「ヒイラギさん」と、改めてドミニクは口を開いた。
表情も口調も重々しい。重大な用件を口にするぞ、という前振りだと理解する。
「貴方は‥‥貴方達はユニバーサルヒールによる治療が星辰教会にのみ赦された特別な施術である事はご存知ですか?」
(は?)
危ない、予想外の発言だったんで思わず素で問い返しそうになった。
「‥‥治癒能力の使用に許可が要るんですか?」
「ただの能力なら問題ありませんが、ユニバーサルヒールに関してのみ制約が課されています‥‥やはり、ご存知ありませんでしたか」
嫌な方の予想が当たってしまった。論理的に治癒に制約なんかかけないだろうと考えないようにしていたんだが。
しかし何故だろう。何故この国で最も必要であるべき能力に制約がかかってるんだ?
いや、と僕は頭の隅に引っかかるものを感じて思考を深めた。この引っかかっているものが鍵になる気がする。
能力が赦されているのは何処か?
能力の規制によって不利益を被っているのは何処か?
この国を実際に今舵取りしているのは何処か?
それらを一つ一つ思い返していく内に、嫌な予感が姿形を明確に現していく。
「まさか、今のこの国の状況を利用しているんですか」
ドミニクは答えない。その代わりに、もう一つ僕に問いを発した。
「ヒイラギさん。貴方達は、“異界の旅人“ですか?」
今更隠す必要もない。僕は真っ直ぐに肯定した。
ドミニクはそんな僕の返答を確認すると「結構」と頷いた。そして、声色を一変させてするすると語り出した。
「ヒイラギさん。これから貴方にはある方々と会って頂きます。疑問やご不満は諸々おありでしょうが、全てはその後にお答えします」
「‥‥ある方々とは、一体誰なんです? 僕に何をさせたいんですか」
ドミニクは答えず、有無を言わせない圧力で僕を見つめ続けている。
ただその目の光の中には、こちらを値踏みするような当初の怜悧さや、真意を図ろうとする色だけでなく、僅かに期待に縋る気弱さのようなものも映っているように見えた。
いつの間にか彼の油で撫でつけられた髪は汗で解れ、額には汗の玉が光るようになっている。彼も何かしらの理由で必死なのだ、と納得させられるだけの説得力があった。
「貴方次第です。今、全てのオッズは教会に傾いている。それを良しとしない者がいない訳ではありませんが、圧倒的なまでに力の差があるのです」
ドミニクは俯き、祈るような姿勢で握り締めた両手に額を押し当てた。こちらに語りかけると言うよりは、懺悔にも聞こえる独白だった。
「貴方は知らずにでしょうがこの教会支配の町で叛意の一手を打ってしまった。これはもう各所の知る所です。無かった事には出来ない」
不思議と彼の言葉には責めると言うよりも労るような響きがあったが、それは僕がプレイヤーで世間知らずだった事と、教会特権に無知なまま関わってしまった事の巡り合わせの悪さについて言っているのだろう。
そんなに危険な手だとは思わなかった迂闊さに羞恥さえ感じたが、一方で治癒を行わないという選択肢はなかっただろうとも確信出来る。
「‥‥覚悟は決まったようですね。また後程お会い出来る事を祈っていますよ」
そう言ってドミニクがソファの腕置きに手を置いた刹那。
不意に世界が回転し、天井が猛烈な速度で遠ざかり始める。
仕掛けによって奈落に落とされたのだ、と呆然としながら僕はようやく事態を把握した。
やられた!!
克也のストレス回はここまで。
次回、いよいよ新ベルゼの御披露目となります。




