第4話 イケメン女子は様式美がお好き
模擬戦後、やるせない気分になった僕ら(主に僕)は色々と対戦システムの確認を行った後、また校内散策に出掛ける事にした。
ぶっちゃけて言うとお腹が空いたのでご飯が食べられないかと食堂に向かっている。
時計の針は午後7時を指している。夕飯には頃合いで、腹具合的には我慢が利かない程度に空きっ腹だった。
「かっくん‥‥アレ、だね。ご飯もサバイバルなカンジでget!みたいなシステムじゃないと、いいね‥‥」
不吉な事を口にするなと激しく言い募りたいが、先程の模擬戦の理不尽な強弱の格差は僕にその言葉を飲み込ませた。
何となくではあるんだけど、強く出にくい感じがあった。
僕がそんな感じで口元をもごもごさせている間に食堂に到着する。予想通り食事は出来るようで、しかし予想以上に混雑具合は悪い方にエスカレートしていた。
「‥‥‥‥‥‥‥うわぁ」
言葉もない。わかります。
正直こんなに混雑している光景を見るのは生まれて初めてかもしれない。
言い過ぎかもしれないけど、昔テレビで見たオイルショックの光景を思い出した。トイレットペーパーや衣料品を買い求めて店に殺到する人、人、また人。
行列なら並べば物を手に入れられる気もするが、四方八方から人がおしくらまんじゅうやってる地帯に踏み込んで行くには僕はガッツが足りなかった。
横を向くときぃも不満と不安の混じった目で食堂いっぱいに詰め込まれた人の群れを見つめていた。
まあ、きぃは可愛いがちっこいので、あんな中に飛び込んだらぷちっと潰れてしまうに違いない。僕は模擬戦の屈辱を飲み込んでこの小さな生き物の哀れに心の中で涙した。
「あのー、そこのお二人さん」
憐憫の目で見ているのがバレたのか僕がきぃのささやかな下段小キックの連打を受けていると、話しかけてくる声があった。
「はい、何ですか?」
振り向いた先にいたのは、1人のイケメンだった。
いや、ショートカットで凛々しい顔立ちなんで脊髄反射でイケメンアレルギーが出そうになったが、よく見たら女の子のようだ。女子の後輩にキャーキャー言われそうなタイプだ。
「多分2人とも、ご飯まだだよね? 実はいい話があるんだけど」
ごく自然にジェスチャーを交えながら爽やかに微笑むイケメン女子。僕は密かに警戒レベルを3つ引き上げた。
「‥‥何が目的なんです? これだけみんな食べられずに困ってる中で“いい話“なんて。何か裏があるのかなって怖くなっちゃうなぁ」
出来るだけポーカーフェイスを装ってきぃの前に出る。きぃも僕に合わせてイケメン女子から隠れるよう軸をズラしながら、器用に下段小キックから靴の踵を踏みつける攻撃に切り替える。
‥‥やめ、やめて。そこ地味に後で困る。靴履く時困る。
僕らの水面下の戦いを知ってか知らずかイケメン女子は怜悧な切れ長の目をスマイルの形に保ったまま、胸ポケットから二枚の紙片を抜き出した。
「なに、大した事じゃないんだ。ボクの模擬戦の相手になってくれたら、それで」
言って、今度は闘志剥き出しに嗤う。
「明日からの本番を前にスパーリングのバイトって思ってくれたらいいよ。もしかしたらサンドバッグかもだけど」
‥‥コイツはとんだ戦闘狂だな‥‥!
僕は我知らず手に汗握りながら、彼女の差し出した紙片(食堂の食券だった)を取ろうとして
「いいよ。きぃが相手したげる」
突如身をかわして僕の影から飛び出したきぃに、良いところをかっ浚われた‥‥。
僕の指が空しく宙を摘まむ。
「カノジョの方はやる気みたいだね。場所はどうする?ボクはこのままでもいいよ。どうせ--」
「そ。どうせ、すぐ済む」
きぃは気負った風もなく髪をかき上げると、携帯端末を対戦格闘のマッチングモードでスタンバイする。
イケメン女子も若干苛立ったように眉間に皺を寄せつつ、スタイリッシュなメタルブルーの端末を袖の中から抜きはなって構えた。
‥‥今どっから出した。もしかしてあのパフォーマンスの為だけに普段から袖の中に端末隠してるのか‥‥?
「対戦格闘、模擬戦要求」
「承認だ! 根拠のない自信だけど、何処まで保つかな!? レディー‥‥」
『ファイッ!』
いつこんな形式美な掛け合いが決まったんだろうと不思議に思いながら、僕は白く輝くバトル開始のエフェクトに包まれた。
うん、さっきの掛け合い練習しとこう。本番で噛んだらカッコ悪いもんね。
ちなみに記念すべききぃの校内デビュー戦は、僕との模擬戦同様にきぃの完璧なハメ殺しで完封した。
「そ ん な の ア リ か ぁ ぁ ぁ ぁ !!」
全くだ。
ちなみにイケメン女子が顔を真っ赤に染めて恥ずかしさと行き場のない怒りで憤懣やるかたない姿にこっそり興奮したのは僕だけの秘密だ。
こうして、僕ときぃは危なげなく食堂の食券をgetした。