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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第3章 天馬白月国・ベルゼ編
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第44話 古城の憩い

 ベルゼの情報によれば、この試練“病の王“で攻略と見なされる指針は土地面積にかかっているらしい。


『“病の王“の病は、人だけでなく環境にも及びます。水質汚染や土壌汚染、作物への寄生虫などの形でも現れます』


 病の王の対象が人間だけではないからこその面積判定か。しかし、人口と言うか地域内の生物密度の差は考慮に含まれないんだろうか?


『人口密集地など、拠点独自のボーナスは攻略度とは別に発生します』


 そう言うと、ベルゼは僕の視界に幾つかの拠点ボーナスの入る街や寺院の情報を投影する。VR端末もないのに仮想情報が出て来るのには若干違和感を覚えたが、便利だし、慣れるしかないんだろうな‥‥。


 ベルゼはシステムからの拡張アプリケーションと端末を統合・吸収した事で各段に出来る事が増えていた。今の視覚への情報出力もそうだし、端末のストレージに死蔵していた前の甲冑や武器も強化装甲(パワードスーツ)の方に取り込んでいるらしい。


 次に戦闘になったら、どんな機能が増えているか試してみなくちゃいけない。ベルゼが用意してくれた力なんだ。僕が使いこなせなくちゃ意味がないものな。


操縦者(マスター)、距離と予測獲得ボーナスから次の攻略地を算出しました』


 そう言ってベルゼが視界に映し出したのは、ここから2,3日程行った所にある町だった。


 候補地とした理由は、距離と獲得出来る予測ptのバランスらしい。


『他にも交通の要所ですので、今後の活動拠点として利用する意味もあります』


 僕はちらりとテーブル下に転がされた頭陀袋(ずだぶくろ)に目をやった。古城を出る時に満杯の食料を詰め込んだ袋は各自ストレージに入れてあったが、もう中身は半分以下になっている。


 古城近くに戻らなくても食料を補給出来る中継拠点としての面か。確かに今後も国内を飛び回るならその考え方も必要なんだな。


 僕は紫藤達に、ベルゼからもらった意見を説明した。もちろん、システム側からのヒントがあった事は付け加えたが、支援とベルゼの“暴食“の件は伏せている。


 少しだけ、胸を罪悪感が刺す。


 建設的な目標にあやのんと紫藤が明るい声ではしゃぐのも、何処か遠くの光景のように距離を感じた。


「でも、例の“賦役キャラバン“に捕まらないよーにするのに、手形か何か要るんじゃなかったでしたっけ?」


 あやのんが唇に指を当てて記憶を探りながら呟くと、紫藤が顔をしかめた。


「‥‥あンの胸クソ悪ィ官吏共か。確かにあのクソ共から毎回逃げ隠れしなきゃいけねーってのも性に合わねェしな」


 僕らと違って証文もないから、どうやって回避したのかと思っていたら単純に逃げ回っていたらしい。


 これはちょっと手を打っておかないと、今後身動きが取れないかもしれない。次の候補地が見つかったのは喜ばしいけど、古城の皆と情報共有する必要もある。


 僕は地図を丸めると、ストレージに格納した。


 一つ深呼吸して、全身の力を抜く。知らない間にあちこちが強ばっていた。


「‥‥一度戻ろう。補給に情報共有と、やっておかなきゃならない事が沢山あるみたいだし」


「まァ、焦ってもしゃあねーか。強いて言やァ鍵音の嬢ちゃんに頼らなくてもしばらく感染しねーで活動出来るような機材も欲しいよな」


 確かに、消耗品でもきぃと離れて行動出来れば手分けして活動も出来るのか。


「でも、活動だけ出来ても意味なくないデス? 魔女の家(ここ)みたいにミストやお風呂作って対策しないと、攻略したって事にならないんですよね?」


 食料や手形だけでなく、本格的に僕らがこの国家規模試練をこなすにはまだまだ準備が足りないみたいだ。


(悪いね、ベルゼ。お前の試運転はまだ少し先になりそうだ)


 脳内で告げた僕の詫びに、ベルゼは『お気になさらず、操縦者(マスター)』と如才なく答えた。






 魔女の家に別れを告げて帰路を辿る事5日。僕らは久し振りに古城の門を潜る事が出来た。


「だー、大して長い旅でもねーはずなのに、ここの空気はやっぱ美味ェな‥‥」


「んー、いい匂いしますよネー♪」


 少し離れていた間に、またエルフ達が土壌を回復させたんだろう。外を見てきた今だからこそ、城の周りの活性度が異常を通り越して異質なんだとよくわかる。


 あやのんが言った匂いは、緑と水の匂いだろうか。それに土の香りも柔らかく、外とは随分違うようだ。まるで違う国に迷い込んでしまったような困惑と、帰ってきたんだという安堵にクラクラしてくる。


「お帰りなさいませ! ご主人様!!」


「お帰りなさいませ!!」


 庭仕事や外で働いていたエルフ、家妖精(シルキー)達が喜色に満ちた声を投げ掛けてくる。


 きぃは彼等に手を振って応えていたが、突然飛びかかってきた金色の塊に首根っこを掴まれてあっと言う間に連れ去られた。間の抜けた悲鳴らしき物がドップラー効果で遠ざかっていく。


「‥‥出迎えする犬は珍しかねェが、咥えて運んでくってのは鍵屋(ココ)だけだろーな‥‥」


「わんこちゃん、きぃセンパイに久し振りに会えて嬉しかったんデスねぇ」


 前者は呆れ半分、後者はほのぼのした表情で語られてるけれども、人間より大きな生き物が人を咥えて走ってく姿って知らない人が見たら拉致だと思うんじゃないかな。


 ともあれ、僕らは(きぃは除いて)自室としてあてがわれた部屋に戻ってそれぞれ体を休める事にした。きぃの能力(skill)でお風呂に入れるとは言っても、きぃと離れた期間は野営だった面子もいるし体が疲れていない訳じゃない。


 旅装から着替えて湯浴みをし、いつの間にか随分種類が豊富になった野菜や果物が並べられた食卓で餓えを満たす。


 酪農も始めたのか、少し癖はあるもののチーズやバターがあるのは育ち盛りの僕らにとって非常に嬉しい変化だった。正直、動物性の脂肪分がこんなに美味く感じるとは思わなかった。


 香ばしさと酸味のあるライ麦パンの上に、分厚く切ったチーズと垂れるぐらい大きなベーコンを載せて炙った代物を、口の中を火傷しながら好きな大きさにかぶりつく至福と言ったら!


 たらふく食べた僕らは、夕方の報告の集まりまで自由にする事にした。


 あやのんはきぃを追っていき、紫藤は古城に残していた紫紺騎士団(パンキッシュ)に顔を見せに行くらしい。


 僕はと言えば微妙に時間を持て余して、テラスに置かれたテーブルから中庭の様子を眺めていた。


 今やこの天馬白月国で最も緑豊かな場所である古城にあって、尚他と隔絶しているのがこの中庭だった。


 楽しげな鳴き声を挙げながら梢の間を飛び交っているのは例の三色の小竜達だ。口先で摘まんでいるのは葡萄だろうか。僅かに露を纏って艶やかな光を宿した大粒の果実が一つ、二つと啄まれる。


 そう。古城の外縁が麦や野菜の畑になっているのに対し、中庭はありとあらゆる花が咲き誇り、果実がたわわに実る果樹園のような様相を呈していた。


 中庭の中央に聳える巨樹の根元では金色のふさふさした塊が2人の少女達を鼻先と尻尾で機嫌よくあしらっている。少女達は何度も宙高く放り投げられては柔らかな金色の毛のクッションで受け止められ、お手玉のようにコロコロと転がり続けていた。


『君は混ざらなくていいのか?』


 横を見ると、ハクが静かに隣の席に座っていた。


 ハクの真珠のような光沢は相変わらず些かの翳りもなく、居住まいには視線を惹きつけてやまない品格と、眩いばかりの輝きがあった。


 ティーカップ1つ傾けている訳でもないのに絵になる奴だな、と感心してしまう。


「あの金色狼が僕まで無邪気に混じらせてくれるとは思えないかなぁ。大体、そういうハクこそどうなのさ?」


『バカを言うな。こんな金属の塊を一緒くたにしたら乙女の柔肌に傷がつくではないか』


 そう言って肩当てを小さく震わせる。どうも笑っているらしい。


 いい天気だった。外にあってはただ渇きをもたらすだけの無慈悲な太陽の光が、古城ではやや肌寒い初冬の空気を暖かく和らげている。


 心まで弛緩する麗らかな昼下がりを、僕とハクはただ黙って共有していた。


 2人の間に落ちた沈黙には、不思議な居心地の良さがあった。

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