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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
第3章 天馬白月国・ベルゼ編
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第41話 きぃと魔女

「言われた通りの条件に合うのは、多分ここだニャー」


 チンチラの案内で僕らがたどり着いたのは、森の中に建つ一軒の小屋だった。ログハウス風で見た目は割とお洒落に見えなくもないが、手入れされていないのかその全容はかなり薄汚れていた。


 ただ、針葉樹で作られた森である事もあって日の光は届いているのが救いだろうか。細く背の高い針葉樹の純林が作る光景は、日本の山や森しか見た事のない僕からすると空が見えて明るく、西洋風ファンタジーの森だな、という印象が強かった。


 さて、取りあえず来てみたんだけど、どう切り出そうか。悩む僕を尻目にチンチラは我関せずと後ろ脚で首元を掻いている。二足歩行してないとただのデカい猫だなコイツ。


 しかしそんな風にモタモタしている間に機を逸してしまったらしい。


「あの‥‥どちら様でしょうか」


 小柄な人影が、小屋の戸口から僕らを伺っていたのだった。






「‥‥とまあ、そんな訳でうちの治療師の能力(skill)が誰にでも等しく効果を発揮するのか、またこの地で流行っている病にも効果があるのかを検証する協力者を探していまして」


「それで、村で私の噂を聞いたという事ね。異界の旅人(プレイヤー)さん」


 先ほど戸口で出会ったのお弟子さんに事情を説明し、僕らは寝室でベッドに横たわる魔女その人と面会していた。


 小屋の外側は薄汚れていたが、中は綺麗に掃除が行き届いていた。キルトのパッチワークで作られたベッドカバーを掛け、清潔なベッドに横になりながら魔女は穏やかな表情で鈴を鳴らすように笑う。


 正確な所はわからないが、見た目は60代ぐらいだろうか。髪は白く目尻や頬、喉に皺こそ見受けられるものの会話の端々にはしっかりした知性を感じる女性だった。


 声にやや力がないのは、老いではなく病によるものだろう。


 きっと若かった頃はさぞかし愛嬌があって可憐な女性だったんだろうな、と時の流れに思いを馳せていると不意につま先に痛みが走った。


 視線を下ろすと隣に座ったきぃが横目でじろりとこちらを睨んでいる‥‥何でわかったんだ。


「あらあら、そんな素敵なお嬢さんがいるのに膨れっ面なんかさせちゃダメよ?」


「‥‥かっくん、見境、ない」


「ちょっと辛辣過ぎない!?」


 まあ、場を和ませるのには役に立ったから結果オーライとしよう。


 僕は咳払いを一つして、話を切り替えた。


「で、どうでしょう。治癒の検証にご協力頂けないでしょうか」


 僕の提案に、老婆の微笑が色合いを変える。


 無邪気で華やかだった感情に端を発する情動的な笑みから、内心を覆い隠す交渉用の笑みへと。室温や空気まで変わったようで、自然僕らは居住まいを正していた。


「そうねえ‥‥聞いている限りリスクもないし、うまくいけば私に取ってのメリットは凄く大きいわね」


 これは先んじて確認していた事でもあった。


 能力(skill)としての治癒術は、対象となる症状に効能が届かない場合、治らない代わりに副作用もない。患者からすればデメリットはないのだ。


 つまり治癒者の見立てがヘボだった場合、適切な施術に致るまで時間はかかるかもしれないが、悪化する事なく確実に治せるのだ。


「でも、それにしたって‥‥無償で、と言うのは落ち着かないのよね」


 ただより高い物はない、って奴か。


 ここはある程度こちらの腹積もりも話しておかないと信用してもらえないだろう。


「誤解がないようにしておきたいんですが、僕らはこの治療行為は先行投資だと考えています」


「投資?」


 僕の物言いが珍しかったのか、老婆は目を見開いた。


「ええ、僕らは拠点で作物や細工物を作ってるんですが、今のこの国の状態だとどこの村も町も買い物どころじゃなさそうなので‥‥まずはウチで買い物して頂ける状態まで回復してもらわないと」


 幸い、治療にかかるコストはきぃの食費だけだし、古城から調達出来る範囲なら水も食料も自給自足出来る。


 僕がそう説明すると、老婆はたまりかねたようにクスクス笑い出した。途中発作が起きたのかせき込みながら、お弟子さんに介抱してもらって落ち着きを取り戻す。


「‥‥はぁ、随分迂遠な投資ね。回収出来る見込みだってすぐには立たないでしょうに」


 まあ、それはその通りだ。ただ、病が治ったら次はダンジョン農場でやったきぃ&エルフのチート農法を売り込もうかとは思ってたりするんだけど。


「特異な能力(skill)を持つ旅人(プレイヤー)さんだからこそやれる奇策って所かしら‥‥」


 面白いわね、と老婆は笑った。


「どの道、もう私の施術じゃこれ以上症状の進行を止められなかったのよ‥‥だから、あなた達の提案に賭ける事にするわ」


「賭け、ですか」


「ええ、魔女は祈るべき神を持たないもの。でも自分じゃどうにもならない物に身を任せるって、他に言いようがないじゃない?」


 面白そうに微笑む老婆から感じたのは、僕が考えていたよりもずっと重い期待だった。喉の渇きを覚えて思わず唾を飲んでしまう。


 ふと、膝の上で握り締めていた左手を触る物を感じて視線を下ろすと、こちらを見つめる琥珀の瞳と目が合った。きぃの華奢な掌が揺るぎない力強さで僕の内心のたじろぎを抑え込んでいく。


 きぃは僅かな間だけこちらを見つめた後、まっすぐ老婆に向き直った。


「大丈夫‥‥治すのは、きぃの専門。期待は裏切らないって、誓う」


 魔女はきぃの言葉に少なからず驚いたようだったが、圧力はそのままに面白そうに目を細める。


「魔女に誓うという意味を、わかって言ってるの? 裏切ったら呪われても文句は言えないという事よ?」


 優しげな姿は変わらないのに、呪いの事を話す時だけ妙に嗜虐的で冷たい。僕はまた一瞬怯みかけ‥‥さっきと同じように握られたきぃの掌の感触で踏みとどまる。


「問題、ない。病も呪いも、きぃに任せて」


 きぃは珍しく、誇らしげに胸を張って微笑んで見せた。


 少しヒヤリとしたけれども、きぃのお陰で何とかなったな。


 さあ、いよいよ治験開始だ。

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