第40話 少年は荒野を駆ける3
“鋼鉄のクリオネ“による初撃を着弾させた後は、文字通り残ったモンスターを片付けるだけの戦いとなった。
あやのんも反転して留めを刺すいつもの戦い方に集中出来たので、手数も倍になったのが大きい。
山となったモンスター達の死骸の山の上で巨大なスタンドマイク型のハンマーに寄りかかりながらへばり込んだあやのんに、ストレージから取り出したドリンクボトルを放り投げる。
「‥‥何だ、柊センパイデスか」
「お疲れ様。随分沢山のに追いかけられてたじゃない」
「まあ、色々ありまして‥‥」
そう言ってドリンクボトルを一気に煽るあやのん。喉を鳴らして中に入った清涼飲料水を飲み干していく。入れてあるのはきぃ謹製水にエルフの育てた柑橘類の果汁をブレンドした薄味の飲み物だが、こういう水分補給重視の時には向いている。
あやのんは一息でボトルの中身を飲み干しきると、人心地ついたのかその場にくず折れた。今度こそ疲労だろう。
僕も、周囲に敵影がない事を確認して強化装甲を手甲状態に戻す。
煌めくエフェクトを残して甲冑が送還されるのを見てか、きぃとチンチラがこちらにやって来るのが見えた。って言うかあの猫、姿が見えないと思ったら逃げてたのか。
そして砂塵の向こうから土埃まみれになった紫藤が現れ、僕らは何とか当初の目的だった合流を果たしたのだった。
「芳しくねェな」
先程の戦闘地点から少し離れた高台で、僕らは車座になって昼食を取っていた。チンチラも帰りたがっていたが干し魚を追加で与えて残らせている。
紫藤はライ麦パンのサンドイッチを平らげると、指についたパンくずを舐め取りながら呟いた。
このライ麦パンも挟んだチーズとハムも自給自足の賜物だった。古城できぃとエルフ達から精魂込めて育てられた作物は数倍の速度で成長しているようで、試しに植えた寒冷地でも育つライ麦は既に一月程で収穫を迎えていた。
真面目に考えると恐怖に近い現象だと思うが、近隣から農作物を買い取る事も出来ない状況なので目を瞑らざるを得なかったりする。
僕は紫藤に柑橘水の入ったドリンクボトルを勧めながら、続きを促した。
「正直、国全体が傾いてて、いつ倒れてもおかしかねェな。どの町も村もまともにゃ機能してねェ」
それは、僕らも巡る町や村で感じていた事だった。
「‥‥原因は」
「まぁ、“病“だろうな」
紫藤の言葉に、僕も頷き返すしかなかった。
何故含みを持たせるかと言えば、それは単一の病気ではないからだった。
多くの人々を倦み衰えさせ、作物や家畜には病毒として宿り、また理性を奪う狂犬病のような症状をもたらし。人も、獣も、土も、水も。
ありとあらゆる“病“がこの国を覆っているのだった。
単一でないが故に、対策が打ちづらい。そして一度蔓延してしまった現状では、この国にただ滞在するだけで複数種の病に侵されるという事態に発展していた。
勿論、これは僕らだって例外じゃない。
「‥‥二人とも、ちゃんとミスト、浴びて」
きぃが言いながら車座の中心を指す。まだ昼なので焚き火はしていないが、そこには代わりに勢い良く霧が噴き出す穴が空いていた。
治癒チートの権化であるきぃが感染撲滅と治癒の為に気合いを入れて作ったミスト発生穴だ。
恐ろしい事に疲労困憊していたあやのんが見る間に元気を取り戻し、乾燥と疲労で土気色だった顔色が鮮やかで健康的な肌色に戻る程の即効性があり、あやのんはさっきから貪欲にミストの中に頭を突っ込んだまま動いていない。
「まだかっくんもイズっちも、ニガニガした感じ、残ってるから」
言って、きぃは白銀の前髪の間から琥珀色の瞳を煌めかせた。
どうもきぃの目には病の放つオーラのようなモノが目で見えるらしい。そこら一面、埃が舞うように“ニガニガした感じ“の物が蔓延っているんだとか。
で、しばらくその中にいるとその“ニガニガした感じ“は呼吸器や消化器を通して人間にも宿ってしまう。それを解消する為にきぃが色々試した結果、呼吸器からの感染に特に即効性を発揮したのがこのきぃ謹製水のミスト発生穴なのだった。
きぃの薦めに従って2人でミストに当たっていると、若干重怠く感じていた疲労のような物が抜けていくのがわかった。
紫藤も何かしら自覚症状が改善されたのだろう、珍しく真顔で目を見開いていた。
「‥‥すげェな、咳っぽかったのがなくなった。てっきり乾燥してて埃っぽいだけだと思ってたのによ」
「最初は、そんな感じ。病気だとも思わないぐらい、軽い症状から始まる‥‥今ぐらいなら、ミストで即完治するけど」
きぃは普段喋らないような長文をそこまで口にして、躊躇うように言葉を切った。
「‥‥完全に発症したら、治らないのか?」
紫藤が尋ねるときぃは唇に人差し指を当てて首を傾げて見せたが、ややあって頭を振った。
「ううん、わから‥‥ない。症状による、かも。治せると思う、けど‥‥」
断言出来る程の自信はなさそうだ。
まあ、きぃの治癒能力は余りに便利で今まで直せないケースがなかったので、条件や上限がグレーなままだ。
いい機会かもしれない。
「‥‥実地でやってみるしかない、か」
僕が呟くと、皆の視線が集まる。
「何て言いましたっけ‥‥バイトで割がいいって言いますよネ。痴漢‥‥じゃなくて」
「治験」と紫藤が呟くと、あやのんが「それそれ!」と乗っかる。
僕が思ってたのは臨床試験だったんだけど、どう違うんだっけ‥‥。
まあ、この世界にG○ogle先生はいないので答えは出ない。皆納得してるみたいなので治験で通そう。
「そう、きぃの能力で治るのかどうか、治験でデータを取っておきたいね。いつ身内から重症の患者が出ないとも限らないし」
いざとなって治らなかった、は回避したい。
さて、次はどう試すか、か。
「試しにやるなら少ない人数のがいいよね」
「複数パターンの症状も欲しいよな」
確かにそうだ。僕らと同じ程度の症例じゃ試す意味が余りない。
そんな事を話していると、あやのんが「あ」と声を挙げた。
「イズナっちイズナっち、アレそうなんじゃないデス? 前に立ち寄った村で聞きましたよネ」
弾んだ声で話しかけるあやのんに、紫藤が「あ?」と気のない声で返す。て言うか紫藤いつの間にか下の名前で呼ばれてるのか‥‥。
あやのんはそんな紫藤の反応に頬を膨らませる。
「もー、その若さで健忘症デスか、先が知れますよ。“魔女“デスってば“魔女“!!」
あやのんが言うには、情報収集で立ち寄った地方の幾つかの村で魔女と呼ばれる老婆の噂を聞いたのだと言う。
「あー、あったなァ。つかありゃほとんど陰口っつーかイジメっつーか‥‥」
どうも、かつては調薬や呪術で病を治し慕われていた人物だったらしいのだが、自身も病に倒れ今では誰も近付かなくなってしまったんだとか。
「“医者の不養生“ならぬ“治癒者の不治癒“ってか。信用とか感謝とか、持ち上げてた分だけたたき落とされたカンジだったな」
「話によれば、お弟子さんとひっそり森に隠れ住んでるって話デス。人目にはつきにくいでしょうし、治ったら協力してくれませんかね?」
条件は合うし、悪い話じゃなさそうだ。それに。
「魔女さん‥‥かわい、そう」
きぃは手にしたドリンクボトルを強く握り締めていた。
同じ治癒する立場として思うところもあるんだろう。
「よし、じゃあその魔女さんの所を治験第一号に出来ないか訪ねてみよう」
願わくば、良い幸先である事を祈りたいものだ。




