第37話 練り歩く案山子と地獄の賦役キャラバン
お久しぶりです。
少しまとまった形になってきたので、まとめて投稿します。
晒された肌がたちまち干からびるような、岩だらけの乾いた大地。その表を、幾つも立ち並んだ影法師が緩慢に穿っていた。
玩具の水飲み鳥のリズム。鍬や鋤を思い出したように打ちつける姿は、とてもではないが農作物の為に大地を耕しているようには見えない。
「‥‥"地獄の賦役キャラバン"とはよく言ったもんだ」
最早当初の目的は忘れ去られ、惰性と罰則の為だけに荒れ野から荒れ野へ旅する拷問のツアーを、この地ではそう揶揄しているのである。
確かに、実際この姿を見ても誰も題目通りの"開拓団"だとは思わないだろう。精々、犯罪奴隷の罰則労働を連想するぐらいじゃないだろうか。
僕は外套の襟元を掻き合わせて風を遮った。酷く寒い。そろそろこの国に冬が訪れようとしている。こんな最中に進展の見えない無駄な労務を繰り返し続ける彼等の心中が測り知れず、僕は重い吐息をついた。
学校組と袂を分かってから、早くも半月が過ぎようとしていた。
古城に帰って僕らが最初に行ったのは、改めて主要なメンバーで集まって今後の方針を練る事だった。
そこで課題になったのが古城の所有権である。フリッツの指摘にあったように、拠点としてのセキュリティに穴がある状態をこのまま放置は出来ない。
撃退したとは言え湖沼ら黒騎士団や、学校であったような周辺国からの威力偵察を受ける事だって有り得るのだ。
そんな訳で僕らは金策の必要にかられたのだった。
で、改めてこの国でどんな金策が成り立つかを調べる為に僕らは分担して調査に出掛けているのだけれども。
現時点での見込みは、一言で言えば芳しくなかった。
至言だと思う。
何故ならこれは僕らだけの話ではなく、もっと広義にこの国全体も含めて表現した言葉だからだ。
教えてもらった方角へ街道を踏みしめながら、もう一度だけ荒野に立ち並ぶ"地獄の賦役キャラバン"を一瞥する。
少しだけ身なりのいい監督役人に率いられた、痩せぎすの年もわからない襤褸を纏った農民、いや農奴達。
だが彼らもまた、行く先々で出会う老人や病人達と同じ目をしているのだろう。
生きる事を諦める事と同義だと受け入れてしまった人々の持つ、輝きの失せた暗く静かなあの瞳を。
「‥‥かっくん、お疲れ」
日暮れ前、僕は岩だらけの地面に僅かに下生えの生えた丘にたどり着いていた。
先に着いていたきぃが防寒具の裾から少しだけ手を上げて見せて、すぐに引っ込めた。寒いらしい。
「待たせちゃったか。悪かったな」
僕が軽く頭を撫でると、きぃはかぶりを振って外套のフードを下ろした。旅路の中にあって光の滝のような艶やかな銀髪には目に見える程の曇りもない。
そのまましばらく彼女の頭を撫でる。一頻り撫でられると満足したのか、きぃは腰に付けたカードホルダーから召喚カードを中空に投げ打った。
「家付き樹精」
言うが早いか、カードに封じられていた巨木が何もなかった丘の上に音を立てて生育していく。
やがてその大きさは巨人騎兵をしてすら見上げる程に育ち、その幹に明らかに人工的な木造建築物の姿が混じり出す。
木の家ならぬ家付き樹精と言うわけだ。便利すぎるにも程があるが、きぃの召喚カードは大体こんな感じなので敢えてもう突っ込んだりはしない。
静かになった家付き樹精の建物部分が動きを止めたのを見計らって、きぃは家の扉を開いた。明らかに出来上がったばかりなのに新築の匂いがしないのに苦笑してしまう。どちらかと言えば落ち着きのある隠れ家のような様子の造りだった。
きぃは奥まった部屋に入ると、穴のようにぽっかり口を空ける広い虚に向かって右手を振り上げた。途端、虚の中央からもうもうとした蒸気を伴って湯水が勢い良く沸き上がる。
ああ、わかった。このデカい虚は湯船か。
「‥‥かっくん、お風呂入る?」
既に外套を脱ぎ捨てていつの間にかバスタオルを巻いただけの姿になったきぃが振り返って尋ねてくる。
まあ、もう今更だ。僕は頷いて、"衣装チェンジ"による水着への着替えを要望した。
「っ‥‥だぁ‥‥ぁ~っ」
肩まで適度に暖かい湯に浸かると、意識していなかった身体の奥の疲労や痛み、乾きまでもが満たされ、解けていくような気がする。
ずるずると湯船の傾斜にもたれかかりながら、僕は両手で湯を掬って顔にかけた。恐ろしく外が乾燥しているので、これだけでも生き返る心地がする。染み渡るのだ。
ああ、そうか。人間は皮膚呼吸出来たんだっけ、とか意味不明な思考が浮かんで苦笑してしまう。
乾燥と寒さに強張ってしまっていた全身の皮膚が、今ストレスから解放されたと感じているのだろう。ずっと感じていた息苦しさがなくなった気がする。
普段無口なきぃも随分疲れていたらしい。目を細めて湯を堪能しているのはいつも通りだが、顔には艶めかしさより眠気が強く出ていた。
「‥‥そっちはどうだった?」
僕が尋ねて、やや間があった。ただ、目を開けたまま沈黙していたのは今日一日を脳裏で反芻していたのかもしれない。
「‥‥ここでお風呂屋さんは、無理だと思う」
そうだろう。喜ばれはするだろうが、その余裕すらこの国の人々にはないだろうから。
昼間見た農奴の賦役キャラバンを思い起こす。
農奴とは本来小作人を表す考え方だが、この国では悪い意味で農業に従事する奴隷として、この表現に当てはまってしまう。
課せられた税を払えなくなった替わりに働き盛りの男衆が労働賦役による補填を行っているのだ。
それが"開拓団"の始まりであり、今尚続くこの国の暗い実状の一端でもあった。
悲惨な事に村の畑も新たに開墾する土地も悉く痩せ衰え、病が蔓延し、あらゆる大地の恵みが国から失われてしまっている状態。それが今の天馬白月国の実状だった。
故に、賦役として幾ら開拓を繰り返そうとも収穫はなく、あの賦役キャラバンは延々とただ税を払えなかった罰としての側面だけを残して国を練り歩いているのだ。
故にこそ、"地獄の賦役キャラバン"。
地獄の刑罰の目的が罰の贖いであって、それそのものに生産的意義がないように。
彼らは心を殺して、己に与えられた苦難をじっと堪え、定められた時が過ぎるのを待っているのだ。
案山子の群のように。
僕らはこの案山子の群れが地獄の刑罰に練り歩く大地で、古城の為に星貨1枚という夢の大金を稼がなければならないのだった。




