第36話 新たなる力
結晶体によって認証された黒い全身甲冑は速やかに僕に装着された。それによって理解する。
これは、ただの鎧じゃない。
いわば鎧の形をした端末であり、水中や地底、無重力空間でも活動できるように生命維持機能を備えた宇宙服のような物なのだ。
そして僕が想像した通り、非常に高い戦闘能力を有した強化装甲でもある。
機体のおかげで呼吸に支障はないが、まずは水面に出ないと。
僕の思考に強化装甲の制御頭脳が機体制御のパターンを数例提示してくる。せっかくだ、僕は一番楽でこの機体の性能を試せる物を試してみる事にした。
ハクもやってたからな。物は試しだ。
僕の思考に合わせて機体各所に備えられた推進用の噴射口が青白い炎を噴き上げる。猛烈な加速Gと共に景色が後ろに流れ、一瞬で僕は水面に飛び出した。
と言うか飛び過ぎだ。
大空洞の天井辺りまで飛び上がってしまい、胃の下辺りが冷たくなる。多分この機体の衝撃吸収機構なら大丈夫だと思うけど、人間の感覚では墜落死するイメージしか浮かんでこない。
制御頭脳は安全である事を僕にアピール--そうだな、信じよう。眼下にハクと湖沼の2体の巨人騎兵を確認して、その側に着地するように更にバーニアをコントロールする。
着地の姿勢制御はオートで機体がやってくれた。思った以上に僕自身への負荷はソフトに地面に降り立つ。
見上げるような黒の機体が2つ--どちらも登録データベースにない、と制御頭脳の検索結果。解析から、この機体を構築する強化装甲技術の盗用模造品であると推測。なるほどね。
『‥‥まさか、柊なのか』
ひび割れたスピーカーの声で湖沼が呟く。
『ああ、僕だよ。湖沼』
体格差が大きいのは面倒だ、と思っていると制御頭脳が外付けの拡張骨格の選択肢をナビゲートしてくる。反応が近くにあった。これも制御頭脳に任せて使えるように遠隔操作で呼び出しておく。
『‥‥さっきまで結晶素子の事も知らないみたいだったのに。でも柊、今なら間に合う。それから離れるんだ。君はそれと関わっちゃいけない』
真剣な声で湖沼は語りかけてくるが、取り合う気は全く起こらなかった。
『柊、他の誰よりも君だけはその機体に関わっちゃいけない! でないと何もかも失う事になるぞ!!』
勝手に消えて僕らを裏切っておいて、今尚僕の決意を阻むのか。
その時、背後に凄まじく重い何かが降り立つ衝撃があった。拡張視界に表示されたマップ情報からそれが遠隔操作で誘導した外部骨格ユニットなのはわかっている。
僕は制御頭脳に外部骨格ユニットとの連結を指示する。オートで機体が跳躍し、巨人騎兵によく似た漆黒の機体の延髄部の接合部に進入する。
『湖沼。僕ときぃを邪魔するなら、お前は僕の敵だ』
物理的なユニットの結合が瞬く間に完了し、身体感覚が外部骨格ユニットのものにリンクする。
僕が、巨体の騎兵になる。
『それから、二度ときぃを侮辱するな。いい加減に耳障りだ』
『それは全く同感だな』
ハクが器用に巨人騎兵の肩を竦めてみせる。この短期間で随分扱いに習熟したらしい。あの模造品には制御頭脳はないはずだから、誕生にハクの才能なのだろう。今は素直にそれも賞賛出来る気になれた。
僕とハクは1つ頷き合って湖沼の騎兵に向き直った。湖沼の機体は握った片手剣を握り直すと、盾と合わせて構え直した。
『‥‥どうしてもわかってもらえないんだね。なら、力ずくでもそれから引きずり降ろすよ』
『引きずり降ろして、どうするんだ』
『どうもしないさ‥‥柊には』
だが、と湖沼は、声色を低く凄ませる。
『‥‥あの女は殺すよ。あれは世界に生まれた事が間違いなんだ』
僕の中で何かが千切れた。視界が真っ赤に染まり。急速に思考が凍てついていく。
よくわかった。その言葉だけで十分だ。
僕の中で弾けた怒りに押されるように機体が全速で突進する。隙のない小さなモーションで湖沼の機体が片手剣の刃を水平にして突きを放ってくるのが、やけにスローで見て取れた。
見て取れるなら、制御頭脳のサポートでこの機体は対処できる。装甲の分厚い左腕の籠手と肘当て部分を使って突きの軌道を外に逸らす。
湖沼は無理に逆らわず押し出された力を利用しながら円を描くように切っ先を回し、今度は胸元から喉への突きを放つ。
今度はやや体を沈めて突きの軌道を潜る。頭部のバイザーに擦れて片手剣の刃が鋭く火花を散らす。
拳を叩き込むにはやや遠い。もう一歩踏み込もうとしたのに先んじて湖沼は半歩下がった。突きの為に踏み出した足を戻しながら延びきった腕が胸元に引き戻される。
電光石火、今度は確実に当てる為の正中線上の鳩尾への全力の突き。
不意に制御頭脳からの警告。体重移動の終了予測地点と突きの力点予測とのズレ。二段突きへの変化、と推測。予測軌道が数本の赤い線として拡張視界に表示される。
面白い。この巨体でそんな剣術を編み出す湖沼に対しての微かな賞賛と、それ以上に真正面から蹂躙してやろうという獰猛な戦意が沸き上がる。
装甲強度上問題なし、と制御頭脳が回答するのを確認して、僕は真っ直ぐ攻撃モーションに入った。
視界のスローモーションが解除され、湖沼の機体が鋭く加速する。目にも留まらぬ鳩尾と、左肩、そして喉元への三段突き。
だがそのいずれも、硬質な金属と共に僕の機体装甲に弾かれるだけだ。
火花を散らしながら滑った刃先が視界の左上方に消えるのを見ながら、僕は射程圏に入った湖沼の機体の鳩尾辺りを狙って渾身の右拳を叩き込んだ。
衝撃を受けて体勢を崩すその肝臓辺りに今度は反動を付けて左拳で追い打ちをかける。
向こうは制御頭脳の予測を超えた三段突きをやって見せたんだ。僕もお返しをしてやろうじゃないか。
更に反動をつけて振り子の原理で加速しながら、浮き上がった下腹部に右拳。徐々に浮き上がる脇腹に左拳をぶち込み、最後に落下してくる機体頭部をフィニッシュを叩き込む。大きく弧を描いた右拳で殴り飛ばし、そのまま体重を全て載せて地面に縫い付ける。
湖沼の機体はたったそれだけで機能を停止していた。
肩慣らしにもならない、僅か数手の出来事だった。
耳障りな音を立てながら最後の力を振り絞るようにして湖沼の機体が身じろぎする。少しだけ浮いた隙に、延髄部のハッチが開き、湖沼が這い出てくる。
5,6階建ての建物から叩きつけられたようなものだ。あの巨人騎兵がどれほどの衝撃吸収機構を備えているかはわからないが、湖沼の様子を見る限りかなり搭乗者にダメージが残っているのは間違いない。
『行けよ。今回だけは見逃してやる』
だけどもし、この後もきぃを狙ってくるなら‥‥その時は容赦なく潰そう。
その為に力を望んだんだから。
やがて足を引きずりながら湖沼が姿を消し、僕らは重傷を負ったドワーフ老を回収して地上へ帰還した。
「クッソ、あの黒騎士のヤローそっち行ってたのか‥‥あーあァ、今回はハズレ引いたぜ」
地上に戻ると麓の戦線はほぼこちらの圧勝に傾いていた。そこに僕とハクの巨人騎兵が駄目押しを掛けた為、紫藤は物足りない様子だった。
彼にも黒騎士が湖沼だった事は伝えてあるが、元々ほぼ面識がないのもあってリアクションは薄かった。ただ、「何だよ、一度風呂ステージでオレが勝ってンじゃねーか。なら一勝一敗でタイだな」とあくまで負け越していない事を重要視してはいたようだが。
それよりも食いつきが良かったのはやはり地底湖で手に入れた巨人騎兵で、自分も動かしたいと散々せがまれた。
しかし、渋々結晶体を渡してはみたものの、どういう訳か僕以外が使用する事は出来なかった。専用の機体、というフレーズが思い浮かんで少しだけ口許が緩む。
僕の機体が使えないとわかると、紫藤はあっさりハクが鹵獲した計4体の巨人騎兵に興味を移して早速乗り込んでいた。
僕らは賑やかに騒ぎながら、城への帰路に就いた。
これにて第2章完結となります。




