第34話 地底の再会
行き止まりの部屋から続く長い長い階段は、途中で緩く螺旋や描きながら地下深くへと延び、やがて唐突に視界が開けた。
そこにあったのは、淡い蛍光色の光を散りばめた銀河だった。
四方を岩壁で覆われてはいたが、眼下の空間には巨人騎兵どころかフリッツの城を移設したとしても十分に余裕がある程だ。そのそこら中の地面や壁、天井に至るまで、あちこちに結晶のような物が散りばめられ、幻想的な光を放っているのだ。
仄明るい光景の向こうに、より白々と光を湛えているのは地底湖だろうか。水面に近い程明るいのは、湖底により強い光源が沈んでいるからだろう。
「こりゃたまげたナ。あの砦はここの入り口だった訳かい」
ドワーフ老は立派な顎髭をしきりに弄りながら、ランタンの火を消してベルトの金具に戻した。確かにこれだけ明るければ他の灯りは要らないだろう。
僕らは道なりに大空洞の中央へと降りていった。地面は平坦ではなくすり鉢状に窪んでおり、その一番深い場所が地底湖になっているようだった。逆に砦への階段はすり鉢の外縁と天井の接する辺りにあった。
やがて地底湖の周囲が見える所まで来ると、湖底の光源が朧気に見えてきた。
それは、巨大な結晶だった。
地面や壁面に散りばめられたそれと同質の、しかし圧倒的に巨大で、輝きもまた遥かに澄み渡って美しい、城1つ程もありそうな輝く結晶塊。
そして更に、その結晶の中に何かが見える。
「‥‥何だ、あれ」
静かとはいえ揺れる水面と結晶の層が光を乱反射する為にはっきりと見て取れる訳ではなかった。
だが最初にそれを見た僕の印象は“鋼鉄の戦艦“だった。
地球の大戦に出て来るような海の船ではなく、もっと突拍子もない、SFで宇宙を翔けるような鑑。
そんな物が何故ここにあるのか。
もしかしたら召喚された中に文明の進んだ世界の人がいて、僕らが学校ごと転移させられたように鑑ごと転移させられたのだろうか。
だとしても、地底湖の底に沈んでいる理由と結晶に閉じ込められている理由まではわからない。
「おい、あっちに何かあるみたいじゃぞ」
僕はドワーフ老の声に、取り留めもない思考を放棄した。
彼が見つけたのは地底湖の畔に立つ石碑のような物だった。
石碑と言うのか、どうやらよく見ればこれもまたあの鑑を閉じ込めた結晶と同じ物であるようだった。ただ透明度が低く、光を放たないが為に暗い硬質な金属か光沢のある石のように見えているのだった。
端末のライトを点けて覗き込んでみる。灯りがあれば見通せそうだ。
角度を調整して、結晶塊の奥のそれに焦点が合う。
「うわっ!」
途端、僕は悲鳴を挙げて地面に倒れていた。
ドワーフ老が怪訝そうに自分も再びランタンに灯を入れて結晶塊を覗き込む。やがて、僕が見た物を見出したのだろう。緊張した声で唸るのがわかった。
それは、ミイラだった。
真っ黒で鋭角的な全身甲冑を身にまとい、苦悶の表情で胸をかきむしり、その状態で結晶塊に閉じ込められたような。
「奇っ怪な‥‥この結晶は一体何じゃ? そこの水底のもそうじゃし、このミイラも自然に出来た物とは思えん‥‥」
ドワーフ老の思わず零したと思われる呟きに、予想外の所から答えが返ってきた。
「それはそうさ、神の怒りの為せる御業という奴なのだから」
僕とドワーフ老は咄嗟に武器と盾を構えながら振り返った。
僕とドワーフ老の持つ灯りの輪の中に、ゆっくりと一人の人影が入ってくる。
スマートな艶消しの黒の全身甲冑。気障な態度。砦で紫藤を刺した敵。
「黒騎士‥‥」
「随分曖昧な呼び方だな。柊、君ならもう察しはついてるんだろう?」
言って、黒騎士は兜の面頬を上げる。
残念ながら、こちらの予想は当たっていた。現れたのは僕もよく知る人物の顔。
「‥‥湖沼」
何でだよ。
「そう、久しぶりだね柊。まあ、黒騎士としてはこの前に会ってる訳だけど」
何でお前、そんなに嬉しそうな顔で僕の前に立ってるんだよ。
久しぶりに見る湖沼の顔は相変わらず涼やかな男前で、だけど校内で見た時よりも暗い陰が落ちているようにも見えた。
「しかし驚いたよ。この砦で会うだろうとは思ってたけど、まさかこの地底湖に辿り着くとはね」
ねえ、と明るい声で湖沼は言った。TVCMを飾れそうな笑顔を貼り付けて。
「どうやってここまで来たんだい? 鍵がなきゃそもそも入れないし、持ってるようにも見えないけど‥‥」
言って、手の中でキーホルダーのような物をくるくると弄ぶ。いや、その光り方に見覚えがある。あの結晶で出来ているのだろうか。
「‥‥やっぱりね、君はこれが何だかわかってない。って事は正規の手段以外の来ちゃったのか。さすが、持ってるね、柊は」
諦観のこもった嘆息。苦笑い。微かにちくりと刺すような毒。
かつて見知っていたはずの湖沼が、見覚えのない粘着質な視線で僕を見つめている。
不意に校内ダンジョンの森で黒騎士達に囲まれて殺され掛けた時の恐怖が湧き上がる。
僕は知らずにとんでもない場所に踏み入ってしまったのかもしれない。
と、そんな僕を見かねてかドワーフ老が手斧を片手に前に出る。湖沼はそれを見ておかしそうに笑った。
「心外だな、そんなに怯えなくていいよ。ボクは柊を傷つけたりしないからさ」
「そう殺気を纏いながら言っても説得力がないわいナ、若いの。兄ちゃんが怖がっとるからその辺にしといてくれんかね?」
ドワーフ老の言葉に湖沼の笑みが固まる。
「おかしいね、随分人がましくほざくじゃないか。ドワーフもどき」
「失礼な奴じゃな、これでも生粋のドワーフじゃわい。酒を産湯に穴蔵で炉と鉄と槌にまみれて二百と余年じゃ!」
豪快に笑い飛ばすドワーフ老に、湖沼は忌々しげに顔を歪めて言い放った。
「生きてる内はそうだったんだろうね‥‥今じゃ死霊術で動いているだけの動死体がほざくな!!」
僕もドワーフ老も言葉を失った。
フリッツの事が脳裏を過ぎる。
広義の意味でいえば、彼らは二度目の生を受けた存在なのは、確かなのだ。
その指摘は酷く冷たく僕の胸を抉った。
「いいかい、柊。あの女がやっている事は神への冒涜なんだ。死者を弄び世界の秩序と理を自分に都合のいいように捩じ曲げる犯罪なんだよ」
湖沼は熱に浮かされたように醜く歪んだ形相でドワーフ老を睨みつけながら吠えた。
「そんな事が許されると思うかい? 否、許されない。許されていい訳がない!!」
激情のままに猛った湖沼は、不意に脱力すると虚空を見つめながらぼそりと呟いた。
「‥‥だって不公平じゃないか」
次の瞬間湖沼の手の中にあった結晶が一際強く輝き、湖沼の全身を包み込む。やがて光が収まった時、そこには湖沼が身に付けていた甲冑とよく似たデザインの巨人騎兵が佇んでいた。
「あのデカブツを呼び寄せる鍵だったんかい‥‥!」
ドワーフ老は手斧を構えながら後ずさりするが、根本的にサイズが違いすぎる。この体格差で巨人騎兵を下したハク達が規格外なのだ。
『そこをどけよ、ドワーフもどき。僕と柊の邪魔をするな』
黒い巨人騎兵の中から湖沼の声が響く。スピーカーを通したからか、妙に金属質な声色だった。
「兄ちゃん逃げろ! コイツの狙いはアンタじゃ!!」
ドワーフ老はランタンを振りかぶると、巨人騎兵の兜に向けて投げつけた。ガラスが割れてまき散らされた油に火がつくが、あの鋼鉄の巨体では嫌がらせぐらいにしかなっていないだろう。
「早く! 早く行かんか!!」
声の限りにドワーフ老ががなる。僕は、駆け出すか留まるか、逡巡してしまっていた。
見る間に巨人騎兵の腕が振りかぶられ、煩わしげに手の甲で払いのけられる。ドワーフ老の身体が軽々と放物線を描いて跳ね飛ばされた。
だが、ドワーフ老は手を付いて起き上がると、酒灼けした嗄れ声をあらん限りに振り絞って叫んだ。
「白騎士の旦那!! 至急応援頼むじゃ!!」
『委細承知!』
聞き覚えのある声が響くと同時、けたたましい破砕音をさせながら大空洞の天井が砕け散った。
星空に入った黒い亀裂のような闇の向こうから、黒い巨人騎兵のシルエットが飛び出してくる。
ハクだ、と直感で理解出来た。
『またお前か、木偶人形‥‥!!』
『悪いが人形遊びにお付き合い願おうか、黒騎士殿!!』
刹那、二つの巨体が激突する。
金属の塊同士がぶつかり合う轟音が大空洞に反響する。地響きと共に突風が吹き荒れ、僕はたたらを踏んでドワーフ老の側に倒れ込んだ。
ハクもそうだが、湖沼の操る巨人騎兵も地上で運用されていた物とは動きの鋭さが段違いだった。自然、剣戟の余波と言うべき被害も格段に危険な物になる。
ビルでも解体出来そうな大きさの剣が盾に阻まれて地面を割る。
盾によるシールドバッシュを受けた巨人騎兵の体勢が崩れ、滑る足先は岩を砕き礫を飛び散らせる。
そして鍔迫り合いにもつれ込んだ2体の巨人騎兵は競り合いながら足でも技を掛け合い、とうとう双方地面に共倒れになる。
不運な事に僕はまだドワーフ老の側で立ち上がれていない状態だった。
黒い鋼鉄の巨体が津波のように視界一杯に広がりながら迫って来るのを、僕は為す術なく見つめるしかなかった。




