第31話 訣別
行きは良い良い帰りは怖い、なんて言い方があるけれども、僕らの学校への帰り道はすこぶる順調だった。
まあ、行きは拠点になりそうな場所を探していたし、この国の様子も調べながらだったから比べるのは間違っているかもしれない。
ただ、余りにすんなりと見覚えのある小さな砦が見えてきて、逆に心の準備が間に合わなかったのは間違いない。
「オイ柊! 何ノロノロやってんだ、置いてくぞ!」
「‥‥わかってるよー」
紫藤もこの旅路で事あるごとに僕が気乗りしてないのがわかったのだろう。段々態度が元のかみつき方に戻ってきている。
素直でちょっと認めてくれてる感じ、今思うとデレ期だったのかもしれない。惜しい事をした。
『克也、過ぎた事は悔いても仕方ない。今は誠意をもって黒塚殿に想いを伝えるしかないだろう』
ハクの優しさは有り難かったが、端的に言って「諦めて怒られろ」と言われてるだけなので気は晴れなかった。
僕は重い溜め息をつきながら転移魔法陣を潜った。
「随分長い家出だったネ~」
出迎えてくれたのはやはりと言うか木下さんで、僕は問答無用で奇兵隊の詰め所に連行された。
揃っているのは偵察隊の報告の時にいた面子とほぼ変わらない。奇兵隊の首脳陣勢揃い、といった所だ。
「自分探しはうまくいったかい」とニヤニヤ笑うのは鬼畜ドS眼鏡だ。ただ、目は笑ってない。
そして、僕の前には黒塚が座っていた。相変わらずの巨体に鋭い眼光。しかし、どっしりと腕を組んで座す彼の姿からは、いつもの気圧される程の存在感が欠けていた。
顔を上げたその目の下には濃い隈があった。顎周りにはうっすらでは済まない髭。周辺の拠点との顔つなぎの帰りなのかもしれない。
「‥‥決めたのか」
傲岸な態度すら少し煤けて見えるぐらいだったが、僕はそれをカッコ悪いとは思えなかった。
黒塚は僕が考えるのを放棄した正攻法を今も模索しているのだから。
「ええ。悪いですがチーム“鍵屋“は学校を出ます」
多くは語らない。離れる以上は別のクランだ。情報を与える事で獅子太陽国にまで付け狙われるのは勘弁して欲しい。
黒塚は少し瞑目すると、眉根を指先で揉んだ。漏れる吐息が僕への落胆と失望を現しているように聞こえる。
「‥‥ああ、今のは別に柊にじゃない。思った以上に展開が早くて後手後手になっててな。もっとお前らをうまく使ってやれると自分じゃ思ってたんだが」
どうも俺はそこまでの器じゃなかったらしい、と黒塚は自嘲気味に笑った。
「正直、お前等が抜ける事によるデメリットよりも、残る事のデメリットの方が大きくなってしまっていたからな。その意味では手間が省けたとも言える」
獅子太陽騎士達からの連絡はまだらしいから、状況に変化があったとすれば他拠点との交渉の方だろうか。
僕がそんな風に考えていると、黒塚は少しだけ笑顔を浮かべた。
「面倒見のいい拠点があってな。こちらが子供ばかりと言う事で、傘下に入るのを条件に協力を申し出てくれているんだ」
ただ、と黒塚は続ける。
「そこの拠点も賊の奇襲を圧倒した戦力については気にしていてな。事あるごとに腹を探られていたのが現状だ」
聞く限り、危うい話なように思えた。もしその拠点が好意的な話を持って来ているのが僕ら目当てだった場合、手札がなくなった黒塚達に同じ条件で接してくれるんだろうか?
いや、と僕は考えを押し止めた。
だったとしても、僕らに出来る事はないんだ。僕らは自分達の都合を優先して離脱する事を選んだ。そんな僕らから言葉だけ心配されても、彼らも困るどころか怒るだろう。
「‥‥じゃあ、万事解決ですね。良かったです」
「ああ、こちらの事は問題ない」
僕の必死で作った言葉に、黒塚もやや不自然な笑顔で問題ない事を断言する。やや突き放された距離感に拒絶を感じた。
続けて、黒塚は僕の横に座る紫藤を見やる。
「紫紺騎士団‥‥奴らの事はどうする?」
何も言わないが、学校側に残した方が交渉カードとして使えるのは間違いない。獅子太陽騎士団からは首を求められ、周辺拠点には彼らに襲われた村もある。
だけど、僕はあの森の中で確かに紫藤に命を救われている。そこだけは、譲れなかった。
「‥‥黒塚サン、お世話になる拠点‥‥ええと、どちらでしたっけ?」
「何処でもいいだろう、離脱する奴に教える義理はないよ」
答えたのは鬼畜ドS眼鏡だ。僕はスマイルを崩さずに続けた。
「残念、まあ何処でもいいですが、そこに僕らの離脱はどう伝えるつもりです?」
「それがお前らに何か関係するのか」
黒塚の表情は巌のように固まりつつある。眼光がかつて勧誘を受けたあの頃よりも更に冷たく細められる。
一度は同じ釜の飯を食った人間にこういう顔をされるのは、凄く胸が痛む。
「まだシナリオが出来てないなら、その人達にも獅子太陽騎士団の方々にも、僕らを悪者にして頂ければ結構ですよ。彼らには僕らの拠点で共に働いてもらいます」
会議室の空気が一気に変わった。気の早いのが何人か腰を浮かし掛けて椅子が軋む音が響く。
「‥‥話題の独立愚連隊は野盗化して、ついでに捕虜の賊を連れて逃げた、とかか?」
「そうですね、それでいいです」
僕の答えに、沈黙が返ってくる。徐々に会議室に充満する敵意が濃厚さを増して火花が散りそうだ。
「‥‥許すと思うのか」
誰が言ったのか。
その瞬間、幾つかの事が立て続けに起きた。
長机が蹴倒され、席を立った数人が僕と紫藤目掛けて飛びかかってくる。紫藤も咄嗟に剣を抜き、自分を取り押さえようとする両脇の生徒の膝と肩を一息に突き刺す。
黒塚は座したまま動かないが、傍らに座っていた木下さんが矢のように僕に飛びかかり、次の瞬間天井を砕いて乱入したハクの盾で打ち据えられて壁際まで吹き飛ばされる。
そのハクが飛び込んできたプレハブの屋根の穴を振り仰ぐと、真っ赤な忍者装束の鳶長さんが見事なフォームでハクに飛び蹴りを放ち、倒れた木下さんが机の残骸の中からナイフを投擲。それぞれ、ハクの盾と紫藤の剣が叩き落とした。
白と紫紺の騎士が僕の両脇を固める。黒塚はそれでも動かなかった。
「許されようが許されまいが、僕らは僕らの選択でここを出ます。紫紺騎士団の代わりにギルドと迷宮で作った施設は残していきますから、それでチャラにしてくださいよ」
ハクが飛び込んできた時に出来た穴のお陰で、室内の蛍光灯は割れて薄暗く、上から差す陽の光だけが強く逆光になって部屋の中を照らしている。
腕組みしながら僕らを睨みすえる黒塚の顔は、疲れて煤けて見えた。
「‥‥お元気で」
僕と紫藤はハクにしがみついた。ハクがマントを翻して一息に跳躍する。蒼い噴射炎の光を曳いてその白い鎧姿がどんどん地上から遠ざかっていく。
「……ってハクこれ飛んでない!?」
『機材がないから長時間の滞空や滑空は無理だ。本当に跳躍補助でしかないが』
「マジかよ、大ジャンプで逃げるって聞いてたから脚力オンリーだと思ってたぜ」
ハクの頭に捕まった紫藤がまわりの景色を眺めながら呟く。いや、僕もそう思ってたんだけどね‥‥。
『この間見たロボットモノで私に似た白いのが地球という場所でやっていたのでな。私のジャンプもなかなかだろう?』
‥‥機械騎士長だけに○ンダムにインスパイアされたのか。
ともあれ、僕らは何とか課題だった奇兵隊との離別を済ませた。後は転移魔法陣を閉じて帰るだけだ。
僕らはグラウンドを大ジャンプで突っ切り、校舎の端に降り立つとダンジョンに向かって走った。




