第30話 千客万来
それからの僕らは、城の改築と戦略の増強に専念する日々が続いた。
城の外壁や空堀、見張り櫓が改修され、城の居住設備も復旧した。今や召喚されたノームやドワーフ職人達は城外に簡素ながらも町を建設している段階だ。
エルフ達は学校のダンジョン農場の時と同じようにきぃの能力で出した水源を使って異常に収穫量の多い農地を開墾している。
そして僕らは定期的に白き月の遺跡に通ってはptとドロップアイテムを稼いでいた。ここのモンスター達は異様に兇悪な為、校内ダンジョンとは得られるptに雲泥の差があった。
概ね、拠点としての下地は揃ったと言えるんじゃないだろうか。
と、そんな頃合いを見計らったかのように、この城に客人が訪れたのだった。
「全く、何処に消えたのかと思ったらこんな奥地の方に城なんぞおっ建てやがってよォ」
客人は紫藤だった。相変わらず紫紺騎士の装備をしているが、少し顔つきが逞しくなったように見える。
僕は応接間のテーブルを挟んで紫藤と向かい合っていた。少し前に校内の拘置所で面会した事をふと思い出して、おかしくなってしまう。
何だか随分昔の事のように思えてしまうのに、紫藤のだらしない座り方は示し合わせたように変わらなかったからだ。
「ンだよ。どーなってるか心配してたけど杞憂みてェだな」
「紫藤はどうしてたの? もう傷は大丈夫?」
僕が尋ねると彼は口角を挙げて鼻で笑った。
「治癒魔法があンだから体力と血が戻りゃ身体に支障はねーンだよ。ただ、あの黒騎士にゃリベンジしねーと気が済まねーからよ。ココに来るまでも片っ端からモンスターにゃケンカ売りながら来たけどな」
逞しく見えたのはこのせいらしい。
と、紫藤は何かを思い出したらしく表情を変えた。
「柊、お前らこんだけ立派な拠点作ってンだからもうあの学校にゃ戻らないんだよな?」
言われて、少し言葉に詰まる。
答えとしては“YES“だ。僕らはもうあそこには戻らない。ただ、それを口に出して言うのには別種の思い切りが必要だった。
紫藤は僕の沈黙を肯定と受け取ったのだろう、話を続ける。
「まァそりゃ別にいンだけど、あの転移魔法陣だけは先に閉じとかねーか? 裏口が開いてるみたいで皆気が落ちつかねーんだよ」
そう言えばそうだ。落ち着いて黒塚達に別れを告げる時に塞ごうと思ってそのままだった。
「ちょーどいいだろ。こっちが落ち着いてンなら一度黒塚達と話すのも含めて魔法陣閉じに戻らねーか」
紫藤がそこまで言った時だった。
「あの‥‥柊様、お客様です」
家妖精が新たな客人の来訪を告げた。
今度の客は城内まで通されなかった。城門で兵士に止められていると聞いて、僕は応接間に紫藤を残して表に向かった。
途中でハクが合流する。
『克也か、詳しい話は聞いているか?』
「いやぁ、門番に止められている客人だとしか」
ハクは歩きながら甲冑の肩を竦めて見せる。
『こちらも同じ程度しか聞いていないが、面倒な事だ』
大階段を降りて1階の回廊出る。そこまで来ると外の騒がしさも聞こえるようになった。
どうも責任者を出せと来訪者(もう客とは呼べないだろう)が居丈高に兵士に怒鳴っているようだ。と言うより押し合いになりかけているらしい。
僕らは慌ててロビーまで出た。
「どうしたの、一体」
「これは柊様」
押し込もうとする白いロシアの軍服のような出で立ちの髭男を懸命に留めながら、兵士の1人が僕に気付いた。
同時に兵士3 名を押し退けようと奮闘していた白軍服の男も僕に目を留める。
「ええい、離せ。儂らはこの廃城に野盗が住み着いたと近隣の町より知らせを受けてここに来たのだ! 責任者はお前か!」
野盗と来たか。まあ、普通廃墟に住み着くと言えば野盗か浮浪者だろうからお巡りさん的な存在からすると取り締まりの対象なのは理解が出来る。
「ええ、このクランのリーダーを務めてます、柊克也です」
「フン、東洋系か。プレイヤーか?」
軍服男は厳めしい目つきを緩める事なく問うてくる。こう聞いてくるって事は珍しくないのだろう。特に隠し立てする意味もないので肯定する。
「野盗にしては小綺麗だな。それに‥‥」
と、彼はロビーの奥を忙しなく行き来する家妖精達を見やる。大掃除はもう終わりつつあるけれども、城内の仕事は山積みなので彼女達はいつでもネジを巻いたように活発に働き回っている。
「随分大所帯なようだ」
「ええ、まあ。お陰様で」
男は眉をしかめて荒い鼻息をついた。東洋系な言い回しは皮肉に聞こえたかもしれない。
僕は話題を変える事にした。
「で、貴方はどちらから? 野盗の疑いは解けたと思いますが」
「‥‥儂は南の砦の副官をやっとるヒッグスという者だ。確かにお前は野盗ではなさそうだが‥‥」
どっちかと言や詐欺師だな、とふてぶてしく言い放つ。僕は営業用のスマイルのまま肩を竦めて見せた。
ヒッグスは少し改まると、今度は仕事の顔で話を続けた。
「お前達が廃墟を改修してくれるのはまあ構わんのだが、一応ここも国の領地でな。賃料ぐらいは払ってくれ」
「わかりました。ちなみに支払いはどうすれば?」
ヒッグスは月に金貨10枚、と告げてきた。
銀貨が1枚100ptで、金貨はその100倍だ。鍵屋レートなら月300万円の家賃って事になる。ただ、城を借りた事がないから高いのか安いのか判断がつかないけど。
逆に白き月の遺跡で稼いでいる収入から考えると鋼の大蟷螂3体ちょっとと言う所か。素材を売る分を考えれば十分賄える額ではある。
僕は興味本位で聞いてみる事にした。
「ちなみに買い取りだとどのぐらいなんです?」
そう言うと、ヒッグスは明らかに気分を害したようだった。何だ?
「‥‥星鉱貨1枚って所だろうな」
後で聞いてわかった事だけど、金貨100枚で大金貨。大金貨100枚で星鉱貨になるらしい。つまり1億ptで、30億円相当だ。ワオ!
「言っとくが聞かれたから答えただけで、お前らみたいなプレイヤーに用意出来る金額だとは毛ほども思っとらんからな。後、万が一に用意できても絶対大金貨で出せよ!」
誰も実際に星鉱貨を見た者がいないので真贋判定が非常に面倒らしい。
ヒッグスは今月分の家賃を受け取ると、そのまま帰って行った。今後は部下が来るとの事だったので念の為に領収書を書いてもらう事にした。
『騒がしい御仁ではあったが、獅子太陽国の騎士よりは話が出来そうだな』
「お金で解決するならね」
もっとも、これだけで済むのかたかられるのか、なんて心配は尽きない訳だけれど。
ともあれ、今は賃貸でも構わないかな‥‥などと僕は呑気に考えていたのだが。
「購入する必要がある?」
僕の前ではきぃとフリッツが申し訳無さそうに顔を見合わせていた。
「購入って、この城の権利ですよね? 何でまた急に」
僕が尋ねると、フリッツは城の見取り図を広げて見せた。
「私も知らなかったのですが、今のこの城の正式な所有者は天馬白月国になっているのです‥‥と言っても管理も出来ず名義だけ持って放置されていたようですが」
それでも所有権だけは手放していないらしい。まあ、それはヒッグスの交渉内容からも間違いないだろう。
「それは、ここに来た時からそうなんですよね?」
「ええ。ただ、城の拠点機能を回復している内に肝心な機能が働いていない事に気付きまして」
“管理機能“が使えないのです、とフリッツは告げた。
どうも管理機能というのは拠点が拠点である為に必須の機能らしく、僕らの学校で言えば初期の外界との接触を阻んでいたフィールドやインフラの管理などもここで行っていたらしい。
生徒会が管理していたにしては権限がなさすぎた気がするな、と思っていると、
「恐らくそれは初期の“試しの儀“が終わるまでの暫定管理者だったからでしょう」
フリッツの予測では試しの儀(校内戦)が終わった段階でトップの生徒に管理者権限が譲渡されたのでは、という事だった。
「使えないとどうなるの?」
正直な所、水や食料はきぃの召喚カードがあれば問題ない気がする。
しかし、フリッツは眉をしかめると頭を振った。
「主殿の能力があればただ暮らす分には問題はないでしょう。ですが、もし所有者の気が変わった場合に問答無用で退去させられます」
「問答無用って言うのは‥‥」
「物理的に締め出されます」
流石にそれはマズい。あの態度ならヒッグスが手のひらを返すような事をするとは思えないが、彼個人の性格と上位下達の組織が下す判断は別物と考えるべきだろうし。
「pt稼ぎか‥‥」
遺跡のモンスターも相当な稼ぎになるけど、鋼の大蟷螂を100体以上狩るとなると現実的じゃなくなってしまう。
即座に答えが出るはずもなく、僕は頭を抱えて作戦室を出た。
「空き家だと思えば賃貸物件で、しかも買い取りマイホームにする必要が出て来たと。幸先イイじゃねぇか、柊」
再び応接室。戻ってきたかと思うと苦々しい表情の僕に、紫藤は楽しげに笑って言う。
「‥‥そりゃどーも。ついでに買ったら欠陥住宅なんて展開だとキミのお気に召す流れかな?」
「まさか。交渉相手が獅子太陽国ンとこの騎士よりゃ全然イイってハナシだよ」
嫌みかと思ったら、意外にも紫藤は真面目にそう考えているようだった。
まあ、確かに話に聞いた獅子太陽国を相手取るよりはマシなんだろうけど。
「とは言ってもすぐ結論が出るワケじゃねーんだろ? まずは学校の裏口閉じに行こうぜ」
ぐうの音も出ない正論だった。
という訳で、僕とハク、紫藤と数人のグループは学校へと戻る事になったのだった。




