第2話 模擬戦
「きぃ、いたのか」
「いる‥‥よ。帰宅部だし。ナニモノにも縛られないのがきぃクォリティ‥‥」
言いながらクラゲのように踊り出すきぃ。柔らかいのはわかるけど、超絶美少女がその辺でやっていい動きじゃない。ほら長谷部がキョドってるから‥‥。
こいつ、瀬之宮鍵音こと“きぃ“は僕の幼なじみだ。
はい!勝ち組爆発しろって思った奴挙手!
うん。まあ否定はしない。きぃと出会って以来そこらの美人美少女にドキドキしなくなったのは確かだ。
ただ、きぃはちっこい。
小学5年の辺りから成長が止まったみたいに変わらなくなった。
僕としては‥‥もう少しこう、ボリュームのあるシルエットが好みなんだよね。
手のひらに収まるぐらいがいいとは言うけど、まな板に欲情する程枯れてない。
だからアレだ。きぃは僕の妹みたいなもんだった。
向こうも多分、近所の兄ちゃんみたいなつもりでいると思う。
「かっくん、失礼な目できぃを見るの禁止‥‥!」
生暖かい視線に気付いたきぃがクラゲ踊りからの下段小キック連打で責めてくる。うん、ちっこ可愛痛い。地味に脛が痛可愛い。
「で、きぃはどうなんだよ」
こいつの事だから天に愛されてるか、はたまた理解不能なこじれ方をするか、きっとまともではないんだろう。
半ば期待しながら尋ねてみると、ずいと顔の前に彼女の端末が突きつけられた。ちなみにきぃはかなりのヘビーゲーマーな上に父親の手ほどきもあって、持っているのは原型もわからない程チューンされた質実剛健な端末だ。
その端末を器用に僕に見せながらついついと指先で操作する。地味に器用な奴だな。
◇氏名:瀬之宮鍵音◇
level:aw/18?た5
class:治湯士(A++)
skill:専用バトルステージ(A+)
特殊バトルルール付与
[天与]湯煙ガチャ(SS++)
後 者 だ っ た ‥‥!
ナンダコレ。
さっきの異世界校内放送より意味わからん。
level欄読めないし。治癒士?の癒の字も誤字ってるし。てゆーかガチャて。
「きぃ、バグっ、た‥‥」
端末越しに見たきぃの瞳は綺麗な琥珀色だったが、若干死んだ魚のように濁ってるように見えた。
この衆人環視の中で美少女に泣かれるのはかなり死にたくなるので、僕はきぃを連れて迅速に場所を移動した。
「ふ、ふふ、詰んだ‥‥」
メディックがいたら呼びたい克也です。さっきから校内アナウンスはアクティビティの説明やルール解説、デモンストレーションを繰り返しているが、きぃのSAN値がヤバい。
どうやらアクティビティが正式に解禁されるのは明日からになるようで、今日は模擬戦モードしか出来ないとか何とか。
‥‥ホントの所を言うと、僕は自分の力が試してみたかった。
いや、だって炎の剣士デスよ?
主人公属性じゃないですか‥‥!
きっとアレだ。ライバルに雷か氷属性のクール系イケメンが出て来てお互い切磋琢磨しつつ活躍したりするんだ。ふふ。
とか思ってたのが顔に出てたらしい。視線を感じるときぃの恨めしげなジト目が僕を見つめていた。
こんな時でも美少女は絵になるから得だな‥‥。
「‥‥かっくん、たすけて‥‥」
おまけに涙目。これは酷い。これで助けないと僕悪者確定だね!
まあ、元より幼気な幼なじみを(字面がやたらロリロリしてるな‥‥)見捨てるなんて僕に出来る訳がない。
「今さっき、模擬戦なら出来るって言ってたし。取りあえず何が出来るかやってみるか?」
しばし考えた後、きぃが頷く。
ちなみに対戦は端末同士を向け合ってペアリングする事で始められるらしい。端末持ってない奴は校内ネットワークに繋げたPCとかからやるんだとか。
ともあれ、僕ときぃの模擬戦が始まった。
カポーン
気がつくと、一面を霧が覆っていた。
いや、待て。さっきの音は確か‥‥。
と逡巡している僕の前で、制服を脱ぎ捨てたきぃがざばざばと水音を立てて身を投じていく。
「うぉぉおおい!ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」
全力全開で僕は叫んだ。
何。何なの。ここどこなの!?
何できぃが脱いでるの!?
「ここ、お風呂。きぃ水着だから、問題なっしんぐ」
手拭いを頭載せたきぃがぷかりと水面に‥‥いや、湯船に浮かぶ。
ゆらゆら乱反射する水面の向こうは確かに学校指定の水着の色をしていた。
「‥‥かっくん見過ぎ」
どうもガン見してたらしい。目を合わせるときぃの琥珀色の瞳が冷ややかにこちらを見つめていた。
「で、ここが風呂なのはわかったんだが‥‥何で僕らはここに?」
「これは、きぃの能力みたい。対戦前にステージ、選べた」
アレか。専用バトルステージって奴。
確かに馴染みのあるステージで指定して戦えるのは、いわゆる地の利ってのを活かせるのかもしれない。視界も悪いし。
「で、何故きぃはそんなにくつろいでるんだよ。一応何が出来るか試してみる為の模擬戦だろ?」
僕も洗い場にあったプラスチックの椅子を取ってきて座りながら、きぃの近くに行く。
きぃは不思議そうに首を傾げた。
「‥‥試してるよ?」
「は?」
「ゲージ、見てみて」
言われて、気付く。意識すると視界に格闘ゲームの体力ゲージみたいな物と、残り時間らしきカウントダウンが見えた。
他にも必殺技ゲージやら色々気になるものはあるんだが‥‥それよりも、だ。
「何で体力ゲージが0から始まってるんだ‥‥?」
そう。僕の体力ゲージは0だった。
そしてきぃの体力ゲージが、見る間に上昇していく。
「これは、体力ゲージじゃなくて“満足ゲージ“。先に満足しきった方が、勝ち」
はふぅ、と湯に浸かったきぃが至福げな吐息をつく。
一方で僕は理解が追いついてなかった。
“満足ゲージ“? 対戦格闘じゃなくて?
ていうか何できぃはそれを知ってるんだ? 訳がわからない。そもそもステージもルールも全く僕の知ってる格ゲーじゃ‥‥。
そこで、気付いた。
「‥‥“特殊バトルルール付与“って奴か‥‥!」
僕の呟きに、きぃが「いぇー」と親指を立てる。
マジか。何でもアリだなコイツ‥‥。
とか考えてる間にきぃの満足ゲージはMaxまで達し、大きな銅鑼の音と、視界にデカデカと表示された「ご満悦」の文字とアナウンスによってワンラウンドが終了した。
やかましいわ。