第26話 癒やし導く者
「お邪魔しまーす‥‥」
呟いた声に応えはなかった。
薄暗い城の中は随分放置されていたのだろう。埃だけでなく石組みのあちこちが苔むしていた。
『誰もいないようだが、何もいないわけではなさそうだ』
ハクが盾の収納から長剣を抜いた。確かに暗闇の中に蠢く気配を感じる。僕は鎧の上からたすき掛けにしたベルトからカードを抜き出した。
「チンチラ、索敵頼むよ」
「‥‥旦那は猫使いが荒いニャー」
カードに魔力を込めて放り投げると、白い二足歩行のチンチラが現れてブツクサと文句を垂れた。睨んでみたがコイツは基本的に目を合わせないので堪えてないだろうなぁ。
やがて顔を洗い終えたチンチラが索敵結果を端末画面にフィードバックしてくる。
「城の間取りはわからないので、敵意のある奴と魔力を感じる奴だけ拾ってますニャ」
顔が“帰っていい?“と語っていたので真顔で首を横に振る。これから不意打ちされるかもしれないのに帰っていい訳ないだろ。
明らかにチンチラがガッカリした様子でしょげたので川魚の干物を与えておく。まあレーダーさえ生きてればいいから後は隊列の安全なとこで干物でもかじっててくれればいい。
レーダーに小型の敵性反応が多数と、縦軸に城の上層に際立って大きな魔力反応が1つ現れていた。
単純に考えれば後者が城の主なんだろう。
が、その前に。
「きぃ、小竜喚んでもらっていい?」
「うん、わかった‥‥」
きぃが腰に付けたカードホルダーから一枚のカードを抜き取り、宙に投げ放った。白い光が溢れ、カードから中から猫程の大きさのドラゴンが3匹現れる。白、青、赤の三色だ。
三匹の小さなドラゴンは呼び出されるや否や嬉しそうに翼を広げて縦横無尽に飛び回りながらきぃにじゃれついた。
「‥‥久し振り、みんな。かっくんのお願い、聞いてあげて‥‥?」
きぃが指先で首の下を撫でてやると三匹は小さな目を見開いてじっと僕を見つめてきた。
「頼むよ、城の中を綺麗にしてほしいんだ。虫や小さなモンスターを退治して来てくれないかな」
キュイ!と声を合わせて鳴くと、三匹は矢のように飛び出していった。暗闇の中に紫電や焔、青白い光(冷凍ビームだろう)が時折閃く。
チンチラとリンクした端末画面のミニマップから、見る間に赤い敵性反応が消えていく。
「じゃあ、こっちも行こうか」
それぞれ灯り替わりになる召喚カードを使い、僕らは城の奥へ進む事にした。
三匹の小竜によって城内のモンスターは駆逐されていたが、それでも城の中は広かった。ようやく三階にある玉座の間に辿り着く頃には小竜達も掃除を終えてきぃの下に戻って来たぐらいだ。
一際広く天井の高い豪奢な空間。左手の窓からは雨空とは言えかなりの光量が広間に降り注ぎ、暗い城内を歩き回った僕らの目には眩しく映る。
広間の奥、一段高くなった床の上には玉座が鎮座しており、その背後には緞子が掛けられた肖像画のような物が飾られている。
そして玉座と肖像画の中間程の空中に、淀んだ靄のような物が浮かんでいた。
「‥‥何だ、あれ」
「魔力反応がありますニャー。敵意は‥‥ないみたいだけど、よくわからないニャ。感情がハッキリしてなくてザラザラするですニャ」
チンチラがあやのんの影からこっそり顔を覗かせながら不愉快そうに眉根を寄せる。
「非実体系のモンスターって事かな。ゴーストとか」
「左様であるな。妄念に引きずられて存在が歪められた、仮初めの肉を持つ者共である」
老執事が前に出る。それに呼応するように玉座の上の靄が濃さを増し、やがて長衣を纏い王冠を被った骸骨の姿となって広間に降りたった。
カイが滑るような脚裁きで突進し、目にも留まらぬ速度で拳を放つ。湿った音を立てて骸骨の長衣に大きな穴が2つ開いた。
だが骸骨は堪えた様子もなく宙を泳ぐように揺蕩った。翻る長衣が見る間に空いた穴を埋めていく。再生していると言うより、固形ではなく粒子の集合体が集まり直したように見えた。姿を持った靄のような奴だ。
「ふむ。やはり実体のない輩は不得手であるな」
『閣下、では我等が』
やや残念そうに老執事はハクに道を譲った。
代わってハクが骸骨の前に進み出て、盾から抜いた剣を胸の前に掲げる。
『“目覚めよ“』
そう呟くと、剣の刀身中央の樋に彫られた異界の古文字が清冽な蒼光を放った。
ハクは励起した長剣を構えると、マントを翻しながら疾風の速さで骸骨に躍り掛かった。残光を曳いて長剣が骸骨の肩口を袈裟懸けに斬る。
骸骨は咄嗟にこれを避けようとしてまにあわず、長衣の前身頃をバッサリと裂かれた。露わになった肋骨の表に深い亀裂が入る。
「でかしたぞ騎士長!」
すかさず老執事が続いて骸骨の側面に飛び込み、再び拳を乱打する。今度は乾いた木材を砕くような音が響き、骸骨が大きく体勢を崩した。
老執事が殴ったであろう箇所が砕け、骸骨のシルエットが崩れている。彼は満足そうに拳の手応えを確かめていた。
後はもう、骸骨は老執事とハクの敵ではなかった。
反撃する事も出来ず、骸骨だった物は絨毯の上に広がるぼろ切れとなって散らばり、やがて光のエフェクトを残して跡形もなく消えた。
「‥‥これでモンスター退治は終わり、かな」
「しばし待たれよ、克也殿」
戦闘の終わりを期待した僕に、珍しく老執事が待ったをかける。彼は居住まいを正すと、きぃの傍に歩み寄り、静かに礼を取った。
「お嬢様、このカイよりお願いがございます」
「‥‥なに?」
「この城に眠るかつての兵達を、慰撫してやっては頂けませんか」
きぃがこて、と首を傾げる。
「どう‥‥やって?」
老執事はきぃの言葉に面を上げた。彼の顔には、深い忠義と敬意の他に、珍しく何かを労るような情が滲んでいた。
「お嬢様の歌以上に、彼らを慰める物はございません」
僕は老執事の台詞に言葉を呑んだ。
だが、異を唱えようとした僕をあやのんが留める。彼女は黙って頭を振った。真剣な目でじっと僕を見つめてくる彼女に、何も言えなくなる。
きぃは老執事の言葉に頷くと、骸骨の消えた辺りに進み出、静かに歌を紬ぎ始めた。
それは、エールだった。
夢破れ、旅に疲れ、泥だらけになった姿を讃え、慈しむ歌。
そして、また歩き出す事への希望と、立ち上がる背中へ贈るエール。
切々としたメロディーで歌われれば胸が痛み、負ってきた傷こそ尊いものなのだと讃えられば胸が暖かくなる。
いつ聴いても魔性の歌声だ。だけどそれが意味を持ってこの場で歌われている事に不思議な感慨があった。
大丈夫だろうかという子供を見守る保護者のような不安と、遂にこうなってしまったかという寂寥感と。
だから広間の床全体から次々と蛍のような燐光が湧き出て来ても、いつの間にか脳裏に鐘か鈴のような和音が響いても、驚く一方で納得している自分もいた。
やがて歌が終わりを迎え、湧き続けていた燐光と和音も消えていく。
誰ともなく拍手が重なった。きぃが振り向き、ぺこりと会釈する。老執事は満足気に頷くと、きぃに告げた。
「大変結構な歌でした。彼らも癒された事でしょう」
そして、「さあ」と続ける。
「今こそ導いてやる時です」
「導‥‥く?」
きぃは不思議そうに首を傾げる。老執事は首肯する。
「我等にそうして頂いたように。お嬢様の御下へ招いてやって下さい」
それを、“ガチャ“と呼ぶのでしょう、と。
僕らは絶句した。
そして半信半疑ながら引いたガチャは今までに見た事のないエフェクトを放ってSSRのカードを引いて、そこから黒髪に黒衣の青年が召喚された。
彼の頭には、見覚えのある王冠が輝いていた。




