第1話 きぃ、異世界に立つ
僕の名前は柊克也。
年は16で、地元の私立高校に通う普通の学生だと思っている。
どちらかと言うとインドア派で、部活も文科系。体育の選択授業は剣道を選んだけど、これはゴツい柔道部の連中に我が物顔で投げ飛ばされるより、少しはカッコいいかなと思ったぐらい(これは大変な勘違いだと後になって気付いたが)で武道の心得なんて毛ほどもない。
歩くのより自転車が好きだし、楽できるからそろそろ原付の免許が欲しい。まあ、母さんが許してくれないけど。
そんな僕が、夏休みまで後ほんの数日って所で遭遇してしまったのが、例の事件だった。
つまり、全校一斉異世界転移って奴だ。
「何だよこれ!一体どうなってんだよ!」
最初に叫んだのは誰だったか。
そうだ、隣のクラスの長谷川‥‥だったか長谷部だったか。野球部のレギュラーで長身、真っ黒に日焼けした高校球児だ。
長谷部(だったと思う。間違ってたらゴメン)は校舎からグラウンドに出る戸口でわめき散らしていた。手にはくたびれたクラブバッグがあって、多分部活に向かおうとして異変に戸惑っていたんだろう。
長谷部の肩越しに見えた戸口の向こうは、まさに「異変ありますよ!」と自己主張の激しい極彩色の紫色の空間に繋がっていた。
さっきから出口はザワザワと騒がしかったが、誰も紫色の空間に出て行こうとはしなかった。まあ気持ちはわかる。ホラー系の映画とか漫画だと、うかつな行動する奴から死ぬもんね。僕だってそんな役は嫌だ。
でも何もしないってのも意外にストレスが溜まるものなのか、結局数分後には幾人かが意を決して紫色の空間に足を踏み出し、それからは金魚の糞のようにぞろぞろみんな校舎からさまよい出た。
僕?もちろん金魚の糞の一人です。
「何だこれ‥‥どこまで続いてんだよ‥‥」
これは長谷部の独り言だ。僕は彼のすぐ側にいたけど、その独り言には全く同感だった。
紫色の空間は元あったグラウンドより明らかに広かった。元の風景と比べるのも難しいんだけど、視界を塞ぐ物が何一つ存在しないのだ。
極端な話、紫色のグラデーションが世界の果てまで続いてると言われても信じてしまいそうな程、何処まで行っても何もなかった。
距離を測る物が何もないのは、狭苦しい日本で暮らす平凡な僕らには強烈なストレスだった。だんだん平衡感覚が狂うのか、まっすぐ歩けなくなる奴が出て来る。
そして気がつくと思った以上に校舎から離れるのが怖くなって、僕らは逃げるように校舎に舞い戻った。
情けないけど、僕らの異世界でのファーストインプレッションはこれで幕を閉じてしまった。
それから数時間後、途方に暮れた僕らに呼び掛けがあった。
具体的に言うと校内放送が流れ出した。
ピンポンパンポーン♪
馴染みのある校内放送のジングルが鳴った後、放送部の女の子の声でアナウンスが流れる。
『校内に残っている生徒の皆さんにお知らせです。
これから皆さんには、異世界アクティビティを行ってもらいます』
誰だ「殺し合いじゃないのか」とか不吉な事言ったの。
僕としては言い方を変えただけじゃないのかという疑惑が残るものの、本当に殺し合いじゃないなら大歓迎だ。
『皆さんに行ってもらうアクティビティは、次の3つです。
1)対戦格闘・リアルファイト
2)迷宮走破・メイズオブサスケ
3)銭合戦・マネーファイト』
突っ込み所は幾つかあるけれども2つ目のは迷路なのか肉体競技なのか‥‥合わせ技だとしたらクリアさせる気があるのかどうか激しく疑問を感じる。
皆の心の声を無視してアナウンスは各アクティビティの説明を始める。合わせて教室や廊下に備え付けの液晶モニターに説明用のスライドが映された。
要約すると、こんな感じだ。
・生徒はアクティビティのどれかに参加する必要がある。
・アクティビティをこなす事でポイントが手に入り、この総合計でランキングを計上する。
・期間は一月。期間終了時にトップ3に入った生徒には報酬が与えられる。
まあ、この辺まではいい。ただのルール説明だ。
問題はこの先にあった。
・この期間はチュートリアルで、期間終了と同時に本物の異世界で行われている本戦に移行する。
・本戦では人喰いの魔物や悪魔、盗賊や海賊も参加し、場合によっては死ぬ事がある。
・死にたくなければポイントを貯めてレベルを上げなければならない。
・一定期間アクティビティに参加しないとペナルティーで衰弱していき、最終的に死亡する。(本戦のみ)
・アクティビティの失敗時にもペナルティーがあり、所有ポイントがゼロになると死亡する。(本戦のみ)
‥‥最悪だ。安全な校内で籠城しようと思ってたのに強制参加とか。運営はマジでハゲればいいと思う。
『なお、生徒の皆さんには過酷なアクティビティを生き抜くため、特別な“能力“をプレゼントします』
!!
異世界スキルキタコレ!!
いや、これ興奮するよね?だって周りもザワザワしてるし。さっきまでの悲惨な感じのザワザワと雰囲気違うし。
『皆さんのポイントや“能力“、ランキングについては校内ネットワークで閲覧出来る他、校内無線LANに繋がった携帯端末などでも確認可能です』
お、マジで。
早速端末でアクセスしてみる。確かに校内サイトに“アクティビティ“の項目が追加されていて、アカウントのマイページにも幾つか項目が増えていた。どれどれ‥‥。
◇氏名:柊克也◇
level:1
class:剣士(C--)
element:火(B)
skill:燃えよ剣(C), 寒さ耐性(B)
お、おお‥‥確かに出てる‥‥が。
「地味‥‥」
先に言われた。
視線を下げると、銀色のつむじが僕の携帯端末のステータス画面をのぞき込んでいた。
ちょっとイラッとしたので人差し指でつむじを突く。
小さな手が突かれたつむじを撫でながら、こちらを振り向く。
外の怪しい紫色の極彩色を僅かに反射する艶やかな銀の髪に、吸い込まれそうな琥珀色の瞳。
「‥‥きぃ」
「ん。きぃだよ」
日本語を話している事の方が違和感を感じる程ファンタジーな外見の小柄な少女。
瀬之宮鍵音が、僕を見上げて立っていた。
これが、僕ときぃの物語の始まりだった。