もう一人のスクールカウンセラー
『今からこれるのか。ん、わかった』
カタンと受話器を置く。
「ちゃこちゃん。来客あるんでよろしく」
「どなたが来るんですか?」
北斗が尋ねると、
ふふっと笑う誠史郎。
「失礼します」
1時間ほどして、黒髪短髪。黒いフレームのメガネをかけてスーツの長身の男がやってきた。
「よう、渡部」
「桜井、相変わらずゆるい頭だな。教育者だろう?」
肩にかかりそうな毛を後ろで縛る誠史郎の髪を見て渡部が言う。
ニヤと誠史郎は笑いながら、
「ちゃこちゃ~ん、お茶」
力を抜いた声で北斗に声をかける。
「あ、ご挨拶が遅れました。私、市の教育委員会から来ましたスクールカウンセラーの渡部信一です」
「初めまして、養護教諭の北斗知也子です」
「ナイスバディですよ」
「セクハラです。桜井先生」
北斗がにらむ。
「で、どうするんだ」
誠史郎が結論は出ているがな。
と言う顔で渡部に話しかける。
「うん。このままではもう限界だ。
転校を考えたほうがいいだろうな。家庭訪問に伺うつもりだ」
渡部が腕を組みながら答える。
「いや、あそこは娘が引きこもっているし、
お母さんが来校しやすいから来てもらおう」
誠史郎は椅子から重い腰をあげる。
______
「お母さんいつもご足労かけましてすみません」
「いえ。大丈夫です」
「愛理さんはどうですか?」
誠史郎が、母親に尋ねる。
「はい、バレンタインデーにチョコを先生に渡していましたが
以前のようなベタベタ感は減ったように思います。
やはりあちらの先生にお伝えしたのがよかったのだと思います」
少しほっとしたように母親は答える。
「そうですか。あちらの先生もわかっていらっしゃる」
「それで、来ていただいたのは進級についてなんですけど」
誠史郎が本題に切り込む。
「はい。そうですわよね。一年も休んでますし、このままでは無理ですよね・・」
諦めた顔で母親がうなだれる。
「一つの方法として転校を検討してみませんか?」
渡部が声を掛けた。
「え?転校??」
誠史郎の横にいる男性に母親は視線を移す。
「初めまして。私、市の教育委員会のスクールカウンセラーの渡部と申します」
誠史郎が続ける、
「私は主に校内のことしか対応できませんが、彼は直接白石さんに会いに行って対応してくれます。
新しいクラスになじめなくなって登校できなくなってしまった白石さんにはそれも一つの手段かと。
いずれは高校受験もありますし」
「そう・・ですね。高校には行ってほしいですし、学ぶこと自体に愛理は抵抗をみせておりませんし・・」
「大丈夫ですよお母さん。そのために私がおります。十分3人で話し転校先を探してみましょう」
落ち着いた声で渡部が母親を力づける。
「はい。ご迷惑をおかけしますが、検討してみたいと思います。よろしくお願いします」
母親が深々と誠史郎と渡部に頭を下げる。
______
「愛理さんここの学校はね、まだできて新しいんだ。校舎がきれいだろ?」
渡部と愛理と母親は学区が少し離れた新設校の見学に来ていた。
「・・・・」
「愛理・・・」
「もしよかったらドア越しに覗いてごらん?」
愛理の学校探しが始まった。
渡部が選んだ中学を時間をかけて回っていく。
愛理はつまらなそうに授業風景を見たり図書室など設備に目をやっていた。
1~2校を1週間かけて見て回る。
「今日はお疲れさま。ゆっくり休んで」
渡部が愛理に声をかける。そんな日々が続いた。
ある日愛理がポツリと口にした。
「ねえ、ママ」
「なあに?愛理」
「またあの人と学校どこか行くの?」
「そうね、お願いすれば来てくれると思うわ」
「・・・この前のところもう一回行ってみたい」
「愛理!そうそう、わかったわ。ご連絡しておくわ」
母親は少し興奮気味だった。
『という訳で渡部さんの進めていただいた中学に興味を示しまして』
母親が誠史郎に電話をかけていた。
「そうですか、それはよかったですね。ではもう一度見学してみて、
はい、はい、また渡部が伺いますのでご心配なく、
こちらもあちらの中学には白石さんのことは伝えておきますので心配しないでください。
はい、はい、大丈夫ですよ、本人にやる気が出始めているのですから。
しばらくは渡部もフォローに入りますし、
安心してください。はい、いえ、こちらこそお電話で失礼します」
静かに誠史郎は受話器を置く。
「白石さん、学校決まったんですか?」
「はい。なんとか見つかりそうですよ。
しばらくは渡部がフォローに入りますし無事卒業まで登校できるでしょう」
「よかったですね」
「まあ僕が対応しきれない案件もありますからね。渡部に押し付けないとずるいでしょう」
あは~んと、ニヤニヤ誠史郎が笑う。
「桜井先生ひどいですよ」
北斗が呆れる。
「クシャン」
くしゃみをしながら車の運転をする渡部は、
「桜井だな。アイツ・・」
少し車のスピードを上げて転校先の学校に向かっていた。