母
母
トラックの事故から、まだ一日たっただけ。
さすがに私は、恐怖とあのグロテスクな光景で、ショックを受けているようだ。
ピロロロロ、ピロロロロロロ・・・
と電話が鳴り響いた。
あぁ、お母さんの電話番号だ。
事件はテレビでも報道されてたからそのせいかな。
なんて思いながら受話器を耳に当てた。
「もしもし・・・」
『もしもしぃ?奏美?』
「えぇ。母さん。どうしたの」
母の声を聴きながら、電話越しに聞こえる車の行きかう音。
『いやねぇ、あんたの近所で事故起きたっていうじゃない』
「起きたね」
『まぁたそうやって、あんたは他人事のように』
「だって、死んだの、私じゃないし」
我ながら最低な言葉。
まぁこんなもんだ。私なんぞ。
『そうだけどぅ・・・。まったく。ケガとかないならそれでいいんだけどね』
「うん。ありがと。平気」
正直母は苦手だ。
得意も苦手もあるかって話になるだろうけれど、
親戚とか友達とかにある苦手意識のようなものが、私にはある。
自分の自己満足ばっかりでうんざり。
かく言う私も、自己満足ばっかりなのだろうけれど。
『あんた、いい加減に結婚しなさいね。もう二十歳すぎてるんだから』
「わかってる。うん」
そういえばつい最近、24になったばかりだなぁ。
このご時世、18や20で結婚してる友達もいる。
私は彼氏はできたことのあるものの、あまり長くは続かなかった。
『私は28で結婚したんだから、あんたも早くね。恥かかせるんじゃない』
ほらでた。
「うん・・・自分のペースで行くよ。じゃないとなかなかね」
『それはそうだけど、そんなこと言ってたら困るんだから!』
何を話しに来たんだ。結局。
『あぁ、そうだ。事故の件とか平気ならまあいいわ。本題はここから』
「ん?」
『私、お父さんと離婚するわ。もう次の相手はいるから安心してね』
「はぁ?!」
・・・何言ってんだこの母親!
また勝手に進んでいく。
『まぁ、そういうことだから、挨拶のハガキとか送ってきなさいね。ちゃんとそういう常識は持ちなさい。恥かきたくないからね』
「……恥、か」
『じゃあ、母さん、これから忙しいからごめんね』
切れる。
いつもいつも身勝手だった。
話もせず、ことを終えてから言ってくる。
私が高校へ行っている時も、私がバイトをしているから、という理由でいつの間にか仕事を辞めていた。
そのお金もすべて巻き上げられる始末。
溜めた貯金も母の高い日用品へ消える。
あぁ、もううんざり!消えてしまいたい!
恥をかきたくない?こっちのセリフだ!
「・・・」
ため息すら出ない。
ベッドの上に腰を下ろして、天井を見上げた。
みんなの母親って、みんなこんなもんじゃないんだろうなぁ。
仕事をして、もしくは家事をして。
深く考えなければ存在すら当たり前になるが、
居なくてはいけないような、そんな大切な暖かいものなんだろうか。
お父さんを考えると、ぽっかりと隙間が空いた気がして、切なくなった。
眠れば夢。
夢は現実に。
そんな最近の精神事情で、張り詰めていた息はさらに詰められた。
鎖骨の間から裏返ってしまいそうな気分だ。
ピロロロロ、ピロロロロロロ・・・
はっと目が覚めた。