味
味
これはあまり甘くない。
口に入れたモノは、とても甘くなかった。
甘いと思って口にしたら、苦かった。
とてつもなく苦かった。
今私は、私個人の人生の主人公を終えようとしている。
口の中に飴玉が残っている。
とてもとても甘かったけれど、
唾液のせいなのか胃液のせいなのか、
今ではとても苦く感じる。
吐き出してしまいたいけれど、この状況だと口から出すに出せない。
耳元を風がものすごい勢いでビュゥウと走る。
壁がものすごい勢いで下へ行く。
いや、上へ行く。
私が下へ行っているのだ。
髪の毛が前髪が風に押さえつけられるようだ。
涙が止まらない。
目が乾きそうでとても開けていられないはずだが、
私は思いっきり見開いて、近づいてくる地面を見つめていた。
あと数百メートル。
こんな状況で素晴らしく長いこと考えていた。
飴玉の味がうっすらよみがえってきた。
私の好きな青りんごの味。
おいしい。
頭の辺りからふっと、血の気が引いたような冷たさ。
あぁ、意識が遠のいていく。
落ちた瞬間に身体損傷によって死亡するのではなく、
落下途中に死亡するという話がよく出回っている。
これがきっとそうなんだ。
そろそろ逝くんだな。
そう思うと、一気に眠気に吸い込まれた。
屋上階から下を覗くと、血と肉の混ざった塊が捨てられたようにある。
「ふふふ。落ちちゃった。おーちちゃった、落ちちゃった」
無表情に比べ、楽しそうな声がぼそっとでた。
ジーンズのポケットに手を突っ込み、とぼとぼと歩いて階段を降り行く。
ピンクや紫や青に変化して歪んでいく視界。
あぁ、今何時だ?
もうあれから数時間はたっている。
ろくに時間も確認せずに、ポケットからチューブゼリーを出して飲んだ。
一気に視界の異常は消えた。
薬の混ざったゼリーだが、これは青りんご味。
とてもおいしい。
薬とかでなければ結構食べていたい代物だ。
「あぁ~。足りねい…」
味が食欲を上げる。
一回帰って、薬じゃない方を食べよう。
猫背から伸びをし、首をパキリと鳴らす。
どこかのアニメや漫画で、俺みたいなのいたな。
男は眠気で痙攣する瞼を、
鬱陶しく感じながら思った。
朝起きて、私は上体を起こしていた。
「また…」
首が直角になるくらい俯いて、
私は夢を思い返した。
また死んだ。
また殺された。
顔を覆う。
外すころにはすでに忘れていた。
あぁ、そういえば。
背中痛いな。